58 / 70
1章 異界の地
第五十八話 邂逅
しおりを挟む激しい雨音に重なるように地鳴りのような音がする。
「ロワン隊長。本当に来ましたね……メルカス様の読みが当たりました」
部下の言葉に肯きながら、ロワンは直ぐに指示を出す。
(出来れば降伏して欲しいが……無理か……)
兵数で有利な軍が降伏をする等有り得ないからだ。
ましてや兵を率いるのがサルモン辺境伯なら尚更だろう。
ここで食い止めなければ、首都マリ迄数日…。
(首都の奴ら……この状況に気付いて無いとは……)
メルカス伯爵やジグスタン伯爵が、隣国の侵攻を首都に報告していない可能性が多分にある。
間違いなく何かしらの政治的思案が働いて居るのは間違い無いだろう。
(……サルモン……別にお前が動かなくても王家は滅びるかもしれんぞ?)
「ロワン隊長……」
青銅騎士団で、長くロワンの副官を努めていた騎士がロワンに報告する。
「近付いてくる敵の数が少なすぎます」
「なに!どう言う事だ」
「事前の斥候の報告では、二万五千強だと聞いていましたが、どう見ても…一万位かと……」
ロワンは息を呑む。
「まさか……兵を分けたのか?」
「多分……近付く集団の中にサルモン辺境伯の姿は、見当たらないそうです……」
(やられた!…どうする?…流石に自軍を分けるわけにはいかない……か)
ならば…あの冒険者が付与した武器の魔法で……素早く殲滅するしかない…
【ロワン隊長。この剣に付与する魔法はかなり危険な魔法です。使う場合、相手との距離に注意して下さい…】
その冒険者の少年は、厳しい表情を浮かべながら、ロワンに説明した。
【出来れば使わないで勝てれば良いのですが…】
地上に堕ちる太陽の様な魔法……
誰も見たことがない様な狂える魔法だと少年は言った。
「全軍密集体形!防御魔法を付与された盾を掲げろ!今から極大魔法を撃つ!
」
魔法付与された騎士が全面に立ち、盾を掲げ魔法を発動すると、巨大なシールドが構築された。
「全軍目を閉じろ!」
ロワンは腰に吊った剣を抜いて天に掲げる。
敵軍との距離は1キロメートにも満たない近さだ。
(すまん!俺が死んだら地獄で詫びよう)
ロワンがガナを剣に流し込む…
近付く敵軍の頭上に太陽が現れた。
それと同時に、ロワン率いる軍を覆っていたシールドが暗く遮光する。
それは正しく太陽だった。
暗く遮光したシールドのお陰でロワンはそれを見る事が出来たのだ。
全てが消えてゆく…死者を天に送る炎等、歯牙にかけない光景だった。
シールドを僅かに貫通した予熱がロワンの頬に微かな痛みを与えたが、火傷になる程では無い。
シールドの外側に生い茂っていた木々も消し飛び、広大な土地がむき出していた。
中心となった場所は、地面が抉られたように数百メートルの幅の窪みができ、溶岩のように真っ赤に溶けている。
若い兵士が嘔吐している。
(あれでは遺品も残らんな……あの少年、なんて魔法を……いや、それを聞かされていて使った俺の責任だな…)
湧き上がる嘔吐を抑え込み、ロワンは全軍に指示を飛ばす。
首都マリへ!
