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1章 渡る異世界は魔物ばかり
第二十九話
しおりを挟むラムスの町に入る門は二つ。
北側にある門を正門。ソルダムの町を経由して王都へ続く道だ。
南側にある門を副門。ここからは、ジラード、ボールデン、マッセと言う町に行ける。
青銅ダンジョンへ行く時はこの副門を出るのだ。
ギルドマスターが紹介状を持たせてくれたその店は、正門脇の荷下ろし場の横にあった。
日本風に言えば、時代劇ドラマで良く見る呉服屋に似た造りの店だった。
間口が広く商人風の者や荷下ろし労働者等が頻繁に出入りしていた。
「…ここで良いんだよな…」
「多分そうだと思いますが…」
正門脇に門兵の詰め所があり、その横は馬車の待機所。道を挟んだ所にいくつかの荷物の仮置き場の倉庫が数棟並んでいる。
目的の店の看板にはラムス管理所と書かれていた。
「ここって…貴族が管理してる店のような……」
ハンナの呟きに太郎が思い当る。この国は王政の国。土地の全ては王族と貴族所有だろうと今更気付いたのだ。
「…紹介状があるんだ…何とかなるだろう」
ハンナと共に店に入ると、太郎達を迎える様に黒いドレス姿の若い女性が立つ。
「いらっしゃいませ。本日はどの様なご要件でしょうか」
簡素だが清潔なドレスを身に纏った鋭い目付きの女性は宛らイギリスの女家庭教師カヴァネスを彷彿させた。
太郎は鞄からギルドマスターから受け取った紹介状を女性に差し出す。
「この町で家を買いたい。これは冒険者ギルドのマスターからの紹介状だ」
女は少し太郎の顔を観察する。
「家を買う…そうですか。紹介状をお預かりします」
そう言い太郎から紹介状を受けとると、女は裏の封蠟の刻印を確かめる。
「これはミランディア様の刻印ですね。主にお伝えしますので、そちらの部屋でお待ち下さい」
太郎とハンナは女が示した部屋に入る。
部屋に入ると、そこには別の女性が立っていて、部屋に入って来た太郎達にソファーを勧める。
部屋に入った瞬間場違い感が半端なかったのだ。
その部屋の内装やテーブル、ソファーに至るまで一見して高価な物とわかったからだ。
部屋にいた女性が2人に飲み物と菓子を用意してテーブルに置く。
(…ここ完全に貴族的な店だよな…ボソッ)
(は、はい…こんな豪華な部屋初めて見ました…ボソッ)
まぁ相手が何者であれ、一応此方は客。ビビる必要は無い…
太郎は出されたカップを持ち上げ口に運ぶ。
(美味いな…紅茶かこれは?)
隣のハンナを見るとカップに手を付けずに座っている。
「ハンナ、これ美味いぞ?」
(…で、でも…もしこぼしたら…床の敷物高そうです…ボソッ)
成る程と太郎は今のハンナの気持を理解する。
太郎は元の世界ではかなり儲けてる組に所属していて、神津の兄貴に連れられ本家の屋敷や関係の深い企業の会長や社長宅に出入りしていた。
社会的にステータスの高い人間の住む世界は一般庶民とは別次元の環境に囲まれている。
初めて本家に連れられて行った屋敷の迫力に太郎は身を縮ませる事しか出来なかった記憶が蘇る。
今のハンナもそんな状態なのだろう。
これは仕方ない事で、いきなり場違いな場所に来て緊張しないでいられるのは、幼児か幼児並の脳味噌しか無いような馬鹿だけだろう。
最近だと、一見して筋者と判る太郎に難癖つけてくる輩のようなものだ。
5分程経ち部屋の扉が開いて先程紹介状を渡した女性と初老の男が部屋に入って来た。
太郎とハンナが立ち上がる。
「お待たせしてすみません。魔物襲撃の影響で町の物資と人手不足が酷いありさまでして」
「いえ。お気遣いなく」
太郎も当然丁寧な言葉を使える。礼儀に厳しい極道に身を置いていたからだ。
「私は当館の責任者ノイド。横の女性は私の妻でリプリーです」
妻と紹介された女性がお辞儀をする。
(……凄い年の差婚だな…俺の比じゃ無いぞ)
「私は太郎・朝倉。横の女性は相棒のハンナです。見た通り冒険者をしています」
「成る程。紹介状を読ませて頂きました。家をご購入なされたいと?」
