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それは、しあわせにおわった、はなし

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 私は魔術師によって生み出されたホムンクルスだ。その目的は自身の子の世話をさせるため。
 魔術師は忙しく、家に帰れる時も少ない。そして、魔術師は有名でなにかと恨みやひがみを買うことが多い。そのため、どこからか人を雇って世話を任せるということもできない。
 だから私は生まれた。

 魔術師の子供であるマリアは、すくすくと育っていった。
 マリアが大きくなりにつれ、私と同じホムンクルスが増えて六体になった。絵本を読んだり、一緒に遊んだり、料理をしたりする役割が必要になったから。
 魔術師、主は相変わらず忙しい。けれどマリアの誕生日には帰ってきて、家族の時間を過ごしていた。
 嬉しそうな顔をしているマリアを、幸せそうな顔をしている主を見るのが私たちの幸福だった。

 マリアが初等学園に通うほどの歳になった頃。主は能力の衰えによって前線を引退した。今までの無理が祟ったのか、体が弱くなっていた。
 それでも体の調子が良い時は何かと私たちに機能を追加したり、活動に必要なもの以上の魔力石を与えたりしていた。その理由を私たちは知っている。

 その三年後、主は静かに息を引き取った。マリアは幼いながらも父親の死というものを分かっているようで、大粒の涙を零して泣いていた。私たちにできるのはマリアを抱きしめ、頭を撫でることだけだった。

 それから、どのくらい月日が流れただろうか。
 マリアは美しく成長し、大人と称する歳になった。そして人生の伴侶と出会った。
 相手は少し弱気なところもあるものの、私たちが課した試練を突破した。一抹の不安は残るものの、マリアを任せるに値する人物だと私たちは判断した。

 そうして、数日後に結婚式を控えた日。
 私は屋敷の裏庭へと足を運んだ。月の光を受けて青白く輝く花弁が揺れるその場所には、三番目に生まれたホムンクルスだけが居た。

「残っているのはあなただけ?」
「ああ。でも、俺ももう行くよ」

 三番目のホムンクルスがそう言うと、体が少しずつ崩れていく。その現象は、私たちの活動限界を迎えた証だ。

「……俺、…いや、いままで楽しかった。さよなら」
「うん、さよなら」

 三番目のホムンクルスは何かを言いかけて止め、最期の言葉を残して崩れていった。それが風にさらわれたころ、マリアがこの庭にやって来た。

「裏庭に来てほしいって、どうしたの?」

 不思議そうにしているマリア。幼いころの面影を残しつつも、もう立派な淑女だ。

「マリア。マリアにはもう私たちは必要ないでしょう。あなたは私たちのようなもとで、立派に育ちました」
「……え?待って、必要ないって……そんなことないわ。だって、ずっと傍に居てくれるって約束してくれたじゃない」

 その約束は、マリアが生まれてから五年ほど経った頃に交わしたものだ。幼い頃の記憶は忘れていくと認識していた私は、安易にその約束をかわした。
 覚えているなんて思っていなかった。

「どうして……?」
「マリア、私たちは主に造られたホムンクルスです。主の魔力を動力として動いています。だから、本来なら主が死んだと同時に消えてしまいます。
 主は自身の死期を悟っていました。でも、幼かったあなたを残してしまうことを憂い、私たちに出来うる限りの延命を施しました。ですが、ここまでです」
「ここまでって……消えてしまうって、こと…?」
「はい。できれば、マリアの結婚式を見届けたかった」

 私の言葉にマリアは大粒の涙を零す。ぽろぽろと零れていく雫は青白く光る花の中へ消えていく。
 その涙をぬぐい、抱きしめることはもうできない。

「どうか泣かないで。私は、私たちはいつでもマリアの傍に居ます。あなたの記憶に私たちが居る限り、ずっといます。だから、どうか……わらって、ください」

 伸ばそうとした腕が崩れていく。踏み出そうとした足が崩れて、マリアの方へ倒れこむ。
 ぬくもりを感じないけれど、マリアはたしかに私を抱きしめている。
 視界がなくなり、意識というものが薄くなっていく中、声が聞こえた。

「…っ、いままで、ありがとう……!」

 泣きじゃくるような声で、マリアはそう言った。
 ああ、その言葉を聞けただけで私たちは安心して消えていける。
 さようなら、私たちの愛しき姉。最愛のマリア。
 その先の旅路に、祝福を。

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