(多分間に合わんだろう……だがサルモン。私怨の始末はつけなきゃな…せめて顔馴染の俺が……)
俺もお前もどうせ地獄行きだろうよ…
ロワン率いる軍はサルモン辺境伯を追い、首都マリを目指し進軍するのだった。
「どうしたロゼ?」
ロゼは立ち止まり東の空を見つめている。
「今、東の空が光ったの……同時に多くの命が消えたわ…」
「……つまり伯爵の予想通り二面作戦って事か。サルモンの野郎は山脈ルートで首都を落とすつもりだな」
ジャンの言葉にロゼが首を振る。
「私が気になったのはそこじゃ無いの。一瞬、一瞬で多くの人が亡くなったのよ…」
二人の会話を聞いていた俺が軽く咳をする。
「あー……それは多分、ロワンさんが極大魔法を使ったんだと思う…」
「え?ロワンってあの青銅騎士団のロワンだろ?そいつ魔法使えるのか??」
「いえ……実は…」
俺はユーリヒ様の依頼でサージュの町に戻った際、兵力差がある戦いを余儀無くされるロワンに、魔法付与した武器や防具をメルカス伯爵の許可を得て授けた事を話した。
「……どんな魔法を付与したんだよ…」
ジャンの目が鋭い。
「……盾にはシールド系の魔法を付与して……一部の剣にファイヤーボム系の魔法を…」
「それだけじゃねーだろ」
「………ロワンさんの剣だけに強力な攻撃魔法を…」
「……何の魔法を付与したの?」
ロゼが恐る恐る聞いてくる。
「何の…と言われても困るんだが、……地上に太陽に匹敵する熱を発生するって魔法だけど…」
「太陽って……じゃあ東の空が光ったのって、その魔法…」
「多分ロワンさん、使ったんだろうね。ロワンさんには、その魔法が発現した場合の被害も説明してある…」
ジャンが腕を組みながらユウジに質問する。
「どの程度の威力なんだ?」
「…中心から1キロメート四方は熱によって完全に消滅します…溶けた大地が広がるだけです」
ジャンの顔がひきつる。
「…じゃあ敵は骨も残さず全滅か…」
「でしょうね……メルカス伯爵から聞いたロワンと言う人物の為人を聞いた限りでは……多分使わないんじゃ無いかと思ってたんです」
「…そうか……その魔法を使わなければならない事情があったんだろうな。自ら大量殺戮を好む奴なんて、そうはいないからな…」
俺には日本と言う国に使われた、ある兵器の知識がある。
敵国は、その兵器が及ぼす被害を承知で使ったのだ。
兵器を使った理由が"大量殺戮が好きだから"だとは思いたく無い。
「その魔法は何回も使えるのかしら?」
ロゼの質問に俺は首を横に振る。
「いや、極大魔法は一回限りだよ。ロワンさんに渡した剣には複数の魔法の効果を付与してあるんだ。サルモン辺境伯の持つ白麗の衣に対抗する為の魔法もね」
ジャンが呆れた顔をする。
「あの白麗の衣に対抗できるってか……」
「…防御にせよ攻撃にせよ、ガナを使用した作用なら多分無効化出来ます」
「…それって…魔法が意味をなさなくなるって事じゃ……」
ロゼが厳しい顔で俺に尋ねる。
彼女の心配は当然だろう。魔法使いが、魔法を無効化されたら用無しになりかねない。
「無効化出来るのはガナ操作力が相手の力を上回っている場合だけだから、ロゼさんが心配する必要は無いと思う。……ただ、ガナ操作力が低い魔法職の人には……」
「……ユウジさんは魔法無効化を広めるつもり?」
俺は首を横に振りながら笑う。
「無い無い。人の取り柄をわざわざ潰す仕組みを広げるつもりは無いよ。……ただね、技術はいづれ誰かが考えつくからね」
「……そうよ…ね…」
"おめえは心配はねーよ。将来ある若者が助けてくれるって"等と言うジャンを軽く睨むロゼ。
ユウジがユーリヒ・ラジェ・メルカスに提案した作戦はメーガン伯爵によって了承された。
伯爵自身、敵へ夜襲をかける用意をしていたようで、ユウジの作戦が失敗する事も考慮し、待機していた兵員から六百名を引き連れる事になったのだ。
【……敵軍だって偵察隊を出してるだろうに…気付きますよね?】
【まぁ、そうだな(笑)だが、こんなもんだよ貴族ってのは。この夜襲だって、戦力差があるから実行しただけだぞ?】
【そうなんですか?】
【当然だろ。あいつら騎士なんだから、正々堂々が奴等の矜持だからな】
【…………成る程…】
先頭を歩くユウジが歩みを止めるのを見た後続の兵士が、一斉に歩みを止めた。
隣国の兵とモンタスの町の中間。
ユウジは振り返りロゼさんに合図を送る。
「魔法を使います。騎士の方々は頭を低くして盾を構えて下さい」
ロゼの言葉に騎士達は素直に従う。
シールドの魔法をロゼが掛けるのを見たユウジは精神を集中する。
(フェニル。良いか?)
(大丈夫よ!ユウジのイメージは間違いなく現出するわよ)
片手を高く上げユウジはイメージ通りゆっくりと手を下ろす……
その瞬間。ユウジに向かい、何らかの圧力が襲った。
「な!何だ!」
(ユウジ!ガナの流れを妨害されたわ!)
(何!)
ユウジは辺りを素早く見渡すと、前方に広がる低い丘陵の頂きに、雨曇の暗い空よりも真っ黒な影が立っていた。
「どうしたユウジ?」
異常に気付いたジャンが低い声で聞いてくる。
「……魔法発動を邪魔されました……どうやらあの方のようですね」
ジャンとロゼは、ユウジの指し示した丘陵の頂きを見た。
「いやいや、余りにデカいガナ圧を感じて見にきたのじゃが……」
年齢不詳の声がユウジ等に届く。
雨雲が切れたのか、先程まで降っていた雨も上り、ムッとした草木の香りが辺りに充満している。
「…案外アッサリと出会えるものよねー。あんたの悪運って尋常じゃ無いわよね」
丘陵の頂にもう一つ影が現れ、先に立っていた影に語りかけたその声は、ユウジの記憶にある声だった。
"血風"
厚い雲間から僅かに差し込んだ月明かりに照らされ、ユウジ達の目に映ったのは妖艶な女と、少し痩せ型の三十代後半位の男だった。
「珍しい所で出会ったな血風。逢引中かい?」
ジャンがゆっくりとロゼさんを護る位置に移動しながら、軽口を投げ掛ける。
「あらあら誰かと思えば……そちらこそ大勢引き連れて…夜半のピクニックにしては少し物騒な物ぶら下げてるわね」
ジャンと血風の探り合いを尻目に、血風の横に居た男がユウジを見ながら口を開く。
「おぬし。……そこの少年。お主の名前は何と言う」
「……人に名を尋ねる前に自身の名を名乗るのが礼儀だと、誰からも教わらなかったのか?」
ユウジの返答に男は喉を鳴らして笑う。
「おお、これは失礼した。儂の名はリーデンス・オルタニウスと言う商人じゃ」
リーデンス・オルタニウス
「まさか!……本物か……」
「……本当に本人なのですか?」
ジャンの呟きとロゼさんの質問を聞いたその男は深く肯く。
「まぁ、にわかには信じて貰えんだろうがな……そこにおるのはキュイラスの娘じゃろ?お主がまだ四歳頃にお主の自宅で顔を合わせた事があるのだが、覚えておるか?」
「……確かにリーデンス・オルタニウスに会ってるわ……でもその時のオルタニウスは……」
ロゼの戸惑いにその男が笑う。
「おお、そう言えばあの時は七十辺りの姿形をしておったから戸惑うか?」
男はまた喉を鳴らして笑った。
「姿形などいくらでも変えられるわい。……さて、少年。そろそろお主の名を聞かせてくれぬか?儂は名乗ったぞ?」
何か危険な感覚にユウジは囚われていた。
果たして自分の名を告げて良いものなのか……
「……ユウジ…」
ユウジの名を聞いた男は小首を傾げた。
「ユウジ……珍しい名だが、姓は無いのか?」
「……ユウジ・タカシナだ」
男の表情が固まった。
「ま……まさか!……ユウジ・タカシナだと……」
何だ? この男は俺を知ってるのか?
男は額に手を宛て少しの間沈黙する。
「驚いた……長く生きてきて、これ程驚いたのは初めての経験じゃよ……のう、高階部長」
久しく聴いていなかった自分の呼称に俺は息を呑む。
(何だ?……何故こいつは俺を部長と呼ぶ?)
「部長。私です……長峰雅史です」
その男の言葉に、俺はただ絶句するのだった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~
小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ)
そこは、剣と魔法の世界だった。
2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。
新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・
気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

燃えかすと魔女
ヌン
ファンタジー
盗賊団の一員だった青年アッシュは、ひょんなことから魔女が住むという屋敷へ盗みに入ることになってしまった。
屋敷に忍び込んだものの、運悪く屋敷の主である魔女アリシアに見つかり捕まってしまう。
その後、なぜか手下にされ、一緒に生活することに……
同じく手下であるリスのリッキーも加わり、二人と一匹の共同生活が始まった。
その先に待ち受けるのは、さまざまな困難と————アッシュの隠された過去
彼らはそれらを乗り越えることができるのだろうか!?
今始まるのは、そんなドタバタファンタジー!!]
※ほかのサイトでも掲載しています
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる