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1章 異界の地

第五十一話 書状

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 太い首をひねりボリボリと頭をく男は目の前に立つ女の姿を見て深いため息を吐く。

 「あのよー…別に人の服装の好みにケチ付ける趣味はねーが、一応オメー元聖女じゃなかったか?」
 
 野太い声の主は、マーレ国第二王子ザイルバーン王子。

 その王子の前に立つ破廉恥はれんち極まる出で立ちで、船首の第二斜檣しゃしょうに寄りかかる女が振り返った。
 
 「あら、何かおかしいかしら?」
 「その反応が俺はおかしいと思うんだがなー。この船は軍船だぜ?色街ファションが似合うとは言えねーんじゃねーか?」
 「んー…殺伐とした船にも華は必要だと思うのよ、元聖女として」
 「全然わからねーよ…元聖女のくだりも」
 
 "血風"と呼ばれる元聖女が豊かな胸を反らし微笑む姿は、軍船乗りの騎士や兵士の目の毒なのだが、当人は全く男の事情には気を払うつもりが無いようだ。
 
 「……で、街の様子はどうだった?何か問題ありそうか?」
 「問題無いと言えば無いけど、有ると言えばあるわね」
 「煮えきらない言いようだな。お前らしくないな…」

 "血風"は薄い衣を潮風しおかぜにはためかし第二斜檣から身を離す。

 「メルカス伯の本体が動いてる報告が上がって来てないから、大筋で結果は変わらないと思うわよ…」
 「ほう…つまり大筋以外の所は想定外の事が起きる可能性があるわけか」

 "血風"がザイルバーンを正面にとらえニヤリと笑う。

 「あんた、ちまちまマーレ国の王子なんかやってないで中央大陸制覇でもしたほうが似合うわよ?」
 「へー……で、何が気に掛かるんだ?」
 「この街に…滞在中の冒険者の中にキュイラスの娘がいるわ」

 ザイルバーンが目を細める。

 「キュイラスって確か十年以上前に死んだ、この国の魔導師だったよな?その娘がいたら何なんだ?強いのか?」
 「戦争の様な集団戦の場合最悪かもね。広範囲の加重魔法で、一気に戦力を失う可能性があるわ」
 「ほう……面倒だな…。あんたならどうする?やっぱ暗殺か?」
 「本来そうすべきなんだけど…キュイラスの娘の側にちょっと特殊な冒険者がいて、迂闊に手を出すと大事おおごとになる可能性があるのよ」
 「ほう……そりゃこえーな」

 ザイルバーンの顔にふてぶてしい笑みが浮かぶ。
 
 「お前のあの怪し気な魔法でも対処できないのか?」
 「どうかしらね…」

 イネイラは自分が戦闘で負けるイメージが思い浮かべられない。
 唯一例外なのがリーデンスと言う化物だけなのだが、その化物に似た気配がキュイラスの娘の側にいる、あの子供から感じられるのだ。
 
 (間違いなくあの子供の中に流精虫がいる…それも完全体の…)

 「まぁ、何にせよ作戦は止まらない訳だし、なるようになるわよ」
 
 ザイルバーンが苦笑する。

 「まぁそうだが、俺の立場でそれは言えねーからなー」

 ザイルバーンが頭を掻きながらイネイラの前から去って行く。

 (誰が生き残るのかしらね……)



 華飾と縁がない、むしろ無骨と言えるほどの質素な部屋だった。
 これがモンタスと言う、巨大な港街を治める領主の応接室だとは、にわかには信じられない。
 その応接室に俺とロゼさん、ジャンにバロンドが急遽招集されたのだ。
 早朝の宿屋に騎士の一団が現れ、メーガン伯爵からの緊急招集状を受け取る。
 用意された馬車で、ユウジとロゼが領主館に着いた時には、既にジャンとバロンドは応接室で寛いでいた。

