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第1章
【1-2】プロローグ-銀月-
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「僕は大丈夫ですけど、エステル……そう、エステル! 大丈夫ですか!?」
騎士からの問い掛けで我に返ったキリエは、後方で腰を抜かしているエステルの元へ駆け寄った。半泣きと驚きを混ぜ合わせたような顔で硬直していた少女の瞳に、うっすらと涙が滲む。しかし、エステルは健気に頷いた。
「大丈夫。……ありがと」
「膝の怪我は……、血は止まってるみたいですけど、痛そうですね。痛いの痛いの飛んでいけ、です!」
「ありがと。キリエに撫でられると痛いの少し治るの、ふしぎ」
キリエの肩越しにエステルの傷を確認した騎士は、安堵したように呟く。
「そんなに酷くはないな。教会に戻ったら、きちんと消毒してもらうといい。痕も残らないだろうし、すぐに治るだろう。無事で良かったな」
「うん!」
「あの……、夜霧の騎士様、助けてくれてありがとうございました」
無邪気にコクコクと頷く少女の隣で申し訳なさそうに言う少年、そんな子どもたちを交互に見ながら騎士は微笑んだ。それまでのどこか冷えた印象が一気に柔らかくなり、彼は心優しい人間なのだろうと伝わってくる表情だった。
「リアム──俺の名は、リアム=サリバンだ。出来れば名前で呼んでほしい。あと、王国民を守るのは騎士として当然のことだ。礼もいらない」
「でも、お礼を伝えるのは大事なことだって、神父様がいつも言っています」
「シスターもそう言ってる! だから、ありがと!」
「ありがとうございます、リアムさん」
「……どういたしまして」
リアムは綺麗な姿勢で一礼し、照れくさそうに笑う。その顔は年齢相応で、少年らしさを滲ませていた。わざとらしい咳払いをした彼は再び表情を引き締め、エステルを見つめる。
「ところで。俺はこの辺りにはあまり詳しくないんだが、昔からの決まりで、この森の中には大人も子供も入らないように言われているんだろう? たまたま通りがかったら教会で騒ぎになっていて、俺が探しに来れたから良かったが……、危ないことをしたと自分でも分かっているだろう。エステルはなぜ、森へ来ようと思った?」
それは、キリエも気になっていたことだった。エステルは少々おてんばが過ぎることもある少女ではあるが、神父やシスターの言いつけを破ることは滅多に無い。
2人の視線を集めてしまったエステルは、気まずそうに視線を落とす。
「……キリエのお父さんかお母さんを探したくて」
「僕の?」
「うん。……森の奥に妖精人が暮らしてるって、聞いたから。きっと、キリエの家族がいると思って、……だから、探してあげたかったんだ」
「そうか、……キリエの髪と瞳の色が銀色だから、彼は本当は妖精人で家族がいるはずだと考えたんだな」
騎士の見解に対し、少女は黙って頷いた。
教会に保護されて育ててもらえているだけでも、孤児としては救われている方だ。それでも、例え同じくらい貧しい生活だとしても、本当はきちんと家族の元で生きていける方が幸せなのだろうと幼心に考えてしまう。それは当然の思考の流れであり、誰にも責めることなどできない気持ちのはずだ。
だが、妖精人は伝説上の生命体であり、実在すると考えている者はいないだろう。当然、キリエもまた、ただの人間のはずである。
「僕は、ただの人間ですよ」
「でも……」
「でも、ありがとうございます。エステルの気持ちは嬉しいです。……嬉しいですけど、僕の家は教会で、家族は教会のみんなです。だから、もう、こんな危ないことはしないでください」
「……」
キリエがエステルを案じる気持ちと、エステルがキリエを心配している気持ち。根底にある思いやりは同質のもののはずなのに、2人の想いはどうにもズレていた。だからといって、どちらがいい悪いという話ではない。
「ほら、とりあえず帰るぞ」
微妙な面持ちの子どもたちにそう言ったリアムは、近くでおとなしく佇んでいた馬を口笛で呼び寄せ、まずはエステルを、そして次にキリエを乗せてくれた。
