170 / 246
【第8話】優しさが溶け込むフルーツフラッペ
【8-12】
しおりを挟む
◇
「おい、いい加減に手を離せ。新妻が他の男の腕なんか掴むんじゃない」
調理場に着くやいなや、ジルベールは振り払うようにしてマレシスカの手から逃れる。新妻と称された娘は、鼻で笑った。
「お堅いわねー。うちの旦那は、このくらいのことで浮気だなんて騒がないわよ」
「……まぁ、お前の人間性を把握してるからこそ、単身でここまで来ているのを許可しているんだろうがな」
「そーよ。ていうか、旦那の許可なんか無くたって、あたしは来るけどね! 結婚したからって、なんでもかんでも旦那にお伺いを立てるなんてまっぴらごめんだわ。そもそも、あっちが婿入りしてきたんだし。……って、あたしの話はどうでもいいのよ! ジルに訊きたいことがあるんだから!」
「……俺に?」
尋ねたいことがあるならさっさと訊けばいいだろうに、と魔王は怪訝そうに眉を顰める。ミカの看病をしながら、いくらでもその時間はあったはずだ。
そんなジルベールの心情が分かったのか、マレシスカは小さく首を振る。
「ジル的には、ミカに聞かれたくない質問かもしれないから。だから、ここまで引っ張ってきたの」
「はぁ? ミカに聞かれたくないことなど、俺にはもう無いが」
ミカは既に、この世界の、そして魔王の在り方を理解しているのだ。流石に全てを伝えきれているわけではないが、それは隠しているのではなく、機会があれば話してもいいものだ。質問されれば何でも答えるし、他者との会話をミカに聞かれても不都合は無い。
首を傾げるジルベールをじっとりと睨むように見上げながら、マレシスカはやや緊張した声音で言う。
「……隠し子のことも?」
「隠し子? 何のことだ?」
「ジル、あんた、隠し子がいるんじゃない?」
「はぁ……?」
全く身に覚えがないことを言われ、ジルベールは困惑する。彼のそんな複雑そうな表情をどう捉えたのか、マレシスカは疑惑の眼差しを魔王へ向けた。
「水色の髪と、金色の瞳の、五歳くらいの男の子。……何か覚えがあったりしないの?」
「いや、なんのことか全く……、いや、待て。水色の髪? 自然色ならば、湖畔の一族の子どもか?」
この世界では、あらゆる色の毛髪が存在するが、水色はかなり珍しい。というよりも、とある特定の一族しか持ちえないものだった。
その一族は「湖畔の一族」と呼ばれており、現存している子孫は限りなく少ない。そのため、彼らの存在自体を知らない者も多いだろう。「湖畔の一族」は魔王の城から程近くにある大きな湖畔の傍で暮らしており、かつては魔物が魔王の領域から出ないよう見張る役割を担っていたのだが、一族の血を引く人間が減少するに従って、役目から解放されたのだ。
魔法で髪を染色することも出来るため、絶対にとは言い切れないが、発育途中の身体に一部とはいえ魔法で手を加えることは成長への妨げが懸念されているため、子どもが髪を染めることはあまり無く、水色の髪の五歳児であれば「湖畔の一族」の子どもだと考えるのが妥当だろう。──そんな思考に耽っていた魔王の意識は、目の前の娘による怒りの声で現実に引き戻される。
「ちょっと、ジル! 聞いてるの!? やっぱり身に覚えがあるんじゃないの!」
「何を言ってるんだマレシスカ……って、おい! 殴るな!」
「子どもを作っておいて認知すらしないなんて、あんまりだわ! 最低! そんな奴だと思わなかった!」
「はぁ!? お、おい、ちょっと待て、何か誤解をしているぞ」
「ミカに言いつけてやる! 起こしてでも言いつけてやるんだから!」
「ちょっと待て! とりあえず待て!」
ミカに話を聞かれないためにここまで来たはずだが、そのミカに言いつけるとは、これいかに。それだけマレシスカが正常な判断を失い、興奮している証だろう。
ジルベールはマレシスカの両肩に手を置き、諭すように言った。
「冷静になれ。──俺は、水色の髪と聞いて、湖畔の一族を思い浮かべただけだ。生まれつき水色の髪を持つ、とても珍しい一族なんだ。五歳程度の幼い子どもが髪を染めているとは思えないから、それならば、その子は湖畔の一族の者だろうと考えただけだよ。それ以上のことは、何も分からん。当然ながら、身に覚えもない」
「……ジルが知らないだけで、実は、……ってことはない?」
「無い。俺の血を分けた子どもなど、いるはずがない。……具体的に言わずとも、それで分かるな?」
結婚したばかりの若い娘に生々しい話をするのは避けたい。そんな思惑から曖昧な言葉を選んだジルベールに対し、マレシスカは一応は頷いてくれた。納得したわけではないだろうが、魔王が言いたいことは理解してるのだろう。
「──それで、何故お前は急にそんなことを言い出したんだ? 水色の髪の子どもと会ったのか? そいつが、自分は魔王の子だとでも名乗っていたのか?」
半ば呆れ混じりに尋ねるジルベールを見上げつつ、マレシスカは唇を尖らせながら拗ねたように言った。
「魔王の子だとは言ってなかった。……でも、その子にはとてつもない魔力の持ち主の父親がいて、その父親が自分の子だと認めてくれないから母親がおかしくなってしまったって困ってたの。……あたし、魔力が凄まじい男なんてジルとカミュしか知らないもん。カミュが人間と子どもを作るとは思えないし、消去法でジルが父親なんじゃないかと思っちゃったのよ」
「おい、いい加減に手を離せ。新妻が他の男の腕なんか掴むんじゃない」
調理場に着くやいなや、ジルベールは振り払うようにしてマレシスカの手から逃れる。新妻と称された娘は、鼻で笑った。
「お堅いわねー。うちの旦那は、このくらいのことで浮気だなんて騒がないわよ」
「……まぁ、お前の人間性を把握してるからこそ、単身でここまで来ているのを許可しているんだろうがな」
「そーよ。ていうか、旦那の許可なんか無くたって、あたしは来るけどね! 結婚したからって、なんでもかんでも旦那にお伺いを立てるなんてまっぴらごめんだわ。そもそも、あっちが婿入りしてきたんだし。……って、あたしの話はどうでもいいのよ! ジルに訊きたいことがあるんだから!」
「……俺に?」
尋ねたいことがあるならさっさと訊けばいいだろうに、と魔王は怪訝そうに眉を顰める。ミカの看病をしながら、いくらでもその時間はあったはずだ。
そんなジルベールの心情が分かったのか、マレシスカは小さく首を振る。
「ジル的には、ミカに聞かれたくない質問かもしれないから。だから、ここまで引っ張ってきたの」
「はぁ? ミカに聞かれたくないことなど、俺にはもう無いが」
ミカは既に、この世界の、そして魔王の在り方を理解しているのだ。流石に全てを伝えきれているわけではないが、それは隠しているのではなく、機会があれば話してもいいものだ。質問されれば何でも答えるし、他者との会話をミカに聞かれても不都合は無い。
首を傾げるジルベールをじっとりと睨むように見上げながら、マレシスカはやや緊張した声音で言う。
「……隠し子のことも?」
「隠し子? 何のことだ?」
「ジル、あんた、隠し子がいるんじゃない?」
「はぁ……?」
全く身に覚えがないことを言われ、ジルベールは困惑する。彼のそんな複雑そうな表情をどう捉えたのか、マレシスカは疑惑の眼差しを魔王へ向けた。
「水色の髪と、金色の瞳の、五歳くらいの男の子。……何か覚えがあったりしないの?」
「いや、なんのことか全く……、いや、待て。水色の髪? 自然色ならば、湖畔の一族の子どもか?」
この世界では、あらゆる色の毛髪が存在するが、水色はかなり珍しい。というよりも、とある特定の一族しか持ちえないものだった。
その一族は「湖畔の一族」と呼ばれており、現存している子孫は限りなく少ない。そのため、彼らの存在自体を知らない者も多いだろう。「湖畔の一族」は魔王の城から程近くにある大きな湖畔の傍で暮らしており、かつては魔物が魔王の領域から出ないよう見張る役割を担っていたのだが、一族の血を引く人間が減少するに従って、役目から解放されたのだ。
魔法で髪を染色することも出来るため、絶対にとは言い切れないが、発育途中の身体に一部とはいえ魔法で手を加えることは成長への妨げが懸念されているため、子どもが髪を染めることはあまり無く、水色の髪の五歳児であれば「湖畔の一族」の子どもだと考えるのが妥当だろう。──そんな思考に耽っていた魔王の意識は、目の前の娘による怒りの声で現実に引き戻される。
「ちょっと、ジル! 聞いてるの!? やっぱり身に覚えがあるんじゃないの!」
「何を言ってるんだマレシスカ……って、おい! 殴るな!」
「子どもを作っておいて認知すらしないなんて、あんまりだわ! 最低! そんな奴だと思わなかった!」
「はぁ!? お、おい、ちょっと待て、何か誤解をしているぞ」
「ミカに言いつけてやる! 起こしてでも言いつけてやるんだから!」
「ちょっと待て! とりあえず待て!」
ミカに話を聞かれないためにここまで来たはずだが、そのミカに言いつけるとは、これいかに。それだけマレシスカが正常な判断を失い、興奮している証だろう。