 「……何か起きたんですかね?」

 ユウジの疑問にジャンが肩をすくめる。

 「多分、ろくでも無い用事だろうよ」
 
 腕を組んで目を閉じていたバロンドが口を開く。

 「昨日グレイズ殿を通してユーリヒ様に、"血風"が言った事を伝えてから、色々モンタスの街周囲に妙な動きがあってな…」
 「港の先の船団の事か?」
 
 ジャンの言葉にバロンドが頷く。

 「それもそうだが、冒険者からの情報で、街の北西に百人単位の集団が集まってるらしいな…」

 ジャンが天井を見ながら溜め息を吐く。

 「あー…こりゃ決定だな……しかし北西となると、やはりサルモンの屑がんでるんだろうな…」
 「そりゃそうだろ。マーレ王国の軍が モンタスを地上から攻めるなら、サルモン領を通るしかないからな」

 ガチャリと音がしてグレイズがドアを開けて応接室に姿を現した。
 
 「ようグレイズの旦那。護衛任務の変更かな?」
 「まぁ変更と言えば変更だ。少し慌ただしくなりそうだからな。詳しくはユーリヒ様とメーガン伯爵様から話がある」

 程無くして応接室のドアがノックされ、使用人と共にユーリヒとメーガン伯爵が入ってきたので、俺達は立ち上がり迎える。

 メーガン伯爵とユーリヒ殿が椅子に座ると、メーガン伯爵が使用人を下がらせる。
 
 「さて、初顔合わせの物もいるだろうから自己紹介させて貰おう。私がモンタスを含むメーガン領を統治しているロバート・メル・メーガンだ。突然の招集ご苦労だった」

 メーガン伯爵が少し目を細め俺の横に座るロゼさんを見る。

 「ロゼ殿、久しぶりですな。娘のユフェリアが大層お世話になった」
 
 ロゼがゆっくりと首を横に振る。

 「いえ、ユフェリア様の魔法の才能には見るべきものが有りましたし、その取り組み方には、私自身得るものが有りました」
 
 二度三度頷いたメーガン伯爵が真正面を向いて厳しい顔になる。

 「現状モンタスの街周辺に正体不明の集団が集結しつつある。まぁはっきり言ってしまえばマーレ王国の兵士だ」
 「……………………………」
 「モーズラント家の馬車襲撃事件の裏側に、キナ臭い思惑が動いているようだが、どうも今モンタス周辺に起きている事はその思惑とは別の所で動いている気がするのだ」
 「…それはザイルバーン王子が動いてるからですか?」

 ジャンの質問にメーガン伯爵が感心した表情を浮べた。
 
 「ほう…そこまで調べてあるか。実質的な司令官はどうやらランテレス将軍らしいがな…」
 「猛将ランテレス将軍ですか…ザイルバーン王子とは相性良さそうですね」
 
 バロンドが渋い顔を浮かべ首を振る。

 「ところで我々を呼び出した理由は何でしょか?」

 俺の質問にメーガン伯爵が頷く。

 「本来君達には数日の会談後、ユーリヒ殿をメルカス伯の元迄 護衛するものだったのだが……事情が変わった」

 メーガン伯爵の隣に座っていたユーリヒが俺達を見回す。

 「僕はこの街に残りメーガン伯爵と共に戦います」
 「……………………………」
 「そこでユウジ殿達には、お祖父様に現状をしたためた書状を早急に届けて欲しいのです」
 
