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1章 渡る異世界は魔物ばかり
第二十話
しおりを挟む魔法。
特に聖属性で覚えた"ヒール"とは、いったいどんな物なのか?
英語が苦手な太郎にはヒールと聞いて、初めに思いつくのは、女性用の靴の踵部分。
次に思いつくのはプロレスの悪役の別称だったりする。
最近になって、店の看板なのでヒーリング空間云々の文字が目に入る事がある。
覚えた魔法を試す意味も兼ねて、ヒールの効果をハンナに尋ねると、軽傷を治したりする魔法だと聞いたので、戦いで負った擦り傷に試すと、確かに傷が塞がり痛みが癒えた。
「……これは後遺症とか出ないのか?」
「そう言った話は聞きませんね…」
元々魔法と言う不可解な物に、理屈を当て嵌める自体、おかしなコトなのだろうが、それでも消毒もしないで傷口が塞がる事への不安が拭いきれないでいた。
ヒールを試して行くうちに新しい発見もあった。
ヒールは体力(疲れ等)も回復させる事が判明する。
体力回復薬よりも即効性がある。
"アクティバス"と言う強力な魔法を覚えたハンナだが、太郎と違い魔法使用を重ねる度に体調が悪くなって行った。
そこで試しにヒールをハンナに試した結果、ハンナの体調が好転したのだ。
「なