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24.デザートマスカット
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「……なあ、これアタシが本当に必要だったのかい?」
シャムが仏頂面で不満を漏らした。
グレイとルナ、そして、シャムの三人は今、闘技場の街『ワンサード』から馬車で数時間程の場所にあるオアシスに来ている。彼らが『渡り鳥』として受けた依頼の内容はこうだった。
《オアシスに実る果実『デザートマスカット』を採取してきて欲しい》
『デザートマスカット』はワンサードの富裕層に人気の果実で、一つの房に無数の球場の実が付いている。この果実の採取が『渡り鳥』に依頼される理由は3つ。まず、このオアシスに来ること自体が一般人には難しい。このオアシスはワンサードと周辺の街や村を繋ぐ街道から離れた場所にあり、広大な砂漠地帯の真ん中にある。砂漠には毒を持ち凶暴な魔物が多く生息しているため、オアシスの周辺は天然の要塞となっている。現に3人は大サソリやデザートスネークと言った魔物に遭遇し、退けている。……そこで前述のシャムのぼやきが始まったわけである。
「ここに来る間、魔物は全部2人で倒しちまってるじゃないか。本当になんでアタシを誘ったんだい?」
そう、ここに来るまで出会った魔物はグレイとルナの二人で退けていた。ルナの氷の魔法弾で敵の動きを止め、グレイが双剣で止めを刺す。2人は極寒の地ウィントフォールから砂漠の大陸ゲライフに来るまでの間、航行中や点在する島々での冒険をこなしてきたことで、個々の力や連携戦術は確実に質が向上していた。だが、それでも仲間を求めるのは、この雲海の世界で流れ者として生きることは過酷なことに他ならない。
「アンタの手を借りたいのは、ここじゃない。力を温存しておいてくれ」
実はグレイの目的は依頼とは別にあった。今回の一番の目的はシャムを仲間に引き入れることであって、依頼を達成することでは無い。グレイが計画をルナに話した時、一度は『危険すぎる』と猛反発を受けた。だが、グレイの説得によりルナがしぶしぶ了承し今日に至っている。
「本当に『アレ』は現れるのでしょうか」
「さあな。お前は出ない方が嬉しいんじゃないか?」
心配するルナを横目にグレイが悪態をつく。そんなグレイにルナは緊張した面持ちで答えた。
「本心はそうです。ですが、目標との遭遇がシャムさん説得のポイントになっている以上、そうも言っていられないでしょう」
そうなのだ。このままではシャムは何もしないまま帰ることになる。それでは彼女の気持ちは変わらない。だから、二人は『会いたくない』それを探すしかないのだ。
「お? デザートマスカットってあれじゃねえか?」
何も知らないシャムが背の高い木になっている、件の果実『デザートマスカット』を見つけていた。シャムが手を伸ばす。
「どれ一つ……」
グシャッ‼
シャムの右手の中でデザートマスカットがはじけ飛ぶ。ちなみにこの果実、末端価格一個でシャムのファイトマネー10回分程である。そして、ここでデザートマスカットの採取が渡り鳥に依頼される2つ目の理由、それは『発見しにくい』ことである。3人がいるオアシス内においても希少性が高いものである。それを知ってか知らずかシャムが気まずそうな顔で固まっていた。
「……まあ、しょうがねえ。また探そうぜ」
「そうですね。ここは空気も気持ちいいですし、散歩がてら探しましょう」
グレイとルナは張り付いた笑顔を見せながらシャムをフォローした。第一の目的では無くとも依頼は依頼なので見つけたものは依頼人に渡し対価を貰いたい。内心ではかなりのショックを受けている2人であったが、それをシャムに悟らせないために張り付けた笑顔の維持に努めるのだった。
「……二人とも、優しいんだな」
シャムがボソッと呟いた。
……
それから4時間が経過した。太陽は西に傾きかけている。『デザートマスカット』は見つかっていないが、これ以上ここに留まることは太陽が沈んだ後の砂漠をうろつくことに他ならない。そして、それは3人にとって大きな危険を伴うことと道義だった。
(……だめ、なのでしょうか?)
『デザートマスカット』が見つからないことでは無く、別の目標を持ってきたグレイとルナは焦っていた。目的だったものが見つからない。
「ごめんな。アタシが『デザートマスカット』をつぶしちまったから……」
ずっと押し黙っていたシャムが口を開けた。何かを思案している様であったが、ずっと気にしていたらしい。
「アタシは昔からこうなんだ。力はあるんだけどそれ以上に不器用で、いつもみんなに迷惑かけちまう。今回だって全く役に立たなかったしな」
『アタシなんて……』と言いかけた時、ルナが制した。
「自分の可能性に蓋をするのはやめましょう」
シャムがハッとした表情でルナを見た。
「貴方はこれまで辛い経験をしてきたかもしれない。ですが、貴方の優れた力を使う場所に恵まれなかっただけかもしれません」
「……じゃあ、使う場所はどこなんだ」
ルナの言葉が気に障ったシャムはルナを問い詰めた。
「アタシはどこに行っても、何やっても馬鹿にされ疎まれ、私自身を見て貰ったことは無い人生だった。アンタみたいに綺麗で、育ちが良くて、色々持ってるアンタなんかにわかったような言われたくないね!」
ルナは困惑した。フォローをしたつもりだったのが、シャムには禁句だったらしい。助けを求めてグレイを見る。だが、頼りのグレイはかすかに笑っていた。
(? なぜ笑っているのですか?)
グレイはおもむろに口を開いた。
「アンタの力を使う場所、案外近くにあったみたいだな」
突如、周囲の草花とそれを支える土壌が大きく盛り上がり雄たけびをあげた。その正体は『巨獣ベヒーモス』。デザートマスカット採取が渡り鳥への依頼になる理由の三つ目にして、グレイとルナがシャムを口説くために探していた巨大魔獣であった。
シャムが仏頂面で不満を漏らした。
グレイとルナ、そして、シャムの三人は今、闘技場の街『ワンサード』から馬車で数時間程の場所にあるオアシスに来ている。彼らが『渡り鳥』として受けた依頼の内容はこうだった。
《オアシスに実る果実『デザートマスカット』を採取してきて欲しい》
『デザートマスカット』はワンサードの富裕層に人気の果実で、一つの房に無数の球場の実が付いている。この果実の採取が『渡り鳥』に依頼される理由は3つ。まず、このオアシスに来ること自体が一般人には難しい。このオアシスはワンサードと周辺の街や村を繋ぐ街道から離れた場所にあり、広大な砂漠地帯の真ん中にある。砂漠には毒を持ち凶暴な魔物が多く生息しているため、オアシスの周辺は天然の要塞となっている。現に3人は大サソリやデザートスネークと言った魔物に遭遇し、退けている。……そこで前述のシャムのぼやきが始まったわけである。
「ここに来る間、魔物は全部2人で倒しちまってるじゃないか。本当になんでアタシを誘ったんだい?」
そう、ここに来るまで出会った魔物はグレイとルナの二人で退けていた。ルナの氷の魔法弾で敵の動きを止め、グレイが双剣で止めを刺す。2人は極寒の地ウィントフォールから砂漠の大陸ゲライフに来るまでの間、航行中や点在する島々での冒険をこなしてきたことで、個々の力や連携戦術は確実に質が向上していた。だが、それでも仲間を求めるのは、この雲海の世界で流れ者として生きることは過酷なことに他ならない。
「アンタの手を借りたいのは、ここじゃない。力を温存しておいてくれ」
実はグレイの目的は依頼とは別にあった。今回の一番の目的はシャムを仲間に引き入れることであって、依頼を達成することでは無い。グレイが計画をルナに話した時、一度は『危険すぎる』と猛反発を受けた。だが、グレイの説得によりルナがしぶしぶ了承し今日に至っている。
「本当に『アレ』は現れるのでしょうか」
「さあな。お前は出ない方が嬉しいんじゃないか?」
心配するルナを横目にグレイが悪態をつく。そんなグレイにルナは緊張した面持ちで答えた。
「本心はそうです。ですが、目標との遭遇がシャムさん説得のポイントになっている以上、そうも言っていられないでしょう」
そうなのだ。このままではシャムは何もしないまま帰ることになる。それでは彼女の気持ちは変わらない。だから、二人は『会いたくない』それを探すしかないのだ。
「お? デザートマスカットってあれじゃねえか?」
何も知らないシャムが背の高い木になっている、件の果実『デザートマスカット』を見つけていた。シャムが手を伸ばす。
「どれ一つ……」
グシャッ‼
シャムの右手の中でデザートマスカットがはじけ飛ぶ。ちなみにこの果実、末端価格一個でシャムのファイトマネー10回分程である。そして、ここでデザートマスカットの採取が渡り鳥に依頼される2つ目の理由、それは『発見しにくい』ことである。3人がいるオアシス内においても希少性が高いものである。それを知ってか知らずかシャムが気まずそうな顔で固まっていた。
「……まあ、しょうがねえ。また探そうぜ」
「そうですね。ここは空気も気持ちいいですし、散歩がてら探しましょう」
グレイとルナは張り付いた笑顔を見せながらシャムをフォローした。第一の目的では無くとも依頼は依頼なので見つけたものは依頼人に渡し対価を貰いたい。内心ではかなりのショックを受けている2人であったが、それをシャムに悟らせないために張り付けた笑顔の維持に努めるのだった。
「……二人とも、優しいんだな」
シャムがボソッと呟いた。
……
それから4時間が経過した。太陽は西に傾きかけている。『デザートマスカット』は見つかっていないが、これ以上ここに留まることは太陽が沈んだ後の砂漠をうろつくことに他ならない。そして、それは3人にとって大きな危険を伴うことと道義だった。
(……だめ、なのでしょうか?)
『デザートマスカット』が見つからないことでは無く、別の目標を持ってきたグレイとルナは焦っていた。目的だったものが見つからない。
「ごめんな。アタシが『デザートマスカット』をつぶしちまったから……」
ずっと押し黙っていたシャムが口を開けた。何かを思案している様であったが、ずっと気にしていたらしい。
「アタシは昔からこうなんだ。力はあるんだけどそれ以上に不器用で、いつもみんなに迷惑かけちまう。今回だって全く役に立たなかったしな」
『アタシなんて……』と言いかけた時、ルナが制した。
「自分の可能性に蓋をするのはやめましょう」
シャムがハッとした表情でルナを見た。
「貴方はこれまで辛い経験をしてきたかもしれない。ですが、貴方の優れた力を使う場所に恵まれなかっただけかもしれません」
「……じゃあ、使う場所はどこなんだ」
ルナの言葉が気に障ったシャムはルナを問い詰めた。
「アタシはどこに行っても、何やっても馬鹿にされ疎まれ、私自身を見て貰ったことは無い人生だった。アンタみたいに綺麗で、育ちが良くて、色々持ってるアンタなんかにわかったような言われたくないね!」
ルナは困惑した。フォローをしたつもりだったのが、シャムには禁句だったらしい。助けを求めてグレイを見る。だが、頼りのグレイはかすかに笑っていた。
(? なぜ笑っているのですか?)
グレイはおもむろに口を開いた。
「アンタの力を使う場所、案外近くにあったみたいだな」
突如、周囲の草花とそれを支える土壌が大きく盛り上がり雄たけびをあげた。その正体は『巨獣ベヒーモス』。デザートマスカット採取が渡り鳥への依頼になる理由の三つ目にして、グレイとルナがシャムを口説くために探していた巨大魔獣であった。
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