 ジャンが背もたれに体を預け、一瞬間を開けユーリヒに話し掛ける。

 「今から急いでもサージュに戻る迄に四日はかかるぜ?俺達がメルカス伯爵から受けたのはユーリヒ殿の護衛任務だ。流石にこれを曲げるわけには行かない」
 
 ユーリヒは唇を噛んで俯く。
 
 「……ユウジさん…」
 「ん?」
 「ユウジさんが本気でサージュ迄戻ったらどのぐらいで戻れますか?」
 「んー……やってみないと分からないが、多分一日あれば…」

 ジャンやバロンドと言ったユウジを知る者は"ああ、そうなんだ"と言う顔をしたが、メーガン伯爵やユーリヒでさえ、あまりの事に驚愕の表情を浮べていた。

 「ほ、本当に可能なんですか?」
 
 ユーリヒが体を乗り出して来るのを見て、俺は手を前にして落ち着くようなジェスチャーをする。

 「ユーリヒ様落ち着いて。多分可能だと思うだけで、実際やってみないと分からないんです」
 「そ、そうですね……すみません」

 「ユウジさん試してみてはどうでしょう?」
 
 ロゼさんからの提案だが、いつ攻め込んで来るか分からない現状で、俺一人行動するのは不安だった。
 もし、ロゼさんを失う事が起きた時、自分がどんな行動するか想像出来ない。

 《フェニル…今俺が思い浮かべた移動は魔法で可能か?》
 
 ユウジが思い浮かべたのは瞬間移動だったのだ。
 
 《結論を言えば出来るよ》
 《…そうか》

 俺はユーリヒの顔を真正面に捉え頷く。

 「ユーリヒ様。サージュへの書状の件お受けします…が、護衛任務自体どうなるのですか?」
 「その事に関しても、現時点で依頼達成と認める事を記してあります……ですので、護衛任務に就かれた冒険者の方々は、現時点で自由にしてもらって構いません」

 「成る程、俺達は今から自由に動けるって事だな?」

 ジャンの言葉にユーリヒが頷く。

 「じゃあ、ちょっと教えてくれ」
 「……何でしょうか?」
 
 「現時点で把握している敵の数を知りたい」

 ジャンの質問にユーリヒがメーガン伯爵の顔を見る。メーガンは咳を一つ吐き口を開く。

 「モンタス港近くに停泊している軍船7艘、北西に集結している兵士……合わせて二万から三万と予想している」

 モンタスに駐留している騎士団。せいぜい二千人程であろうとジャンは予想している。
 
 「わかった……俺達は冒険者だからな…相談して、どうするか決める」

 ユーリヒ、メーガンが肯く。
 
 「ユーリヒ様、サージュに届ける書状預かります」

 俺が言うとユーリヒは封蝋された書状を差し出す。俺はそれを受け取ると椅子から立ち上がった。

 「ロゼさん、ジャンさんとバロンドさん、一度宿に帰ってから色々決めましょうか」
 「ああ、俺たちにも其々それぞれ事情があるからな」
 
 ジャンが普段通りの声で応える。
 ロゼがメーガン伯爵とユーリヒに一つ御辞儀をして、俺達は応接室を後にした。
 
 領主館を出た辺りでジャンが俺に話し掛けてくる。

 「で、ユウジはどうするんだ?」
 
 ジャンの質問に俺は苦笑する。

 「先ずは預かった書状をサージュ迄届けます…多分それ程時間は掛からないはずです」
 「ユウジは何でもありだな…実際どのくらいの時間が掛るんだ?」

 俺はニヤリと笑う。


 「今から試しますが、ロゼさん達は宿に戻ってて貰えますか?」
 「……分かりました。ジャン、バロンド。宿に戻りましょう」

 不安を押しこらえ、ロゼは気丈に振る舞う。
 三人が宿屋に向かい歩き出す。俺はそれを見送りながら、目まぐるしい展開に疲れを感じていた。
 
 ( 何もかも吹き飛ばしたくなるな……)
 《何か、ユウジやさぐれてる?》

 フェニルの言葉に俺は苦笑する。
 どこから"やさぐれる"と言う言葉を仕入れてるのだろうか?
 
 《まぁ、少しだけだがね…勿論そんなことしないさ》

 俺は街の門を通り抜け、街を出て辺りを見渡す。
 
 《フェニル……転移魔法試すぞ》
 
 周りに人影が居ないのを確かめたユウジは、フェニルに語りかける。
 原理無視、ビジュアル重視の転移を俺は開始する。
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