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【第9話】父と息子と豚汁と
【9-2】
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ジルの私室がある最上階までの道のりも、もうすっかり通い慣れてしまった。僕のそれぞれの肩に載っているクックとポッポも、いつも通りご機嫌にハミングしている。
つい数日前まで、この時間帯に階段を上っていると窓から射す陽光の強さに目が眩んだりもしていたけれど、今はだいぶ和らいできていた。そのうち、日の高さも変わってくるんだろう。
最上階に到着して、ジルの部屋をまっすぐに目指す。毎日のことだし、ジルもそろそろ僕がやって来る頃だと分かってはいるだろうけど、扉をノックした。ジルは毎朝、周囲の様子を探ることを日課にしている。そのときにかなり集中しているようだから、急に入室して驚かさないようにしているんだ。
「……あれ?」
普段はすぐに返事があるのに、今は何も反応が無い。まだ寝ているんだろうか。──いや、そんなはずない。彼はいつだって日の出と共に起きていて、それが当たり前になっているんだ。
「ジル? いないの? ……入るよ?」
何度かノックしても返事が無いので、僕は大きめの声で断ってから、堂々とドアを開ける。少し緊張しながら中へ入ると、ジルはいつも通り窓際に佇んでいた。
身体はこちらを向いているけれど、視線が妙にぼんやりとしている。たぶん、焦点が合っていない。具合が悪いのだろうか。心配になった僕は、慌てて彼に駆け寄った。
「ジル、大丈夫!? 体調悪いの!?」
「いや、大丈夫だ……。もう、戻ってきた」
「戻ってきた? 意識が?」
「ああ、まぁ……、そんなようなものだ」
「とりあえず座ったほうがいいんじゃない? 体、支えようか?」
「いや、平気だ。……おはよう、ミカ」
ジルは軽く首を振り、改めて視線を合わせてくる。彼の黒い瞳は既に平常時と同じ落ち着きを取り戻していて、先程までの不安定さは見られない。足元もフラつくことなく、しっかりと立っているけれど……、
「おはよう、ミカ」
「……おはよう、ジル。……何かあったの?」
挨拶が返ってくることを期待して再度「おはよう」と告げてきた魔王の望みに応えつつも、僕は気になっていることをきちんと尋ねた。ジルは物憂げな溜息を零して、小さく頷く。
「まぁ、少し──、気になることはあった」
「えっ……」
「いや、危険なものではないと思う。……たぶん」
歯切れ悪く言ったジルは、それだけでは僕が納得しないというのを視線から読み取ってくれたのか、もういちど溜息をついてから、事情を説明してくれた。
「魔物たちの動きに、変なところがあってな。暴走しているというわけではないんだが、何かをこの城に導こうとしているというか……」
「えっ? それって、ジルの敵になるような相手を案内してきてるってことはない……?」
「いや、それはない。暴走していない魔物は、俺の不利に働くようなことはしない。それに、何か禍々しいものがやって来る気配は無いんだ。──だからこそ、厄介なことが起こりそうな予感がするんだが」
結局、厄介な展開になりそうってこと? 心配というか、モヤモヤというか、複雑な心境になっていると、それを宥めるかのような手つきでジルに背中を撫でられる。
「朝食が出来て、呼びに来てくれたんだろう? 行こうか」
「うん……、でも……」
「たぶん、大丈夫だ。とりあえず、ミカに危険は無いだろう」
「今日は、マティ様とお客様も来るんだよ? それに、ジルやカミュにも危険が迫っていたら嫌だよ」
「平気だろう。……俺が厄介だと言ったから、気にさせてしまったか? 厄介といっても、命の危険があるようなものではないんだ。おそらくな。──それに、俺の予想が当たっていれば、俺たちの身に危険が無いのは勿論、あまり関係無い……はずだ」
どうやら、ジルは何か予想をしているらしい。そこをハッキリと明言しないということは、もしも彼の予想が外れた場合、僕が知る必要のない情報となってしまうのだろう。今のジルは僕に隠しごとをしたりはしないし、扱いの判断に困る情報なんだと思う。
「うん、分かった。ジルがそこまで言うんだから、大丈夫なんだろうなって考えることにする」
「……そうか」
「そんな顔しないでよ。僕は、君のことをちゃんと信じてる。言えないことがあるって、別に悪いことじゃないよ。それを知っていないと僕たちが危険な目に遭うかもしれないなら、ジルはちゃんと言ってくれる。それをあえて伝え無いようにしているってことは、逆に、無駄に知っているのはよくないってことでしょ? ……大丈夫、分かってるよ」
今度は僕がジルの背中を撫でる。すると、罪悪感を滲ませていた魔王の表情が、穏やかなものへと変化していった。そして、彼の蒼白くて大きな手が僕の頭を、次にクックとポッポの頭を、順番に撫でてゆく。
「信じてくれてありがとう、ミカ」
「お互い様だよ。僕たちは、お互いにお互いを信じているんだから」
「ああ、そうだな」