「はい。出来れば広い」
「紹介状に書いて有りましたが、太郎様はこの国のご出身では無いと?」
「はい……」
「余程の事が無いと他国の人間に土地を売らないのですが、ミランディア様からの紹介状をお持ちなら問題は無いでしょう」
(どうやらこの国で家を買うのは大変な事みたいだな…借家にしとけば良かったか…)
「購入した家屋には何方がお住まいになるのでしょうか?」
「私とハンナ。それとハンナの家族…合わせて七名」
「成る程。紹介状には太郎様の出自に関して問わぬ様に書かれていましたが、お隣のハンナ様のご出身は?」
迫力満点なノイドに圧倒されているハンナが薄っすらと汗をかく。
「わ、私は南に馬車で5日程行ったポタ村の出身です」
「ポタ村…ポタ村……ああ!あのゲドウ準男爵が管理してる村ですか……それはご苦労なさったのですな…」
沈痛な顔をするノイドとリプリー。
(えー!どんだけ酷い奴なんだ……)
「まぁそれも今年一杯でしょうがね。ひと月後にグラッセン伯爵の査察が入るようですからポタ村も平和になるでしょ」
そこまで言ってノイドが真剣な表情を浮かべ太郎を見る。
「基本この国で土地を所有する事が出来るのは貴族と王家に認められた一部商家。伯爵家の推薦を受けた者だけです」
「厳しい審査とか有るんですか?」
太郎の落胆した言葉にノイドが微笑む。
「いえ、購入可能です。太郎様はミランディア様の紹介状をお持ちになられましたので。更に太郎様自身の出自を尋ねるなと私に宛てるとは…余程信頼されてますな」
(あのギルドマスター何者だ…)
ノイドが手を叩くと扉が開き若い男が部屋に入って来た。
男は束ねた羊皮紙をテーブルに広げると直ぐに部屋を後にする。
「さて、これは建物図面と言うものです」
(知ってる…不動産もヤクザの仕事だったから…)
「この図面で望みの家を何点か選んでから実際に見に行きましょう」
図面を初めて見るハンナは目を白黒させていたが、太郎が図面をさっさと捲り選んで行く。
最終的に3件が候補に挙がり、馬車で一軒一軒見て回ったのだった。
そこで気に入った家は数年前に破産した商家の屋敷だった。
建物の状態も良く、少し手直しするだけ良い物件だった。
その場で案内役の若い男に値段を聞くと、予想よりも安かったのでハンナと相談して即決したのだった。
館に戻り担当者と建物譲渡契約書を交わし、1億八千万を支払い譲渡は完了したのだった。
太郎とハンナは家具や内装の相談をしながらラムスの大通りを歩く。
「俺はこっちの世界の事が余り分かって無いから居間や他の部屋等の家具や内装はハンナが決めてくれ」
「…でも私あの家にあった家具とか分からないですよ?」
「うーん……いっそ俺がいた世界の家具とか置くか」
「大丈夫でしょうか?」
「平気だろ?誰かに見せるわけじゃ無し。それに、そんなに大きく変わらないと思うぞ?特に家具は」
「そうなんですか?」
「ああ」
取り敢えず次元マーケットで買えば配達の手間は省ける。
問題はこの世界に家電を持ち込むべきかだが、洞窟の入口に設置した太陽電池モジュールを利用したコンテナハウスをこの世界に持ち込んだ今となっては、余り気にする必要は無いかもしれない。
ただし、燃料を使う発電機等の音が出る物は不味いだろう。
そうなると太陽電池か堀の水流を使った水力発電になるが、買った家は堀からは距離が離れていたので太陽電池一択だろう。
(まぁ家電はおいおいだな…)
「……今思ったんだが、次元マーケットで家具を揃えるのは止めよう」
「どうしてですか?」
「ほら、こっちで稼いだんだから、こっちで消費出来る所はした方が町の経済が潤うだろ?」
「……確かにそうですね」
「取り敢えず明日の午前中に家具とか揃えよう。鑑定結果聞く序に紹介状の御礼にギルドマスターに土産でも持っていくか」
「そうですね……それにしてもギルドマスターって顔が効くんですね」
「うーん……何者なんだろうな…」
太郎とハンナは宿屋に向う道を仲良く辿っていった。
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