「ゆっくり歩くようにはするが、転げ落ちないように気をつけろ」
「は、はい……っ」
「すごい! 馬に乗ったの、初めて!」
少し怖がっているキリエとは対照的に、エステルは楽しそうにはしゃぐ。つい今しがたまでの空気はどこへやら、エステルは普段通りの雰囲気に戻っている。キリエはわずかに怯えた顔をしているものの、恐怖でどうにかなりそうというわけではなさそうで、少女に対してそれ以上何かを言おうという気もなくなったようだ。
そんな彼らを微笑ましそうに見上げつつ、騎士は手綱を引いて歩き始めた。馬は主に似て穏やかな性格のようで、子どもたちが落ちないように気をつけて歩行している。
キリエは眉をハの字にしていたが、じきに馬上の揺れには慣れてきた。それでも少年はどこか浮かない表情のままで、じっと考え込んでいる。
キリエが乗馬以外の何かに気を取られているらしいと察したリアムは、温厚な紫眼を少年に向けた。
「どうした?」
「いえ、その……僕はエステルに嘘をつきかけたんじゃないかなって、……だから、謝らなくちゃって思って」
「嘘? なんもつかれてないけど?」
落ち込んだ声で打ち明けるキリエだが、エステルには予想外のことだったらしい。少女は目を丸くし、騎士もつられて目を瞬かせる。
しかし、少年の心の中ではひっかかりが解消できないままらしく、銀髪を揺らして首を振った。
「僕を信じてくださいと、そう言ってエステルに走ってもらったのに……僕は野犬たちをちゃんと止められませんでした。リアムさんが来てくれたから助かりましたけど、危ないところだったんです。……僕ひとりの力でどうにか出来るつもりで『信じて』と言ったのに、本当は無理だったかもしれなくて、だから嘘だったのかなって」
「ん? んー? なんかよく分かんないんだけど、やっぱりキリエは嘘ついてないと思う」
「そうだな。俺もエステルと同意見だ。事情はよく分からないが、おそらくそれは嘘ではないと思う」
「そうでしょうか……」
「そうだよ。そういうことにしとこうよ!」
エステルの力強い言葉を後押しするように、リアムもキリエを見つめて頷く。優しい夜の色をした瞳が送ってくる眼差しは真摯なもので、子どもを適当に言いくるめようとしているようには全く見えない。真剣な善意に宥められたキリエだが、それでも少年の表情は曇ったままだ。
「どうした、納得できないのか?」
「……いいえ、僕が嘘つきじゃなかったということは、なんとなく分かりました」
「それなら、他に何か気になることでも? ……もしかして、お前もどこか怪我をしているのか?」
「えっ! ほんと!? たいへん!」
「いえいえ、僕はぜんぜん大丈夫です」
慌てて振り向いてくるエステルと、心配そうなリアムの視線のそれぞれに首を振り、キリエは苦笑する。その苦笑いはすぐに悩ましげなものへと変わり、少年は騎士へと小さく問いかけた。
「リアムさん。……銀色の髪とか、銀色の目の人って、見たことありますか?」
「いや、見たことはないな。妖精人しか持たない色だと言われているし、もしも王都周辺でその存在が確認出来たのなら話題に上がっているだろうが、聞いたこともない。……だから、お前を見たときには驚いた。まさか、本当にいるとはな」
「……やっぱり、僕、人間じゃないんでしょうか」
「ん?」
「エステルもそう思ったんでしょう? ……こんな髪と、こんな目で。僕はきっと、人間じゃないんです」
「あ、あたし、そんなつもりじゃないよ! キリエのこと、その、妖精人かもって思ってたけど、でも、人間じゃないとか、そういうんじゃなくて……っ」
キリエの悲しげな言葉に反応し、エステルが半泣きで訴えかけてくる。キリエを妖精人だと思っていたという言葉は、すなわち彼を普通の人間だと思っていたわけではないと裏付けているようなものだ。しかし、そこに悪意がないことくらいはキリエにも分かっている。
もしもキリエに家族がいたら探してあげたいという純粋な気持ちで、危険な森へ足を踏み入れてしまったエステル。彼女の優しさを否定したいわけではない。けれど、他に見たことがない髪色と目色に密かに悩んでいるのもまた、少年の素直な気持ちであった。
