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1章 異界の地
第三十一話 合流
しおりを挟むこの大陸で一番剣の腕の立つ男と言えば誰なのか?
ある者は言う。"そりゃあ英雄サルモン辺境伯"と。
ある冒険者は言う"Aランク冒険者のヌタイに決まってるだろ"…と。
そしてジャンは言う"あ?剣の腕…俺は意外とグレイズの旦那だと思うんだがなー"と。
ジャンの話だとグレイズ・シェ・バルハード…つまり、メルカス伯爵領の騎士長であるグレイズと言う人物は、このグレイヤードの生まれでは無くタティラ共和国出身だと言う。
どのような経緯でメルカス伯爵に仕える事になったのかはジャンも知らないが、ジャンが見る限り剣を交え最後に立っているのは間違い無くグレイズだと断言する程に攻守のバランスが良いらしい。
一通りの基本技を見せて貰った俺は、テントの張ってある場所に戻りロゼさんの煎れたお茶を飲んでいる。
「そんなにあの人強いんですか…英雄サルモン辺境伯はどうなんです?」
俺の質問にジャンは大笑いし、ロゼは苦虫を潰したような表情を見せた。
「いやいやいやユウジそりゃないわー。まぁ一般の奴なら確かに英雄とか国が認めた呼称を信じるかもしれないし、例の装備を着ければ確かに厄介な相手だよ。だが俺達冒険者や他の真っ当な騎士が奴を見れば一発でわかるぞ?あいつの技量はカスだと」
「……そんなものですか…」
「あの男はクズよ…」
以前にもサルモン辺境伯の事を話題にした事があったが、どうやらロゼさんの反応から過去に何かあったのは確実だろう。
十三年前に起きた反乱で亡くなった父親の事に関係しているのだろうか…機会があれば聞いてみようと思う。
「もし、今から俺がユウジと本気で戦ったらどっちが勝つと思う?ロゼ」
ジャンの問いかけにロゼは少し考える。
「本来ならジャンと言いたいのだけどユウジさん相手だと予想出来ないってのが正直な答えね」
「そうなんだよ、俺もそう感じるんだよ……はっきり言うと俺はグレイズの旦那とやり合っても勝てはしないが負ける気もしないんだがなー…」
ジャンが俺を見て首を傾げる。
「それもこれもユウジの事を分かってない俺の情報不足のせいなんだが、見た事実だけをとっても俺の頭ん中で…何と言うかぐちゃぐちゃしてるからなー」
ロゼが肩を竦めながら言う。
「冒険者が全て曝け出したら死ぬわよ?ジャンだってまだ私に見せたこと無いスキルあるわよね?」
ジャンはニヤリと笑った。
「冒険者なら誰でもだろ?」
「そうね…」
「ふんっ、まあいいや。あーそうだ、まだ伝えて無かったが予定より一日早いが明日護衛任務の連中とここで合流する事になってる」
ジャンが然りげ無く言ったつもりの言葉にロゼが食い付く。
「ちょっ、ちょっと待って…いきなり言われても私達何も用意出来てないわよ?」
「あーそれは大丈夫大丈夫。メルカス伯がお前達の旅荷物を全て用意するってよ。いやー丸儲けだよなー」
ロゼが首を振りながら空を見上げる。
「…なんで?何で早まったの?」
「さぁな…お前達がここに来た日、グレイズの旦那色々動き回っててな…多分メルカス伯と何らかの話し合いがあったんだろうよ。内容は知りようもないが、多分その話の内容で早まった可能性はあるな」
「ユーリヒ君も大変ね…」
「……多分グレイズの旦那が来たらある程度の情報は知らせて貰えるかもな…俺達が信用されてるなら…な」
ロゼが椅子から立ち上がる。
「ユウジさん、夕食迄まだ時間があるからジャンに色々教わると良いわ」
「わかった。ジャンさん良いかな?」
「構わねーよ。俺が教えられる事はそんなに無いが色々真似して試せば良い」
俺達はまた少し離れた場所まで移動して、ロゼさんが呼びに来る迄色々と技の模倣と回避の仕方等をジャンさんの場違いな話を交ぜながら試していった。
重厚なドアが開き部屋に入って来たのはモーズラント家のシレミナ夫人。その後に続いてアネリアが現れた。
部屋の中央にはメルカス伯が立ち、傍らにグレイズが控えていた。
シレミナはグレイズを見る。
「グレイズ、娘の亡骸を見付けて貰い感謝します」
グレイズは直立不動の姿勢のまま目をふせた。
「シレミナ様…実は大変な事実がわかっての…」
メルカス伯爵の言葉にシレミナが首を傾げた。
「大変な事実…何かありましたの?」
メルカスが肯く。
「うむ……取り敢えず座りましょうか」
メルカス伯爵の言葉で三人はソファーに座った。
「これ、お前も座れグレイズ」
メルカス伯爵の言葉に首を横に振るグレイズ。
「私ごときが皆様と相席など出来ようもありません…」
「話は長くなるし、余り大きな声で話すべき事ではない、座れグレイズ」
グレイズは少し顎を引き躊躇いながらもメルカス伯爵の隣に座った。
「話は茶が来てからにしようかの…」
程無くして使用人が現れ、お茶とお菓子の用意をして退室した。
「お茶を飲みながら話しましょうか」
メルカス伯がお茶を一口飲みテーブルにカップを置きソファーの背凭れに深々と身体を預けた。
「グレイズ、昨日儂へ報告した内容をシレミナ様にお伝えしろ」
「……そのままで宜しいのですか?」
「構わん」
メルカスの言葉にグレイズが息を飲む。
「…分かりました……我々騎士団はアネリア様達の乗る馬車襲撃犯を追撃、攫われたアリサお嬢様救出に出発しました…早駆けで馬車襲撃地点迄着いた我々は複数の馬の足跡を辿り…」
メルカス伯爵とシレミナ夫人の話は日が暮れるまで続いたと言う。
「どうしたんだこれ…」
ジャンがテーブルに乗る皿を見て目を丸くしていた。
「水場に水を飲みに来ていたのを捕まえたのよ」
テーブルの皿の上には湯気を立ち昇らせた謎肉が蒸し上がっている。
「珍しいよな。何でこんな荒れ地にいたんだろう?」
「さぁ?でも良いじゃない美味しいんだから」
ジャンの説明によるとこの肉はマーレ王国に生息する"インペリ"と言う鳥で、極稀に国境都市で捕獲される貴重な鳥だと言う。
「…だな。美味きゃ何でも良いか!」
こうして俺達はかなり貴重な肉を食べ尽くしたのだった。
日も暮れて辺りに静寂が降り注ぐ。
テントの中で俺はジャンと今回の護衛任務の事について話し合っていた。
「今回の護衛任務、俺の予想だとモンタスでユーリヒの坊やが合う相手、多分メーガン伯だと睨んでる」
「どのような方ですか?」
十二年前の反乱時、メルカス伯爵と共に完全中立の立場を取った領主。地理的にも王都マリから遠い事もあり物理的に何方に加担するにも間に合わない。
「だがな、多分俺はメルカス伯とメーガン伯は何か繋がってる気がするんだ…」
「十二年前の反乱からですか?」
「それより前からだな多分…」
「何かきな臭いですね」
「まぁな…」
ジャンがテントの中で寝転び目を瞑る。
「多分サルモン辺境伯…が絡んでくるだろうな…」
ジャンはジャンなりに何かを感じているのだろう。この世界に来たばかりの俺にはその辺りの感覚が働かない。
俺もジャン同様に寝転び目を瞑る。
(…さて、寝るか……"神たま"へ報告はまた…で…)
翌朝。朝食を食べ終えテント等の片付けを終え三人は護衛対象の到着を待つ。
「ロゼさん。グレイズさん達にはフェニルの事話しておくべきかな?」
ロゼが首を振る。
「その必要無いわ。ジャンやバロンドにはこの後の事もあるかも知れないから話しておくのも良いかもだけど、グレイズさんは冒険者では無いわ…」
「そそ、グレイズの旦那とは今回限りだろうからな…次組むような事態に会いたくないがね俺は」
街道の先、二台の馬車が見えてくる。
「おーやっとお出ましか」
(随分荷物が多いんだな…)
俺は隣に立つジャンに質問する。
「ジャンさん、何であんなに荷物多いんですか?途中に村や町無いんですか?」
「あるぜ。だが、今回は途中の村や町には立ち寄らずモンタス迄行く」
「随分…慎重ですね…」
ジャンが振り向きニヤッと笑う。
「だから依頼料が高いんだし、俺達やグレイズの旦那も行くんだろ?」
(…そりゃそうか)
一騎の馬が先行して俺達の前で止まる。
「ようジャン。待ちくたびれたかな?」
馬に跨っていたのはバロンドだった。
「予定より少し遅かったな」
「途中ちょっとした魔獣が出やがってな…まぁ何の問題も無かったがその分遅れたぜ」
バロンドが振り返り馬車を見て呟く。
「…ジャン、やはりこの護衛任務気を引き締めてやらんと拙いぞ」
「あの護衛料だ、当然分かってるさ…」
馬車の車輪の音が近づき一団が静止した。
馬に跨ったグレイズが俺達の前まで来て佇む。
「少し遅れたが問題はない。君等も万全かな」
俺達四人はそれぞれの思いを秘め、ゆっくりと肯いたのだった。
長い護衛任務の始まりだった。
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