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【第8話】優しさが溶け込むフルーツフラッペ
【8-19】
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◆◆◆
──翌朝。やはり日の出と共に起床していたジルベールは、城外の様子を念入りに「視て」いた。ミカの体調も昨晩でだいぶ落ち着き、今日はマレシスカが帰っていく日ということもあり、危険が無いよう普段以上に集中して観察する。
暴走種の魔物に関しては、ジルベールの指揮下から逃れてしまっているため、正確な把握が出来るわけではないのだが、通常種の動きから異常を察知することは可能だ。
現状、目立った混乱などは見られず、殺気立っている気配も感じられない。今のところは、いつも通り、人間側から手出しをしなければ魔物たちもおとなしくしているだろう。マレシスカの帰路もさほど危なくないはずだ。
溜息をひとつ零し、ジルベールは集中を解く。神経を尖らせていた名残か、軽い目眩をおぼえた。といっても、大したものではない。遠くまで飛ばして張り巡らせていた意識を自分の肉体と近辺へ戻し、その感覚が馴染めば、立ちくらみはすぐに解消するのだ。
少々ぼんやりとしていた意識が明瞭になったところで、ジルベールは、この部屋へ接近している気配に気付く。悪魔の気配では無いから、カマルティユではない。人間だ。マレシスカはジルベールの私室がある階まで上がってきたことはない。そして、人間以外に二羽の鳥の気配もする。と、いうことは──。
魔王が思わず扉を振り向いたところで、ちょうどノックの音が響いた。
「ジル、おはよう。入ってもいい?」
やはり、訪問者はミカである。風邪で寝込んでいるはずの彼が、どうしてこんな最上階まで上ってきたのか。
慌てたジルベールは、返事をするよりも先に扉へ駆け寄り、勢いよく開いた。
「わっ……、ビックリした」
魔王の肩よりも下にある薄茶色の頭が揺れ、次に同系色の瞳がおずおずと見上げてくる。ただでさえ大きく丸いミカの瞳が、驚きのせいで更にその印象を増していた。彼の肩にとまっている魔鳥たちも、つぶらな目をまんまるにさせている。
「ミカ、どうしてこんなところに? 寝ていないと駄目だろう」
「夜の間に熱は下がったし、だいぶ身体の調子がいいんだ。だから、食堂でみんなと一緒にごはんを食べようと思って。少し動きたかったし、ジルのお迎えに来させてもらったんだよ」
「朝食? まさか料理をしたんじゃないだろうな?」
「まさか! だって、ジルの許可が出ないと、僕は調理場に立っちゃダメなんでしょ? 朝ごはんはキカさんが作ってくれたよ」
そういえば、朝食の支度は任せてとマレシスカが言っていて、ジルベールも任せていたのだった。改めてそれを思い出した魔王は、誤魔化すかのように咳払いをしてモゴモゴと呟いた。
「……くれぐれも、無理はしないように」
「うん! というわけで。おはよう、ジル」
「ああ、……おはよう、ミカ」
朝の挨拶を交わしたミカは、嬉しそうに微笑む。昨日まで蒼白かった頬に赤みがさしていて、確かに元気そうだ。
安堵したジルベールはミカの頭を撫でてから、クックとポッポの頭も同じように撫でる。こうして順番に撫でるのが、朝の日課のひとつになってしまっていた。撫でられた一人と二羽はどことなく嬉しそうにしているのだから、彼らにとっても好ましい交流なのだろう。
「行こう、ジル。キカさんが美味しそうな朝ごはんを作ってくれたんだよ」
「そうか。お前は食べられそうか?」
「うん! さっき、久しぶりにお腹が鳴ったんだ。お腹も元気になってきたのかもしれないね」
「そうか。それならよかった」
和やかな会話を交わしつつ、食堂がある階を目指してゆっくりと階段を降りてゆく。ミカの身体がふらついたりしないかと、ジルベールはさりげなく注意して見守っていたが、病み上がりの青年はしっかりとした足取りで歩いていた。
「もうカミュにも伝えたんだけど、色々と看病をしてくれてありがとう。ジルが傍にいてくれて、すごく心強かったよ」
「気にするな。……ちょうどいいときにマレシスカが来てくれて良かった。あいつのおかげで、ミカを楽にしてやることが出来たんだからな」
「うん、勿論キカさんにも感謝してる。でも、ジルとカミュにも本当に感謝しているんだ。寝込んでいるときに一人じゃないって、幸せなことだね。ジルのごはんを食べる機会も沢山あって、嬉しかった」
「そうか……?」
「うん! ……あっ、ごめんね。ジルとカミュに大変な思いをさせたのに、嬉しかったなんて不謹慎だった」
項垂れるミカの頭を再度撫で、ジルベールは微笑みながら穏やかに言った。
「辛かったと言われるより、嬉しかったと言ってもらえたほうが、俺も嬉しい」
「ジル……」
「大変だなんて思っていない。ただ、一時はミカがあまりにも辛そうで、このまま死なせてしまうんじゃないかと、胸が張り裂けそうだった。……それが、こうして並んで歩けるほどに回復してくれて、俺は嬉しい」
「僕も嬉しい。君と一緒にこうして話して、歩けて、すごく嬉しい」
