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1章 異界の地
第八話 魔獣
しおりを挟むコラム鳥。結論から言うとそれ程美味しい鳥肉では無かった。
アネリアや冒険者の話から珍しい鳥だとは聞いていたが、現代日本において、食べる為に品種改良され、適切な環境で育った地鶏等に比べると肉の旨味が数段落ちる。
味の好みは人それぞれで、これが最高と一概に言える物ではないのはわかってはいるのだが。
四人の冒険者は素早く後片付けを終え準備を整え始める。
「アネリア様、我々は直ぐにサージェに戻りますが、アネリア様達は決して無理をなさらずに…」
ローブの女性ロゼの忠告にアネリアはゆっくりと頷く。
「ええ、ありがとうロゼ。あなた方もお気を付けて」
筋肉大男のゲダが俺を見てにっと笑う。
「あーなんと言ったか…ユージだっけ?まぁ良い、アネリア様を頼んだぜ。危ないと感じたら全力で逃げろ。格好つけて死ぬんじゃないぞ?お前が何者なのか良くわからんが、死んだらそれまでだからな」
命を常にかけている人間の言葉には迫力がある。
「わかった。肝に銘じるよ」
準備が整った四人の冒険者はそれぞれアネリアに挨拶をし、足早に夜の街道を歩き進んでいった。
「…アネリア」
「はい、何でしょ?」
「一つ聞きたいのだが、あの冒険者達は有名なのか?」
俺の質問にアネリアは頷く。
「はい、初心者から中堅冒険者になってまだ日が浅いのですが、実力は間違いなくC クラスだと言われています」
自分の説明にピンと来ていないようなユージを見てアネリアは付け加える。
「そうですね…冒険者のCクラスと言うのは騎士で言えば近衛師団長程の強さを持っています。在野の冒険者では、Cクラス冒険者が最高位ですね。稀にBクラス冒険者がギルドに顔を出しますが、大抵は貴族のお抱えになったりしています」
「ほー…それは多分凄いんだろうな」
そうは言ったものの、魔法が存在する世界で近衛師団長がどの程度抗えるのかかなり怪しい…ひょっとして魔法自体それ程強力な威力が無い可能性もあるわけだ。
「…まぁ何れ実感出来るだろう…さて」
俺は立ち上がりアネリアの様子を確認して声をかけた。
「アネリア。さっきの冒険者が連絡をしてくれると思うが、こちらはこちらでサージェの町に向かった方が良いと思うんだが」
アネリアが俺の顔を見ながら考え込む。
「アネリア…変な話だが、多分君を抱えて走ってもあの冒険者達が町に着くよりも間違いなく早いぞ?」
「…そうですね…本当に信じられない事ですが、ユージ様の身体能力は常人と比較するのが馬鹿らしい程ですからね…」
これは体感なのだが、アネリア嬢を抱きかかえて走った感じは間違いなく時速七十キロは超えていただろう。
これはサラブレッドが走るスピード並だが、持続力では間違いなくサラブレッドを超えていたし、俺自身全力を出してはいなかった。
「この月明かりがあれば走るのに問題はないので…そうだな、後少し休憩したら出発しよう」
「分かりました。お任せします」
そう言うとアネリアは倒木に背を預け目を閉じた。
知識不足のまま、虫だの野生動物等がいるような場所に余り長居はしたくない。まだアネリア嬢を抱えて走っていたほうが安全だと思う。
俺はポケットから携帯端末を取り出し、今迄の経緯を送信する準備をする。
送信するソース作成画面に入るとやけに見慣れた画面が現れる。
(…ああ、これはパ○ーポイントだな…)
基本的に俺はITやらグローバルなんたらには何ら興味は無い。
商社に入り営業から企画部、管理部を経て人事部に腰を落ち着かせる過程において、電子機器の取り扱いはここ数十年の間に自然に身に付いた。
今では社内の企画発表等もPCを介して行うのだ。
社内でPC導入が行われたのが約30年前。
当時俺も若く野心もあったので必死になってPC端末を弄くり倒した記憶が蘇ってくる。
今では報告書位しか書かないのだが、携帯端末のパ○ーポイントに似た画面にやけに懐かしさを感じていた。
さて、どう言った感じで"神たま"に報告したものかと思っていたら、このパ○ーポイントもどきは俺のイメージをそのまま文章と画像に置き換えてくれた。
(…いちいちこんな携帯端末使わなくてもイメージを送れるんじゃないのか?)
何か無駄な作業をしている感が激しい。
イメージ通りの報告書…を見直し投稿ボタンを押すと暫くして投稿完了のメッセージが現れたのを確認する。
(投稿してからポイントに変換されるまでの期間がわからんな…)
次にポイント利用画面に入るとお馴染みのステータスを確認画面になったのだが、自分のステータス数値を見て驚いた。
(…かなり上がってるな…)
投稿によって得られるポイントは、まだ反映されてはいないので、基本ステータスの上昇にレベル的な物が関わっていないようだ。
つまり体を鍛えればステータスの数値が上がると言う、極々真っ当な理屈だ。
今まででやったことと言えば、アネリアを抱えて走っただけだったのだが、筋力、敏捷力、精神力が大幅に上がっている。
その他のステータスも少なからず上がっていたのでステータスを上げる目処は何となく付いた。
後は自分のステータスが他人と比較してどの程度なのか知る必要が有るのだが、アネリアからの情報から推測すると、常人を凌駕している可能性が高い。
(…迂闊に本気を出すのは危険かもしれない…)
眠気は無かったが、アネリアを見習い少し目を閉じてみたが、木々や草花が風にそよぐ音、虫や小動物が動く音が気になり直ぐに目を開けてしまう。
(都会育ちの弊害ってやつかな…)
背嚢に荷物を詰め終え俺はアネリアを抱き抱える。
「ユージ様。ユージ様のスピードだと直ぐに四人パーティーに追い付いてしまいそうですが…」
「うーん…多分そうなんだが…まぁ、あのパーティーが前方に見えたら道を少し外れて走るさ」
そう言いゆっくりと走り出す。
季節的には秋頃だろうか?走り出すと夜風が肌に突き刺さる。
「アネリア、寒くないか?」
「大丈夫です…」
抱き上げた腕に力をいれ、アネリアをしっかりと抱き締め加速する。
月明かりがなだらかな街道の勾配に沿うように、自生する木々の葉に反射してまるで街灯のようだ。
四人組の冒険者が出発してから二時間程して後を追うように走り出したが、このスピードだと多分後五分位すれば追い付く事になるだろう。
微かに生臭い香りが鼻孔に届き少しスピードを落とす。
勿論アネリアの香りでは無いのは分かり切った事だが、だとすれば風上にこの臭いが発する何かがいるはずだ。
(どうする…少し外れるか?…)
俺達より先に出た四人組の冒険者の姿が脳裏に浮かぶ。
「アネリア、この辺りに出る魔物で強い奴はいるか?」
ひしっと俺の胸に顔を埋めるようにしていたアネリアが顔を上げ小首を傾げる。
「多分それ程強い魔獣は居ないと聞いてます…あの どうかしましたか?」
「うーん…今微かに獣の臭いがしたから気になっ…!」
強烈な圧迫感を感じ踏み込んだ足で思いっ切り大地を蹴る。
「きやー!!」
高さにすれば約四メートル近くを跳び上がると眼下に黒い影が街道脇の叢から飛出して来ていた。
出来る限り振動がアネリア伝わらない様に着地する。
ウー!っと唸り声を上げ、一瞬俺を見失った黒い影は俺が着地した瞬間素早く体制を立て直す。
俺は抱いていたアネリアをゆっくりと下ろし、腰に挿していた剣に手をかけた。
「アネリア、あれは何だ?まさか飼い犬…じゃないよな?」
「違います…あれはウルムと言う魔獣です…いえ、でもまさかこんな街道にいる魔獣では…」
アネリアを抱えながら、犬の様な姿形の生き物とスピード勝負する無謀を俺は避けた。
両手が塞がった状態で足に一撃くらった時を想像したら……
俺は剣をゆっくりと抜きながら辺りの気配を探るが、それらしい気配は無いようだ。もっとも、商社務めだったロートル親父の感覚がどれだけ当てになるのか甚だあやしいが。
(…やるしかないなら…殺る!)
俺は剣を構えながらゆっくりと腰を落とし、命のやり取りに備えた。
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