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1章 異界の地

第四話 アネリア

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 彼女の名前はアネリア。モーズラント商会の次女だと言う。
 俺は自分の名前を告げるか迷ったが、今嘘を言って後々あとあとバレた時のリスクの方が高いと判断し、ユウジ・タカシナと告げる。
 聞き慣れない発音の名前に少し首を傾げたが、こちらの素性を詮索する事はしてこなかった。

 アネリアが言うにはトーンへルブ(町の名前らしい)の会合に向かう途中に、賊の被害にあったようだ。
 汚れた服を着替えて俺の前に立つ少女は現代ではなかなか見ることが無い、貴族の正装のようなドレスだった。
 元々商社勤めだった俺は商談で海外への出張が多く、貴族相手の商談では正装をする場面に何度も出くわし、淑女との交流もそれなりにあったのだが、今 目の前にいる少女はドレスを着けるのが日常的な世界に生きているのか、その姿が板についていて、現代貴族淑女の迫力をも超えていた。

 (商会の子女とは言えここまで堂々とドレス姿が似合うと言う事は、それなりに権力を持つ商会…だろうな)

 現代ヨーロッパ各国の貴族制度も時代の推移によってその力が(財力)が衰え、その称号さえお金で取引された。
 フランス等では革命後に爵位の売買がかなり多くなり、実質貴族の権威が危うくなる事態に迄陥る事になる。

 アネリア。今目の前に立つ少女の迫力は一商会の子女のかもし出すものとは到底思えなかったのだ。
 アネリアは切り捨てられた父親の衣服を整えると、ゆっくりと立ち上がり、俺に向かい驚くべき一言を発したのだ。

 「ユウジ様、全ての遺体の首を切り落として貰えませんか?」
 「………………は?」

 アネリアの言葉を聞き違えたのだろうか?

 「……今何と言いました?すみませんが良く聞き取れなかったもので…」
 「はい。全ての遺体の首を落として欲しいのです…お恥ずかしながら私剣の稽古は護身術程度しか習っておりませんので…」

 ザワザワと首筋の産毛が逆立つ。

 (…この少女は何を言ってるんだ?頭がおかしいんじゃ………いや何かしらの意味があるのかも…)

 俺は恐る恐るアネリアに事情を聞くと信じられない答えが帰って来たのだった。
 どうやらこの世界では死んだ人間等を二日以上そのままに放置すると、アビラス(多分ゾンビの様なもの)になり他の人々を襲う可能性があると言う。
 アビラスにならないように首を落としてその首を土に埋めるらしい。
 遺体をそのままに埋めても首を落とさなければアビラスになる。
 本来は火葬等をするのだが、今の現状で火をおこし煙を立ち登らせる危険を敢えて行う訳にはいかないと言う判断だった。

 (………いやいやいや…俺なんか護身術すら習ってないって……)

 時代劇や小説等で斬首の難しさを知識として知っている為に俺は戸惑ったが、このまま放置しアビラスとかになる、死者の無念を思うとやらねばならない責務が押し寄せてくる。
 俺は右手に持った剣を身体の前に構え足元の護衛の首に狙いを定める。

 (大丈夫……為せば成る!)

 俯せにした首筋を目掛け地面を切るように剣を引き下ろす。

 (……………………………まじか…)

 地面に伏せた人間の首を落とすのは至難の業だとどこかに書いてあったはずだが、予想外にアッサリと首を切断出来たのだった。
 先程の戦闘を見た時に感じた恐怖や嘔吐感など全く感じない自分自身に、何か不気味な違和感を感じつつ俺は作業のように首を落としていった。

 (…多分、神経が麻痺してるんだろうな…)

 最後に馭者の首を落とし、アネリア嬢が掘った穴に首を纏めて入れ土を被せる。

 (アビラスとかもう漫画みたいな存在があるなら当然魔法とかありそうだな…)

 想像なら剣と魔法、魔物が徘徊する世界で活躍する夢も有りだが、実際その世界で生きるとなると厳しい展開しか予想出来ない。
 アネリア嬢がいつの間に集めたのか、数個のタグの様な物を両手に持ち、馬車の中にあった背嚢はいのうに押し込む。

 「何ですか今のは?」
 「…身分票ですが…」

 アネリアが怪訝けげんな顔で答える。

 (…不味いな…知ってて当然な物だったかも…)
 「身分票…初めて見る物ですが、この辺りだと誰でも持っている物ですが?」
 「…はい。他国では分かりませんがグレイヤード王国では五歳になると教会で祝福を受けた時に授かります…もしかしてユウジ様はグレイヤードのお生まれでは無いのですか?」

 色々返答を捻り出そうとしたが、良い理由が見つからずヤケクソで答える。

 「いや、実は余り記憶がハッキリしてなくて…アネリア嬢に伝えた自分の名前ですら本当に自分の名前なのかも怪しいんです」

 俺の答えにアネリアはビックリした表情を浮かべたが直ぐに頷く。

 「確か聞いた事があります。魔力事故や魔法等で人の記憶が失われる事があると…」
 (やはり有るのか魔法!)

 これで俺は剣と魔法の世界に転生した事が確定したようだ。
 
 「私はサージェの町に戻り警備兵とお母様に事態を報告しなければなりません。攫われたお姉様の安否も…良かったら一緒にサージェの町にまいりませんか?」
 「有難うございます。どうしたら良いかと悩んでいましたので助かります」
 (助かった…のか?…取り敢えず町には行けそうだが…)

 馬車を引く馬は賊が持ち去った為徒歩での移動しか手段がない。

 (となると徒歩だろうな)
 「アネリア嬢、ここからサージュの町まで徒歩でどの位かかりますか?」

 アネリアは周りを見渡す。

 「多分…二日程は掛かるかと」

 俺は頷きアネリア嬢に、道中に必要な物を聞きだし背嚢に詰め込む。
 アネリア嬢に日が落ちるまでの大凡の時間を聞くと、後四時間程度で暗くなるそうなので、直ぐに日が落ちるまで進めるだけ進む事にした。

 (…何処でも同じなんだな…)

 並べられた四名の遺体の前でアネリア嬢が手を合わせる。
 暫くしてアネリア嬢が振り返り"行きましょう"と力強い声をあげる。
 その表情に迷いも悲壮も無く、しかし狂信的でも無い、ハッキリとした意志の表れを見た俺の胸の内に感動を覚えたのだった。
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