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1章 異界の地
第四十七話 聖女
しおりを挟む港街モンタスはメーガン伯爵が治める街の中では最大規模の街である。
港街と言う特性上、漁業の他に他国、別大陸の国々との交易が盛んに行われている。
だが、メーガン伯爵のお膝元とはいえ、多種多様の種族が入り乱れる街の治安は騎士達の努力をもってしても影を生む。
巨大な迷路の様なモンタスの街の暗部とも言われるスラム街。
富める者がいれば当然貧困に喘ぐ者がいる。そして脛に傷のある者も…
薄暗いスラム街の小路を早足に歩く人影。
その人影が一軒の家のドアの前に立ちノックすると、中から返事があり人影は辺りを警戒しながらドアを開き中へ入って行った。
魔灯が灯る部屋の中は外見とはうってかわり清潔で綺麗に片付いていた。
その部屋の中央に据えられているテーブルと二脚の椅子。その一脚に女が腰を下ろしている。
入って来た人影が目深に被ったフードを上げると、意外と若い男の顔があらわれた。
「……襲撃が失敗したと報告があったのだが…」
女はテーブルに片肘を付き、形の良い顎を乗せ笑みを浮かべる。
「んー…確かに失敗したけど、それってあなた方の情報に欠陥があったからよね?大体キュイラスの娘がいるなんて聞いていないわよ?」
「冒険者の護衛が付いていると報告した。魔法職がいてもおかしくないはずだ」
女は"はー"とため息を吐く。
「あのね……キュイラスの娘はそこらに転がっている魔法使いとは違うの。わかる?」
「だ、だが、それでも仕事を完遂するのがキサマの 任務だろ!」
「……で?何が言いたいわけ?…と言うより貴方何のために此処へ来たのかしら?」
若い男は苦虫を噛み潰したような表情をしながらも、腰に下げた袋から丸めた羊皮紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
「…指令書だ…」
女は封蝋を削り指令書に一通り目を通し若い男の顔を睨む。
「ねぇ貴方、この指令書の内容勿論知らされてないわよね?」
「当たり前だろ!私は騎士だ。預かった指令書を覗き見等出来るわけなかろう」
「ふふふ、そうよね封蝋もしてあるしねー」
女が椅子の背もたれに背を預け、胸を反らし足を組む。
「で、部隊は今何処にいるのかしら?…あーその前に私少し栄養補給したいのよ」
そう言うと女は立ち上がり、薄い寛衣状の衣服を足元にストンと落とすと見事な肢体が魔灯に照らされ、一気に妖艶な雰囲気と女の匂いが部屋中に満ちる。
「お、お前何を……」
「?何って…貴方それどんな冗談なのかしら? 女が服を脱いだのだからやることは一つでしょ? 大体貴方をよこした上官だって多分こうなるって分かって貴方を寄越したのよ? 貴方私のタイプだし、若い…フフッ」
男は慌てて下がろうとするが、身体の自由が効かない。
「ま、待て!私はこう見えても王位継承権を持つ由緒正しき…ひっ」
女は男の首筋に真っ赤な唇を吸い付かせる。
「うふふっ。なまじ王位継承権等持ってるからこんな目に会うのよ。貴方が邪魔なんじゃないのかしら?」
「!馬鹿な!そんな馬鹿な事が…」
「私ね…若い男の生気がないと生きれないのよ…ねぇ貴方の最後に最高の快感を味あわせてあげる。良かったわね男にう・ま・れ・て♪」
「いーーやーーーーー」
"血風"の二つ名を持つ元聖女は魔灯灯る部屋で、生きる為の快感に自らも酔いしれていった…。
「あの……何故ベットに……」
「硬い椅子よりこっちの方が良いかと思ったから」
「いえ…でもベットに座るのは…それに並んで座ってると話し辛いと言うか……」
"血風"の詳しい話を聞かせてくれるとロゼさんが言い出したので、宿屋のユウジの部屋に招いたのだが、婚約者として雰囲気も大切なのではとベットに座る提案をしてみた…のだが…
ベットに腰掛けたユウジの前に立ちながら、モジモジしているロゼさんは一向に腰掛ける気配がない。
(うーん…性急過ぎたか…)
「うん、ロゼさんが嫌ならそっちの椅子で話そうか…」
俺の言葉に慌てて首を振るロゼ。
「いえ!ユウジさんの横に座るのが嫌では無くて…そのベットと言うのが何か恥しくて…」
「……俺が何かすると…」
「ちち違います違います。ユウジさんを信じていますが……はぁ…わかりました座ります…」
ロゼがユウジの横にそっと腰を下ろすと、ユウジが素早くロゼの太腿の上に頭を乗せた。
「!膝枕しながらですか…」
「ベットに二人寝転びながらが理想なんだけど…する?」
「………このままで良いです…」
パレモラ神聖国 カウナリディと言う町の教会に赤子が預けられた。
厳密には赤子は教会に続く階段の中程に毛布で包み嬰児籠に寝かされたまま放置されていたと言う。
親が迎えに来るかと教会の修道女達が幾日も待つが…
赤子には教会から名を与えられる。
イネイラ。イネイラ・ラフネインと名付けられ教会で育って行く。
彼女…そう捨てられていた赤子は女の子だったのだが、彼女が5歳になった頃異変が生じ、身体の至るところにイヌラ神の紋様が浮かび上がった。
それと共に、神の恩寵とも言えるアーリーヒールを使えるようになったと言う。
イネイラの情報は小さな町の教会から、パレモラ神聖国の首都に建つイヌラ教聖大教会に伝わる。
程無くしてイヌラ教の聖女誕生は直ちに国中に報じられる事になった。
神の恩寵たる力はアーリーヒールだけではなく、様々な奇跡をイネイラに顕現する。
人には到底届かない神の領域のリザレクトを使い、信仰の偉大さを国民にしらしめた。
イネイラは14歳になり、成人の儀式を後1年としたある夜に事件が起きた。
「……何が起きたんですか…」
「…………言い難い話なのですが…生理が来たんです…」
「…………は?」
「イネイラに生理が来たんです!」
顔を真っ赤にしてロゼさんが俯きながら口を開いたのだが、膝枕をされている、俺の顔を真正面から見ることになったロゼさんは慌てて顔を逸らした。
「…………えーーと…それがどうしたんだ?14歳で生理が来てもおかしくは無いだろ?」
ロゼが首を振る。
「違うんです…ユウジさんは知らないでしょうが、聖女には生理等来ないんです…」
「……へ?いや、来るだろ年頃になれば」
「いえ、来ないんです。イヌラ教の教義に書かれている聖女には…」
ああ、そう言うことか と、俺は理解した。
教団はイネイラの扱いを巡り争い合う事になる。
その後イネイラは教団のいかなる儀式にも顔を出さなくなった。
そのイネイラが人々の前に姿を表したのは15歳の成人の儀式の時だった…
そこで何が起きたのかは誰も知らない。
誰一人生き残った者が居なかったからだそうだが、聖大教会の内部の状況は一部に広まる。
「……どんな状況だったんですか?」
「裏返っていたの」
「……何が?」
「人が裏返っていたのよ」
「…………全員?」
「聖大教会に集まった255名全てよ……」
言葉通りに人が物理的に裏返った光景を想像してみたが、余り明確にイメージ出来ない。
外皮が裏返って内臓が見えている状態なのか、内臓自体裏返っているのか?
そもそも内臓の裏とは何なのか?…わからないことばかりだ。
イネイラはその事件後姿を消した…
そのイネイラが姿を表したのは今から二十年前程…グレイヤード王国とマーレ王国の、今では恒例とも言える小競り合いの中、マーレ王国の先鋒部隊に彼女が現れた。
両陣営の先鋒部隊が激突した瞬間、それは起きた。数十人のグレイヤード王国の騎士が裏返った。
一瞬で人が肉塊に変わる。
辺りは細い血飛沫が舞い散り風景が赤く染まる。
「血風はその時付いた二つ名よ」
「………どうやって血風を退かせたんですか?」
「……私の父が魔法でね…グルジアスって広範囲重力魔法よ」
「もしかしてロゼさんがあの時使ったのって…」
ロゼが肯く。
「グルジアスは特殊な魔法で私の一族しか使えない魔法なの。でも……もしかしたらユウジさんなら使えるかもしれないわね」
(重力操作か…イメージは出来なくは無いな…重力自体良くわからないが…)
「確か"血風"のあの力の有効範囲十メートルくらいなんだよね?」
「ええ、でも今もそうだと断定出来ないわ」
「ロゼさんは神の恩寵って信じてる?」
ロゼが驚いた顔をする。
「……でもリザレクトとかアーリーヒールとか人が手にできる領域じゃ無いわ……」
「…ねぇロゼさん俺本気で魔法使ったら、多分世界滅ぼせると思う。それは人の手にできる領域なのかな?」
「…………………」
ロゼは覆い被さる様にユウジの頭を抱き締めた。
暫くそうしていたロゼが抱き締めていた力を緩める。
「ユウジさんはそんな事しないって知ってるわ」
「俺さ…ロゼさんに話したと思うけど…"神たま"と言う存在を知っている」
ロゼが肯く。
「……多分ねこの世界には人が考えてるような神は存在してないと思う」
「………では彼女のあの力は…」
「神以外の何か…もしかするとあの人造精霊……」
「でもイネイラが力に目覚めたのは57年前よ?」
「実験して、実験して、実験して…実証してそうして科学は進歩する。俺達が生きていた世界の姿だよ」
「……科学…」
俺はロゼを力任せにベットに押し倒した。
「ユウジさん……」
「この世界の原理、もし俺がこの世界に十年生きて原理を吸収してたら、多分人造精霊を造れるかもしれない」
「!………………」
この世界に生きる者は、魔法と言う摩訶不思議な力の本質を解明しないで魔法を使っている。
現世でもその原理も理解できない者が、スマートフォン等を使う。それが何か重大な落とし穴になる可能性を………誰も想像もしないだろう……
いや、確かに人一人が全てを把握する事は出来ない。だが、自分が手にする物くらい、少し考えを巡らすべきだろう。
そういった思考を若い頃確かにユウジは持っていた…
「ユウジさん……」
だけどもしこの世界で気付いた者がいたら…
俺はある想像を巡らせて寒気を覚えロゼさんの体を抱きしめていた。
何かを感じたロゼさんが腕を回しユウジを抱き締める。
………長峰雅史。あいつなら気付く………まさかお前……この世界にいるのか?
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