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2章 聖印と錆色の王子
第三十一話
しおりを挟む王都エベンス。
南門から続くメイン通りは百メートル程進むと左右に分かれている。
右へ進むと貴族街。左に進むと冒険者ギルドや商人ギルド等が在る。
その別れ道に建つ荘厳な建物、マタイラ神話の神々を崇める教会。
不思議な事に"教会"と呼ばれるだけで、"~教"と言うような教義名が無いのだ。
銀等級パーティー"辣腕"の3人は教会の脇道を進み教会裏に広がる広場に入った。
この広場はエベンスに住む人々の憩いの場所。
広場には木々が植えられ広い池も備えていた。
「なぁなぁ。あそこの屋台で何か食って行かないか?」
盛大に腹の虫が鳴く腹を押さえジオライトがマシュタールに声を掛ける。
「そうですね…話が長くなるかもしれませんし何か摘んで行きましょうか」
マシュタールの返事に、ニカッと笑いジオライトが屋台に走る。
広場の芝生に座るマシュタールとラング。
「まぁ、あのエロ爺が俺達に飯を出すとは思えんからなー」
マシュタールは苦笑する。
程なく両手一杯に食い物を抱えジオライトが戻って来る。持ちきらなかったのか、屋台の手伝いをしていただろう二人の子供が食い物を抱えてジオライトの後ろに立っている。
「お前どんだけ買い込んでんだよ…おぅ坊主とお嬢ちゃん、芝生の上に置いてくれ」
「は、はい」
ラングは兄妹と思われる2人を褒めながら2人に大銅貨をそれぞれに渡すと、二人は嬉しそうに笑い"有り難う"と発して屋台に戻って行った。
「さて、食うか!」
食事をしながらラングがマシュタールに質問する。
「なぁ、連絡しないで来たが爺居るのか?」
「まぁ立場がある方ですから長期に留守をする事は無いでしょう」
「確かにそうだが、異変がこっちでも顕著なら王家からの依頼で長期不在もありじゃねーか?」
「それでも10日が限度でしょうね。先生が直接動くと言う事は王宮魔術師の上部が同行しますからね…10日が限度ですよ」
メリメリと骨付き肉を砕きながら、次々と食料を平らげていくジオライトが広場の奥に建つ黒い建物を見る。
稀代の魔法使いレクスタ・エイフラードが私財を投じて建てた魔法院だ。
実際は孤児院の様な物で、才能が有る子供達には魔法をレクスタ自身が教えている。
"辣腕"の3人も魔法院出身の孤児だったのだ。
マシュタールはその魔法の才能が潤沢だった為、暫くはレクスタの助手の様な立場にいたが、ジオライトやラングと共に冒険者を志し魔法院を卒業した経緯がある。
「豈夫爺くたばってたりしてねーだろうな?」
それは無いでしょ とマシュタールが苦笑する。
大陸全土に知れ渡るレクスタが亡くなれば訃報は直ぐに大陸中に知れ渡るだろう。
食い終わった3人は立ち上がると、育った古巣の魔法院に向い歩き出すのだった。
泊まっていた宿"宵闇の雫"を引き払い、太郎とハンナは新居に移っていた。
「ちょちょっと太郎さん危ないですから、悪戯しないで待ってて下さい」
台所に立つハンナのドレスの臀部に顔を埋める半裸の中年極道…
朝食を作りテーブルにスープとパン。サラダにチーズを並べて行くハンナの後を、犬の様に付いて回る太郎に困り顔をするハンナだが、何だかんだ言いながらもこの二人は仲が良かった。
家具を整えた翌日。ギルドで顔を真っ赤にしたミランダに詰められたが、ハンナが必死にミランダを説得して何とか流血事案だけは避ける事が出来たわけだが、ギルド内での騒ぎだったので太郎とハンナの関係は必然的に冒険者達に広がる事になった。
パーティーを組んだ年下の…それもかなり年の離れた女に手を出した助平オヤジと噂される太郎だったが、ハンナ自身太郎とくっついた事を周知されたのは都合が良かったようだ。
冒険者と言えど若い女が一人だと色々と不愉快な事が発生するからだが、男がいると分かっていればその手の煩わしさが少なくなるのは利点だった。
朝食を食べ終えた太郎はハンナの煎れてくれた珈琲をゆっくりと飲む。
「太郎さん、今日もギルドに行きますか?」
「そうだな…そろそろ体を動かそうと思うからギルドの依頼を見てから考えるか」
珈琲を飲み終えた二人はきっちり支度を整え冒険者ギルドへ向うと…ギルドの入り口に数名の騎士達が立っていた。
「何かあったのでしょうか?」
「さぁな…」
騎士達がギルドに入るのを止める風も無いので、そのままギルド内に入るが、殊更事件が発生している様子は無かった。
どれ、依頼書を見ようかと掲示板に向かおうとする2人に声を掛けてきた人物がいた。
「太郎様、ハンナ様。少し宜しいでしょうか?」
そう声を掛けてきたのは、数日前に太郎達の専属受付となったミリィスティア嬢。
「…構わないが、何かあったのか?表に騎士が立っていたが…」
「はい…それを含めて、ハンナ様と太郎様をお呼びして来いとギルドマスターから先程承りました…」
「……ふん…余り良い案件じゃ無さそうだが。別室か?」
「いえ、これから太郎様とハンナ様には領主館へ来て頂きます」
領主館と聞いて顔を曇らす太郎を見てミリィスティアは慌てて手を振る。
「太郎様の特殊な事情の事では有りません。詳しくは此処では言えませんが、騎士団の訓練に関わる事と……ハンナ様が以前ギルドから御実家へ宛てた文に関わる事なんです」
それを聞いたハンナの顔が強張る。
「な、何か母達に…いや……アナシア絡み…」
ミリィスティアが口元に指を立てる。
「此処では……今、騎士団のローゼン副長がマスターの部屋に来ています。ギルドマスターと騎士団の訓練に同行する二組のパーティー、それに太郎様とハンナ様。当然私も呼び出されています」
どうも面倒事が起きたようだが、ハンナが関わる事態なら当然太郎にも関係する。
余り貴族と関わるのは気が進まないが、避けては通れない様な事態のようだった。
「取り敢えず太郎様とハンナ様はギルドマスターと共に領主館へ来てもらいます。他のパーティーは未だ連絡がつかないので後回しになるでしょう」
暫くこの場でお待ち下さいと言い残し、ミリィスティア嬢はカウンター奥の部屋に消えて行ったのだった。
取り敢えずハンナと一緒に壁際の椅子に二人で座って待っていると、カウンター奥の扉が開いてミリィスティア、甲冑を着けた女の騎士が現れ、最後にギルドマスターが出てきた。
ギルドに居た冒険者達が何事かと様子を伺う中、ミリィスティア嬢が太郎達の前迄来て女騎士を紹介する。
「ローゼンだ。……確か貴方はジオライトと一緒に居た…」
「ああ、"辣腕"パーティーに助けられて、この町に来た時に会った事が会ったな。俺は太郎だ。今はハンナと一緒に冒険者をして生活してる」
成る程と肯き、太郎の首から下がっていり冒険者タグを見て驚く表情を浮かべる。
「………既に銀等級……お前はいったい…」
「ローゼン副長。話は領主館へ行ってからで良かろう。それに、貴殿が知らなくて良い話も有るからの」
ギルドマスターが鋭い目付きでローゼン副長を見ながら言うと、女騎士が口を閉ざし顔を伏せる。
(……どんだけ力あんだ?このギルドマスター…)
冒険者ギルドのマスターと言う立場がそうさせているのか、他の要因なのか不明だが、騎士団の副長よりも立場が上なのは確かなようだ。
騎士は全て貴族だと言うからには…
「ローゼン副長行きましょうか」
「は、はい。ミリィスティア様」
いつの間にかギルド前に用意された馬車に乗り込み、太郎達は領主館へと向かったのだった。
ギルドマスターから直接依頼を受けたラングは仲間と共にマッセの町へ来ていた。
王国最南端の町マッセは、海産物で有名な漁師町だ。
海の資源を取り扱う店が多数建ち並び、海運も盛んな為酒屋や娼館も多い。
「……なぁ…ラング…何かおかしくないか?」
辺りを見渡していた仲間のナザレスが呟く。
言われる迄もなく町の雰囲気がおかしいのは町に入って直ぐに感じていた。
全く活気が無い……いや、そんな生易しい雰囲気では無かったのだ。
町の大通りには人影が疎らで、その歩行者も魂の抜けたような精気の無い表情でゆらゆらと歩いていたのだ。
「……気色悪いわ…ラング、さっさと依頼片付けてポタに戻ろうよ…」
「ああ、そうだな…ギルマスから聞いてたよりヤバいぞこれは…」
彼等はポタ村を拠点とする冒険者。
3人パーティーで、等級は鉄等級。
パーティーリーダーで剣士のラング、魔法使いのミンダにスカウトのナザレスと言う構成のパーティーだ。
パタ村を拠点に活動する冒険者の中でも彼等は優秀なパーティーだ。あと半年もすれば間違いなく銀等級になれると噂されていた。
依頼自体は簡単で、パタ村に住む家族の借金返済の手続きと言う、はっきり言って駆け出しの冒険者でも良い依頼なのだが、最近のマッセの悪い噂や、借金元が貴族と言う事もあって、ラングが指名された経緯がある。
彼等は一刻も早く依頼を済ませ、ポタ村に帰ろうと領主の館に向い歩き出すのだった。
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