ジルベールはマレシスカの両肩に手を置き、諭すように言った。
「冷静になれ。──俺は、水色の髪と聞いて、湖畔の一族を思い浮かべただけだ。生まれつき水色の髪を持つ、とても珍しい一族なんだ。五歳程度の幼い子どもが髪を染めているとは思えないから、それならば、その子は湖畔の一族の者だろうと考えただけだよ。それ以上のことは、何も分からん。当然ながら、身に覚えもない」
「……ジルが知らないだけで、実は、……ってことはない?」
「無い。俺の血を分けた子どもなど、いるはずがない。……具体的に言わずとも、それで分かるな?」
結婚したばかりの若い娘に生々しい話をするのは避けたい。そんな思惑から曖昧な言葉を選んだジルベールに対し、マレシスカは一応は頷いてくれた。納得したわけではないだろうが、魔王が言いたいことは理解してるのだろう。
「──それで、何故お前は急にそんなことを言い出したんだ? 水色の髪の子どもと会ったのか? そいつが、自分は魔王の子だとでも名乗っていたのか?」
半ば呆れ混じりに尋ねるジルベールを見上げつつ、マレシスカは唇を尖らせながら拗ねたように言った。
「魔王の子だとは言ってなかった。……でも、その子にはとてつもない魔力の持ち主の父親がいて、その父親が自分の子だと認めてくれないから母親がおかしくなってしまったって困ってたの。……あたし、魔力が凄まじい男なんてジルとカミュしか知らないもん。カミュが人間と子どもを作るとは思えないし、消去法でジルが父親なんじゃないかと思っちゃったのよ」
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
異世界で作ろう!夢の快適空間in亜空間ワールド
風と空
ファンタジー
並行して存在する異世界と地球が衝突した!創造神の計らいで一瞬の揺らぎで収まった筈なのに、運悪く巻き込まれた男が一人存在した。
「俺何でここに……?」「え?身体小さくなってるし、なんだコレ……?[亜空間ワールド]って……?」
身体が若返った男が異世界を冒険しつつ、亜空間ワールドを育てるほのぼのストーリー。時折戦闘描写あり。亜空間ホテルに続き、亜空間シリーズとして書かせて頂いています。採取や冒険、旅行に成長物がお好きな方は是非お寄りになってみてください。
毎日更新(予定)の為、感想欄の返信はかなり遅いか無いかもしれない事をご了承下さい。
また更新時間は不定期です。
カクヨム、小説家になろうにも同時更新中
よいこ魔王さまは平穏に生きたい。
海野イカ
ファンタジー
史上最も嫌われた魔王と名高い第67魔王デスタリオラは、勇者との戦いに敗れた後、気づけば辺境伯の娘として生まれ直していた。おかしな役割を押し付けられたものの『魔王』よりは気楽に生きられそうだと軽く承諾。おいしいものをいっぱい食べて、ヒトとしての暮らしを平穏にエンジョイしようと決意。……したはずが、襲撃やら逃亡やら戦闘やら何かと忙しく過ごす、元魔王お嬢様のおはなし。
(挿絵有の話はタイトルに ✧印つき)
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
神様のミスで女に転生したようです
結城はる
ファンタジー
34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。
いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。
目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。
美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい
死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。
気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。
ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。
え……。
神様、私女になってるんですけどーーーー!!!
小説家になろうでも掲載しています。
URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる