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1章 異界の地

第二十五話 流精虫

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 「あら、お出かけですか?」
 
 昨日同様、階段を降りた所で宿屋の娘のリラが声を掛けてきた。
 
 「今日は魔法を教えて貰うんです」
 「あら凄い。私は余り魔法の素質が無いので、簡単な火起こしにもかなり難儀しますから、いつも母や父に頼んでます」
 
 俺はテーブルに座るとリラが朝食を持ってきてテーブルに置き、別の客の対応に直ぐに向う。

 (大変だよなサービス業って…)
 
 ロゼさんとの待ち合わせはサージュの町の入口だった。
 魔法の訓練等、ギルドの訓練場でやれば良いと思うのだが、前回訓練場での立会で俺が放った剣撃が練習場の壁面に亀裂を穿ったのを見たロゼさんが、安全策を取った為町から少し離れた場所で訓練を行う事にしたようだ。
 大通りを歩き途中で弁当になりそうな物を露店で仕入れる。
 肉の香ばしい香りに釣られ露店の前で立ち止まる。

 「オヤジさんこれ日持ちする?」
 「いやいや流石にこの陽気だと夕飯とかは無理だぞ?昼飯に食べるんなら問題無いがな」
 「わかった。昼飯に食べるから三つ貰うよ」
 「ほい、毎度ありー」

 露店のオヤジさんがパンに焼いた肉を乗せ、その上に謎ソースと謎ハーブを振り掛ける。
 薄切りのパンをその上に乗せて専用のコテで鉄板に押し付けた。
 見た感じホットサンド的な物のようだ。
 幅広の葉に包んで完成。
 俺は看板に書いてある値段を見て石貨を六枚渡し、受け取った物を背嚢に詰め込む。
 ロゼさんが弁当的な物を作って来てくれる可能性も考慮したが、ロゼさんの生活感の無い雰囲気を思い出して、弁当的な物は自分で持って行く事にしたわけだ。
 サージュの門に着くとロゼさんがロバの様な生物の背中に荷物を乗せていた。

 「おはようユウジ君」
 「…おはよう御座いますロゼさん…所でその荷物は?」

 ロゼさんは荷物を見てこう言った。

 「椅子とかテーブルだけど…必要でしょう?」

 (椅子とテーブルって必要なのか…わからん…)

 「…でも依頼の時は椅子とか持って行かないですよね?」

 何を言ってるのかとロゼさんが首を捻る。

 「当然でしょ?でも今回は依頼ではなくてユウジ君への指導だから椅子は必要よね?」

 (……わからん…)

 ひょとするとロゼさんは椅子とテーブルが無いと、魔法を人に教える事が出来ない人なのかもと自分を納得させる事しか出来なかった。
 俺とロゼさんは門を出て南西に続く道を進んだ。

 「この道を進むと何処に行くんですか?」
 「今度の依頼で行くモンタスもこの道の先に有ります。途中にいくつかの町や村がありますけどね」

 秋風がロゼさんのゆったりとしたローブの裾を翻し白い素足が覗く。

 (そう言えば…ロゼさんの下着姿を見たが大体想像した通りの下着姿だったな…となると、貴族の女性は…オープンドロワーズをつけてるんだろうか?…興味深い)

 不思議な事にこの世界ではトイレでお尻を拭く紙が存在していた。
 所謂ちり紙と言われる物で、トイレットペーパーが現れる以前に使われていた。
 モーズラント家のトイレでは、何とウォシュレットモドキの機構迄あったが、流石に温風は出なかったのでちり紙で最後にお尻を拭く事になっていた。
 今、宿泊してる宿屋のトイレは汚物を地下に張り巡らされた下水に流す構造で、お尻はちり紙で拭く事になる。
 前世で小さい頃トイレに硬いチリ紙が積んであって、それを手で柔らかくして使っていたが、この世界ではそれをNOWで行っていて、何か懐かしい気がしてならない。
 サージュの町を出て三十分程歩くと周りの景色が変わる。
 木々が少なくゴツゴツした岩場が多くなり、前方に巨大な峡谷があった。

 「ロゼさんあの峡谷どうやって越えるんですか?」
 「峡谷を下る道があって底迄下りたら橋が有りますよ」

 そう言うとロゼさんは歩みを止めた。

 「目的地に到着です。この辺りなら周りに被害が出る事が無いですからね。その岩陰に湧き水が湧いていますから、その近くに荷物を降ろしましょう」

 ロゼさんの言う通り岩陰に湧き水が湧いていた。

 「綺麗な水ですね、飲めますかこれ」
 「飲めるわよ」
 
 今更だが、荷物を運んでいたロバに似た生き物は、やはりロバと言う生き物だとロゼさんから教えて貰い、背中の荷物を降ろして包を開く。
 組み立て式の小さなテーブルと椅子。カップ等の食器等が収まっている。

 「…あの…テントが有るんですが…日帰りなのでは?」
 「ユウジ君が直ぐに魔法を習得出来れば日帰りですが、才能がある人でも七日は掛かりますからね」
 「聞いてませんが…」
 「言い忘れてたのよ。それにこのテント三人用だから余裕よ」

