上 下
18 / 246
【第2話】焼き立てパンは仲直りの味

【2-4】

しおりを挟む
「ううん、僕もマレシスカさんに会ってみたいな。食材を届けてくれる人なんでしょ? ちょっと話を聞いてみたいんだ。届けられた食材について色々と知っていたほうが、ちゃんとした料理を作れるだろうし」

 僕の言葉を聞いた二人は顔を見合わせ、次に、心配そうにこちらを見てきた。

「お前はいつも、ちゃんとした料理を作ってくれているだろう」
「そうですよ。限られた食材の中から、よくこんなにも作れるものだと、感心しています。美味しくいただいてますよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……、でも、君たちにとって馴染みがあって安心できる味を作れるようになりたいんだ。少しでも早くマリオさんやアビーさんに追いつくのが、僕の目標だよ」

 安心させたくて言っているのに、彼ら──特にジルの表情は、ますます曇ってしまう。
 魔王は僕の肩に手を置き、更に腰を落として視線の高さを合わせてきた。

「ミカ。お前は、お前だ。マリオやアビーを目指す必要なんか無い。……マリオだってアビーの死後に召喚されてきたが、彼女が遺した資料を参考にすることはあっても、自分が作りたいものを自由に作っていた。後々、アビーの走り書きに興味を持って、作ってみたりレシピをまとめ直したりしていたが、それだって何十年も経ってからの話だ」
「へぇ……、マリオさんって凄いね。自分らしさをしっかりと保てる人だったんだ」
「そうだな。だから、ミカだって、先人たちを気にせず自由にすればいい。影響される必要など無い」

 そう言われても、困ってしまう。──僕らしさって、何だ?
 自分らしさとか、自由な振る舞いとか、そういったものと無縁な人生だったから、いざ「お前らしく」と言われても戸惑うばかりだ。
 ジルの厚意はありがたいし、彼がそう望むのであればそう心掛けたいけれど、どうしたらいいか分からない。

 眉尻を下げて困惑顔をしているであろう僕を眺めたカミュは、苦笑しながら言葉を挟んできた。

「ジル様、ミカさんが困っていますよ」
「……俺は困らせるようなことを言ったか? ミカの自由にしてくれと言っているだけだが」
「そのお言葉が、ミカさんの自由を狭めているのでは?アビーさんやマリオさんのように奔放な言動をされるばかりが自由な振る舞いというわけでもないでしょう。先人たちが遺した知識を辿って真似てみることを、ミカさんが本当に望んでいらっしゃるのならお好きなようにさせてさしあげればよろしいのではないかと」
「まぁ、それがミカのしたいことだというのなら、何も文句は無いが……」
「ええ。……ただ、ジル様のご心配も理解できます。無理に先人たちを意識する必要は無い、とお伝えしたいのは私も同じです」

 二人とも、本当に僕のことを心配してくれているんだよね。その気遣いがありがたいと同時に申し訳なくて、ちょっと歯がゆい。
 とにかく、無理をしているわけじゃないとは伝えておこう。長い付き合いになるのだし、素直な気持ちを言葉にするのも大事なんじゃないかなと、人付き合いが苦手ながらに思っている。

「ジルもカミュもありがとう。でも、無理とかじゃなくて、僕自身がやってみたいと思っていることだよ。それが君たちのためにもなればいいなって、それも本音。……それにね、『僕らしく』っていうのがどういうものなのかも分からないし、まずは偉大な先輩たちの真似をしてみたいなって」
「偉大……?」
「あいつらって、偉大だったのか?」

 不思議そうに首を傾げる二人だけど、そんな彼らだってマリオさんやアビーさんの存在をありがたく感じていたはずだ。マリオさんの死後、ジルは一年近く寝込んでいたくらいなのだし、それだけ深い関係だったんだよね。──僕も、少しは近付けるだろうか。

「僕は直接会ったことはないけど、アビーさんもマリオさんも明るくて陽気な人だったんだろうなって、君たちの話からも分かるよ。……でも、僕はそうじゃないから。性格はそう簡単に変えられないけど、料理だったら真似できる部分もあるだろうし。……なんというか、上手く言えないんだけど、君たちと仲良くできるきっかけになりそうな気がして……、いや、えっと、今のままじゃ仲良くできなさそうとか、そういうわけじゃないんだけど……」

 結局、的確に言語化できずに口ごもる。そんな僕に、カミュは穏やかな視線を向けてきた。

「ミカさん、焦らなくて大丈夫ですよ。私たちは出会ったばかりなのですから、これからお互いに色々と知っていけるはずです。私たちなりに親しくなっていけるはず。ゆっくり行きましょう、ね?」

 カミュは悪魔なのに、僕が上手く言えない気持ちを上手に見つけて、そっと掬い上げてくれる。その優しさがあったかくて、気を抜くと涙腺が緩みそうになってしまう。
 黙って頷く僕の頭を、ジルがぽんぽんと撫でてきた。

「何度でも言うが、ミカはそのままでいい。わざと明るく振る舞う必要も無いし、それを無理に目指す必要も無い。……お前らしさも、ゆっくりと見つけていけばいいんだ。幸か不幸か、時間はたっぷりとあるんだからな」
「……うん。ジルも、カミュも、ありがとう」

 心配を掛けてばかりで、きっと面倒くさいことを口走っているんだろうに、それでも見捨てずに寄り添おうとしてくれる魔王と悪魔の優しさが、じんわりと沁みる。
 中水上なかみかみのおじさんと一緒にいたときみたいだ。あったかくて、嬉しくて、ふわふわしている。

「……さぁ、キカさんをお出迎えする用意をしましょうか」
「うん!」

 鼻の奥がつんとするのを堪えながら、僕は精一杯笑って見せて、頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

よいこ魔王さまは平穏に生きたい。

海野イカ
ファンタジー
史上最も嫌われた魔王と名高い第67魔王デスタリオラは、勇者との戦いに敗れた後、気づけば辺境伯の娘として生まれ直していた。おかしな役割を押し付けられたものの『魔王』よりは気楽に生きられそうだと軽く承諾。おいしいものをいっぱい食べて、ヒトとしての暮らしを平穏にエンジョイしようと決意。……したはずが、襲撃やら逃亡やら戦闘やら何かと忙しく過ごす、元魔王お嬢様のおはなし。 (挿絵有の話はタイトルに ✧印つき)

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

処理中です...