「キリエ。エステルは、お前を否定しているわけじゃない。人間じゃないとか、そういう卑下の仕方は良くないな」
「……はい」
「それに、人間じゃなくてもいいじゃないか」
「えっ?」
リアムの声は穏やかで、口調はどこまでも凪いでいる。予想外のことを言われて戸惑うキリエがまじまじと顔を見つめると、若き騎士ははにかんだ。
「別に、いいじゃないか。お前の出自が何であっても、もしかしたら人間ではない何かであっても。それでも、危険を冒してでも幸せを願ってくれる家族が、姿が見えなければ本気で心配してくれる家族がいる。そういう誇りに思える事実だけを、堂々と掲げていればいい」
「誇りに思える……事実……」
「そうだ。その髪も、瞳の色も、とても美しいもので、気に病むのではなく誇りに思うべきものだ。……そうだな、妖精人のようだと言われるのが嫌だというのなら、俺はそれを月に例えよう」
リアムは不意に、白手袋の指先で頭上を示す。彼が指す先には、煌々と輝く月があった。今宵の月はどこか銀がかっていて、キリエの髪や瞳の色味に近い。
「キリエの瞳はまんまるで、ほら、あの月のようだろう? どうだ? そう考えれば、少しは気が楽になるんじゃないか」
「お月様……」
「そうだ。それに、お前の存在はまだ王都まで知られていなかったわけだし、同じように他の地方に銀髪銀眼の人間がいるかもしれない。だから、そう肩を落とすな」
リアムのまっすぐな眼差しは、どこまでも澄んでいる。その紫水晶のような瞳に励まされたキリエの銀眼もまた、輝きを取り戻した。
今まで出会ってきた人たちは皆、キリエのことを悪意なく「妖精人のようだ」と言ってきた。本人たちは褒め称えているつもりでも、キリエにとっては心に靄をかけるものだったのだ。それを察して、そんなものを気にする必要は無い、妖精人が嫌ならば月だと思えばいい、という言葉をくれたのはリアムが初めてだった。
聖書の言葉以外で、こんなにも心が揺さぶられたのは初めてかもしれない。
このとき、夜霧の騎士は少年の中で絶対的な英雄となった。
騎士からの問い掛けで我に返ったキリエは、後方で腰を抜かしているエステルの元へ駆け寄った。半泣きと驚きを混ぜ合わせたような顔で硬直していた少女の瞳に、うっすらと涙が滲む。しかし、エステルは健気に頷いた。
「大丈夫。……ありがと」
「膝の怪我は……、血は止まってるみたいですけど、痛そうですね。痛いの痛いの飛んでいけ、です!」
「ありがと。キリエに撫でられると痛いの少し治るの、ふしぎ」
キリエの肩越しにエステルの傷を確認した騎士は、安堵したように呟く。
「そんなに酷くはないな。教会に戻ったら、きちんと消毒してもらうといい。痕も残らないだろうし、すぐに治るだろう。無事で良かったな」
「うん!」
「あの……、夜霧の騎士様、助けてくれてありがとうございました」
無邪気にコクコクと頷く少女の隣で申し訳なさそうに言う少年、そんな子どもたちを交互に見ながら騎士は微笑んだ。それまでのどこか冷えた印象が一気に柔らかくなり、彼は心優しい人間なのだろうと伝わってくる表情だった。
「リアム──俺の名は、リアム=サリバンだ。出来れば名前で呼んでほしい。あと、王国民を守るのは騎士として当然のことだ。礼もいらない」
「でも、お礼を伝えるのは大事なことだって、神父様がいつも言っています」
「シスターもそう言ってる! だから、ありがと!」
「ありがとうございます、リアムさん」
「……どういたしまして」
リアムは綺麗な姿勢で一礼し、照れくさそうに笑う。その顔は年齢相応で、少年らしさを滲ませていた。わざとらしい咳払いをした彼は再び表情を引き締め、エステルを見つめる。
「ところで。俺はこの辺りにはあまり詳しくないんだが、昔からの決まりで、この森の中には大人も子供も入らないように言われているんだろう? たまたま通りがかったら教会で騒ぎになっていて、俺が探しに来れたから良かったが……、危ないことをしたと自分でも分かっているだろう。エステルはなぜ、森へ来ようと思った?」
それは、キリエも気になっていたことだった。エステルは少々おてんばが過ぎることもある少女ではあるが、神父やシスターの言いつけを破ることは滅多に無い。
2人の視線を集めてしまったエステルは、気まずそうに視線を落とす。
「……キリエのお父さんかお母さんを探したくて」
「僕の?」
「うん。……森の奥に妖精人が暮らしてるって、聞いたから。きっと、キリエの家族がいると思って、……だから、探してあげたかったんだ」
「そうか、……キリエの髪と瞳の色が銀色だから、彼は本当は妖精人で家族がいるはずだと考えたんだな」
騎士の見解に対し、少女は黙って頷いた。
教会に保護されて育ててもらえているだけでも、孤児としては救われている方だ。それでも、例え同じくらい貧しい生活だとしても、本当はきちんと家族の元で生きていける方が幸せなのだろうと幼心に考えてしまう。それは当然の思考の流れであり、誰にも責めることなどできない気持ちのはずだ。
だが、妖精人は伝説上の生命体であり、実在すると考えている者はいないだろう。当然、キリエもまた、ただの人間のはずである。
「僕は、ただの人間ですよ」
「でも……」
「でも、ありがとうございます。エステルの気持ちは嬉しいです。……嬉しいですけど、僕の家は教会で、家族は教会のみんなです。だから、もう、こんな危ないことはしないでください」
「……」
キリエがエステルを案じる気持ちと、エステルがキリエを心配している気持ち。根底にある思いやりは同質のもののはずなのに、2人の想いはどうにもズレていた。だからといって、どちらがいい悪いという話ではない。
「ほら、とりあえず帰るぞ」
微妙な面持ちの子どもたちにそう言ったリアムは、近くでおとなしく佇んでいた馬を口笛で呼び寄せ、まずはエステルを、そして次にキリエを乗せてくれた。
「ゆっくり歩くようにはするが、転げ落ちないように気をつけろ」
「は、はい……っ」
「すごい! 馬に乗ったの、初めて!」
少し怖がっているキリエとは対照的に、エステルは楽しそうにはしゃぐ。つい今しがたまでの空気はどこへやら、エステルは普段通りの雰囲気に戻っている。キリエはわずかに怯えた顔をしているものの、恐怖でどうにかなりそうというわけではなさそうで、少女に対してそれ以上何かを言おうという気もなくなったようだ。
そんな彼らを微笑ましそうに見上げつつ、騎士は手綱を引いて歩き始めた。馬は主に似て穏やかな性格のようで、子どもたちが落ちないように気をつけて歩行している。
キリエは眉をハの字にしていたが、じきに馬上の揺れには慣れてきた。それでも少年はどこか浮かない表情のままで、じっと考え込んでいる。
キリエが乗馬以外の何かに気を取られているらしいと察したリアムは、温厚な紫眼を少年に向けた。
「どうした?」
「いえ、その……僕はエステルに嘘をつきかけたんじゃないかなって、……だから、謝らなくちゃって思って」
「嘘? なんもつかれてないけど?」
落ち込んだ声で打ち明けるキリエだが、エステルには予想外のことだったらしい。少女は目を丸くし、騎士もつられて目を瞬かせる。
しかし、少年の心の中ではひっかかりが解消できないままらしく、銀髪を揺らして首を振った。
「僕を信じてくださいと、そう言ってエステルに走ってもらったのに……僕は野犬たちをちゃんと止められませんでした。リアムさんが来てくれたから助かりましたけど、危ないところだったんです。……僕ひとりの力でどうにか出来るつもりで『信じて』と言ったのに、本当は無理だったかもしれなくて、だから嘘だったのかなって」
「ん? んー? なんかよく分かんないんだけど、やっぱりキリエは嘘ついてないと思う」
「そうだな。俺もエステルと同意見だ。事情はよく分からないが、おそらくそれは嘘ではないと思う」
「そうでしょうか……」
「そうだよ。そういうことにしとこうよ!」
エステルの力強い言葉を後押しするように、リアムもキリエを見つめて頷く。優しい夜の色をした瞳が送ってくる眼差しは真摯なもので、子どもを適当に言いくるめようとしているようには全く見えない。真剣な善意に宥められたキリエだが、それでも少年の表情は曇ったままだ。