 連れ込み宿ではオタオタしていたのに、何故か今日は強気なのか謎だが、男としてはここで引く訳には行かない。

 「そうですか、それは結構」

 ロゼの指示通りテントを張ってテーブルや椅子を組み立てて設置して行く。

 (これは殆どキャンプだろ…)

 地面を少し掘り周りを適当な大きさの石を組み上げ竈を作る。
 金属(多分)製の網を引いて湧き水を入れたポットを置く。
 ロゼさんが小さな豆炭のような物をいくつか袋から取り出し、竈の窪みに置いて火を付ける。

 「それ何ですか?」
 「魔炭と言う燃料よ。その先の渓谷の下にマリガル大坑道って有るのだけどそこでも採れるわね」

 どうやら石炭的な物のようだ。

 「さて、お茶が湧いたら飲みながら少しづつ基礎から教えるわよ」
 「宜しくお願いします」


 "ガナ"と言うのは魔力と考えると小説やゲームが身近にあった俺には理解しやすい。
 魔法とか魔術と言う言葉があるのに、その元となる名が"ガナ"だと何か違和感を感じる。

 「先ずはガナを直接感じるのが良いわね」

 ロゼさんはテーブルの上の手を伸ばし俺の手の甲に自分の手を重ねる。
 
 「今からユウジ君にヒールをかけます」
 
 そう言うとロゼさんは詠唱を始めた。
 
 「根源たるガナを身に纏う水霊の王ウスナに乞う 彼の者に癒しの雫を与え給え ヒール」
 
 重なったロゼさんの手のひらから一瞬圧力の様な奇妙な感覚を感じた瞬間、俺の手を蒼白い淡い光が纏わりつき二秒程でその光は消えた。
 
 「今のがヒール。肝心なのはユウジ君が私の手の平から何を感じたのか……何を感じた?」

 厳密にこうとは言えないが、圧力の様な不思議な感覚を感じた事を伝えるとロゼさんがニコリと笑った。
 
 「良かった、ヒールの魔法自体は肉体的に熱や圧迫感を何ら与えない魔法なの。圧力の様な物を少しでも感じられたなら、ユウジ君には魔法のセンスがあるのよ」
 「センス…無いとどうなるんですか?」
 「魔法が使えない……んーこれは言い過ぎね。生活魔法程度なら使えるけど、戦闘に使える最低の二級魔法、つまり自分の体内のガナを使って他のガナを制御する事が出来ないって事なの」

 なる程……

 (…んー…だけど、もし体内のガナの量が桁違いに多い人間の場合どうなるんだろ?体内のガナで二級魔法を使うのは不可能なのかな?)
 
 「ユウジ君にガナ操作を短期間で教えるのは、普通のやり方では無理なのね。だから少々強引な手を使います」
 「…………お手柔らかに…」
 
 ロゼさんが用意したお茶を飲みながらガナ操作のコツやら魔法体系の講義を受ける。
 ゲーム等でお馴染みの世界を構成する元素の話のようだ。
 エンペドクレスやアレストテレス等が提唱した物と余り差異は無いようだ。
 その後もロゼさんの講義は続いて行くのだが、その途中俺の体に異変が生じて来た。
 身体が熱くなり次の瞬間に寒気が襲って来る。
 
 「……ユウジ君どうかした?」
 「いえ…何と言うか…」

 テーブルの上、組んだ両手の上に顎を乗せたロゼさんの口元にいたずらっぽい笑みを見る。
 
 「うふふっ、体の調子悪いのでしょ?」
 「!……何か俺にしました?」
 
 ロゼさんがテーブルに乗っているお茶が入っているカップを指先で軽く弾く。
 
 「このお茶に流精虫と言う虫の卵を混ぜていたのね」

 (なん…だと…)

 いよいよ体の変調が激しくなり冷や汗が流れ出してくる。
 
 「あ、でも心配しなくて平気よユウジ君。死ぬ事はないから」
 「何でこんな事を…」
 
 「ユウジ君に魔法を覚えて貰う為よ?」
 「…………………」
 「このお茶に入れた流精虫は、ユウジ君の体に存在するガナを使って体外のガナから栄養となる物を創り出して吸収するの。ユウジ君が今感じてる感覚は体内のガナの枯渇と流精虫が育つ熱による物です。」
 「…死なないんですよね俺…」
 「ええ、卵から孵った流精虫は実体がないのよ。んー精霊とかの一種で人の身体の中に寄生できるし外でも存在出来るのだけど、最初に吸収したガナとの相性が良くなるから、放っておくと何時までも住み着くわ」
 
 ロゼさんも一緒のお茶を飲んだので平気なのかと聞くと流精虫が孵った瞬間にガナを操作して体外に押し出したと言う。
 
 「つまりね、ユウジ君には自力で流精虫を体外に押し出して貰うのが目的よ。流精虫を感じる事が出来れば流精虫がガナをどう操作しているのかも実感出来るわけ…ただ、この方法が余り使われない理由もあるにはあるの…」
 「……………………」
 「まぁ、そのデメリットは私がいるから問題は無いわよ? さて、後三日以内にガナ操作を覚えましょう。ふふっユウジ君頑張ってね」
 
 こうして俺は魔法を覚える為の修行を行う事になった。
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