ジルの中に宿る「魔王の魂」が暴れ出したとしても、それによって僕たちの生死や明暗が分かれたとしても、僕は最後までジルとカミュを信じているだろう。そして、それは彼らも同じはずだ。
信頼の視線を交わし合って、僕たちは食堂へ向かって歩き出した。
つい数日前まで、この時間帯に階段を上っていると窓から射す陽光の強さに目が眩んだりもしていたけれど、今はだいぶ和らいできていた。そのうち、日の高さも変わってくるんだろう。
最上階に到着して、ジルの部屋をまっすぐに目指す。毎日のことだし、ジルもそろそろ僕がやって来る頃だと分かってはいるだろうけど、扉をノックした。ジルは毎朝、周囲の様子を探ることを日課にしている。そのときにかなり集中しているようだから、急に入室して驚かさないようにしているんだ。
「……あれ?」
普段はすぐに返事があるのに、今は何も反応が無い。まだ寝ているんだろうか。──いや、そんなはずない。彼はいつだって日の出と共に起きていて、それが当たり前になっているんだ。
「ジル? いないの? ……入るよ?」
何度かノックしても返事が無いので、僕は大きめの声で断ってから、堂々とドアを開ける。少し緊張しながら中へ入ると、ジルはいつも通り窓際に佇んでいた。
身体はこちらを向いているけれど、視線が妙にぼんやりとしている。たぶん、焦点が合っていない。具合が悪いのだろうか。心配になった僕は、慌てて彼に駆け寄った。
「ジル、大丈夫!? 体調悪いの!?」
「いや、大丈夫だ……。もう、戻ってきた」
「戻ってきた? 意識が?」
「ああ、まぁ……、そんなようなものだ」
「とりあえず座ったほうがいいんじゃない? 体、支えようか?」
「いや、平気だ。……おはよう、ミカ」
ジルは軽く首を振り、改めて視線を合わせてくる。彼の黒い瞳は既に平常時と同じ落ち着きを取り戻していて、先程までの不安定さは見られない。足元もフラつくことなく、しっかりと立っているけれど……、
「おはよう、ミカ」
「……おはよう、ジル。……何かあったの?」
挨拶が返ってくることを期待して再度「おはよう」と告げてきた魔王の望みに応えつつも、僕は気になっていることをきちんと尋ねた。ジルは物憂げな溜息を零して、小さく頷く。
「まぁ、少し──、気になることはあった」
「えっ……」
「いや、危険なものではないと思う。……たぶん」
歯切れ悪く言ったジルは、それだけでは僕が納得しないというのを視線から読み取ってくれたのか、もういちど溜息をついてから、事情を説明してくれた。
「魔物たちの動きに、変なところがあってな。暴走しているというわけではないんだが、何かをこの城に導こうとしているというか……」
「えっ? それって、ジルの敵になるような相手を案内してきてるってことはない……?」
「いや、それはない。暴走していない魔物は、俺の不利に働くようなことはしない。それに、何か禍々しいものがやって来る気配は無いんだ。──だからこそ、厄介なことが起こりそうな予感がするんだが」
結局、厄介な展開になりそうってこと? 心配というか、モヤモヤというか、複雑な心境になっていると、それを宥めるかのような手つきでジルに背中を撫でられる。
「朝食が出来て、呼びに来てくれたんだろう? 行こうか」
「うん……、でも……」
「たぶん、大丈夫だ。とりあえず、ミカに危険は無いだろう」
「今日は、マティ様とお客様も来るんだよ? それに、ジルやカミュにも危険が迫っていたら嫌だよ」
「平気だろう。……俺が厄介だと言ったから、気にさせてしまったか? 厄介といっても、命の危険があるようなものではないんだ。おそらくな。──それに、俺の予想が当たっていれば、俺たちの身に危険が無いのは勿論、あまり関係無い……はずだ」
どうやら、ジルは何か予想をしているらしい。そこをハッキリと明言しないということは、もしも彼の予想が外れた場合、僕が知る必要のない情報となってしまうのだろう。今のジルは僕に隠しごとをしたりはしないし、扱いの判断に困る情報なんだと思う。
「うん、分かった。ジルがそこまで言うんだから、大丈夫なんだろうなって考えることにする」
「……そうか」
「そんな顔しないでよ。僕は、君のことをちゃんと信じてる。言えないことがあるって、別に悪いことじゃないよ。それを知っていないと僕たちが危険な目に遭うかもしれないなら、ジルはちゃんと言ってくれる。それをあえて伝え無いようにしているってことは、逆に、無駄に知っているのはよくないってことでしょ? ……大丈夫、分かってるよ」
今度は僕がジルの背中を撫でる。すると、罪悪感を滲ませていた魔王の表情が、穏やかなものへと変化していった。そして、彼の蒼白くて大きな手が僕の頭を、次にクックとポッポの頭を、順番に撫でてゆく。
「信じてくれてありがとう、ミカ」
「お互い様だよ。僕たちは、お互いにお互いを信じているんだから」
「ああ、そうだな」
ジルの中に宿る「魔王の魂」が暴れ出したとしても、それによって僕たちの生死や明暗が分かれたとしても、僕は最後までジルとカミュを信じているだろう。そして、それは彼らも同じはずだ。
信頼の視線を交わし合って、僕たちは食堂へ向かって歩き出した。
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