「どうした、納得できないのか?」
「……いいえ、僕が嘘つきじゃなかったということは、なんとなく分かりました」
「それなら、他に何か気になることでも? ……もしかして、お前もどこか怪我をしているのか?」
「えっ! ほんと!? たいへん!」
「いえいえ、僕はぜんぜん大丈夫です」
慌てて振り向いてくるエステルと、心配そうなリアムの視線のそれぞれに首を振り、キリエは苦笑する。その苦笑いはすぐに悩ましげなものへと変わり、少年は騎士へと小さく問いかけた。
「リアムさん。……銀色の髪とか、銀色の目の人って、見たことありますか?」
「いや、見たことはないな。妖精人しか持たない色だと言われているし、もしも王都周辺でその存在が確認出来たのなら話題に上がっているだろうが、聞いたこともない。……だから、お前を見たときには驚いた。まさか、本当にいるとはな」
「……やっぱり、僕、人間じゃないんでしょうか」
「ん?」
「エステルもそう思ったんでしょう? ……こんな髪と、こんな目で。僕はきっと、人間じゃないんです」
「あ、あたし、そんなつもりじゃないよ! キリエのこと、その、妖精人かもって思ってたけど、でも、人間じゃないとか、そういうんじゃなくて……っ」
キリエの悲しげな言葉に反応し、エステルが半泣きで訴えかけてくる。キリエを妖精人だと思っていたという言葉は、すなわち彼を普通の人間だと思っていたわけではないと裏付けているようなものだ。しかし、そこに悪意がないことくらいはキリエにも分かっている。
もしもキリエに家族がいたら探してあげたいという純粋な気持ちで、危険な森へ足を踏み入れてしまったエステル。彼女の優しさを否定したいわけではない。けれど、他に見たことがない髪色と目色に密かに悩んでいるのもまた、少年の素直な気持ちであった。
「キリエ。エステルは、お前を否定しているわけじゃない。人間じゃないとか、そういう卑下の仕方は良くないな」
「……はい」
「それに、人間じゃなくてもいいじゃないか」
「えっ?」
リアムの声は穏やかで、口調はどこまでも凪いでいる。予想外のことを言われて戸惑うキリエがまじまじと顔を見つめると、若き騎士ははにかんだ。
「別に、いいじゃないか。お前の出自が何であっても、もしかしたら人間ではない何かであっても。それでも、危険を冒してでも幸せを願ってくれる家族が、姿が見えなければ本気で心配してくれる家族がいる。そういう誇りに思える事実だけを、堂々と掲げていればいい」
「誇りに思える……事実……」
「そうだ。その髪も、瞳の色も、とても美しいもので、気に病むのではなく誇りに思うべきものだ。……そうだな、妖精人のようだと言われるのが嫌だというのなら、俺はそれを月に例えよう」
リアムは不意に、白手袋の指先で頭上を示す。彼が指す先には、煌々と輝く月があった。今宵の月はどこか銀がかっていて、キリエの髪や瞳の色味に近い。
「キリエの瞳はまんまるで、ほら、あの月のようだろう? どうだ? そう考えれば、少しは気が楽になるんじゃないか」
「お月様……」
「そうだ。それに、お前の存在はまだ王都まで知られていなかったわけだし、同じように他の地方に銀髪銀眼の人間がいるかもしれない。だから、そう肩を落とすな」
リアムのまっすぐな眼差しは、どこまでも澄んでいる。その紫水晶のような瞳に励まされたキリエの銀眼もまた、輝きを取り戻した。
今まで出会ってきた人たちは皆、キリエのことを悪意なく「妖精人のようだ」と言ってきた。本人たちは褒め称えているつもりでも、キリエにとっては心に靄をかけるものだったのだ。それを察して、そんなものを気にする必要は無い、妖精人が嫌ならば月だと思えばいい、という言葉をくれたのはリアムが初めてだった。
聖書の言葉以外で、こんなにも心が揺さぶられたのは初めてかもしれない。
このとき、夜霧の騎士は少年の中で絶対的な英雄となった。
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