ありがとうと言って幸せそうに笑う青年の肩を魔王が抱くようにして叩くと、白と黒の鳥たちも嬉しそうに飛び回って囀り鳴いた。
──翌朝。やはり日の出と共に起床していたジルベールは、城外の様子を念入りに「視て」いた。ミカの体調も昨晩でだいぶ落ち着き、今日はマレシスカが帰っていく日ということもあり、危険が無いよう普段以上に集中して観察する。
暴走種の魔物に関しては、ジルベールの指揮下から逃れてしまっているため、正確な把握が出来るわけではないのだが、通常種の動きから異常を察知することは可能だ。
現状、目立った混乱などは見られず、殺気立っている気配も感じられない。今のところは、いつも通り、人間側から手出しをしなければ魔物たちもおとなしくしているだろう。マレシスカの帰路もさほど危なくないはずだ。
溜息をひとつ零し、ジルベールは集中を解く。神経を尖らせていた名残か、軽い目眩をおぼえた。といっても、大したものではない。遠くまで飛ばして張り巡らせていた意識を自分の肉体と近辺へ戻し、その感覚が馴染めば、立ちくらみはすぐに解消するのだ。
少々ぼんやりとしていた意識が明瞭になったところで、ジルベールは、この部屋へ接近している気配に気付く。悪魔の気配では無いから、カマルティユではない。人間だ。マレシスカはジルベールの私室がある階まで上がってきたことはない。そして、人間以外に二羽の鳥の気配もする。と、いうことは──。
魔王が思わず扉を振り向いたところで、ちょうどノックの音が響いた。
「ジル、おはよう。入ってもいい?」
やはり、訪問者はミカである。風邪で寝込んでいるはずの彼が、どうしてこんな最上階まで上ってきたのか。
慌てたジルベールは、返事をするよりも先に扉へ駆け寄り、勢いよく開いた。
「わっ……、ビックリした」
魔王の肩よりも下にある薄茶色の頭が揺れ、次に同系色の瞳がおずおずと見上げてくる。ただでさえ大きく丸いミカの瞳が、驚きのせいで更にその印象を増していた。彼の肩にとまっている魔鳥たちも、つぶらな目をまんまるにさせている。
「ミカ、どうしてこんなところに? 寝ていないと駄目だろう」
「夜の間に熱は下がったし、だいぶ身体の調子がいいんだ。だから、食堂でみんなと一緒にごはんを食べようと思って。少し動きたかったし、ジルのお迎えに来させてもらったんだよ」
「朝食? まさか料理をしたんじゃないだろうな?」
「まさか! だって、ジルの許可が出ないと、僕は調理場に立っちゃダメなんでしょ? 朝ごはんはキカさんが作ってくれたよ」
そういえば、朝食の支度は任せてとマレシスカが言っていて、ジルベールも任せていたのだった。改めてそれを思い出した魔王は、誤魔化すかのように咳払いをしてモゴモゴと呟いた。
「……くれぐれも、無理はしないように」
「うん! というわけで。おはよう、ジル」
「ああ、……おはよう、ミカ」
朝の挨拶を交わしたミカは、嬉しそうに微笑む。昨日まで蒼白かった頬に赤みがさしていて、確かに元気そうだ。
安堵したジルベールはミカの頭を撫でてから、クックとポッポの頭も同じように撫でる。こうして順番に撫でるのが、朝の日課のひとつになってしまっていた。撫でられた一人と二羽はどことなく嬉しそうにしているのだから、彼らにとっても好ましい交流なのだろう。
「行こう、ジル。キカさんが美味しそうな朝ごはんを作ってくれたんだよ」
「そうか。お前は食べられそうか?」
「うん! さっき、久しぶりにお腹が鳴ったんだ。お腹も元気になってきたのかもしれないね」
「そうか。それならよかった」
和やかな会話を交わしつつ、食堂がある階を目指してゆっくりと階段を降りてゆく。ミカの身体がふらついたりしないかと、ジルベールはさりげなく注意して見守っていたが、病み上がりの青年はしっかりとした足取りで歩いていた。
「もうカミュにも伝えたんだけど、色々と看病をしてくれてありがとう。ジルが傍にいてくれて、すごく心強かったよ」
「気にするな。……ちょうどいいときにマレシスカが来てくれて良かった。あいつのおかげで、ミカを楽にしてやることが出来たんだからな」
「うん、勿論キカさんにも感謝してる。でも、ジルとカミュにも本当に感謝しているんだ。寝込んでいるときに一人じゃないって、幸せなことだね。ジルのごはんを食べる機会も沢山あって、嬉しかった」
「そうか……?」
「うん! ……あっ、ごめんね。ジルとカミュに大変な思いをさせたのに、嬉しかったなんて不謹慎だった」
項垂れるミカの頭を再度撫で、ジルベールは微笑みながら穏やかに言った。
「辛かったと言われるより、嬉しかったと言ってもらえたほうが、俺も嬉しい」
「ジル……」
「大変だなんて思っていない。ただ、一時はミカがあまりにも辛そうで、このまま死なせてしまうんじゃないかと、胸が張り裂けそうだった。……それが、こうして並んで歩けるほどに回復してくれて、俺は嬉しい」
「僕も嬉しい。君と一緒にこうして話して、歩けて、すごく嬉しい」
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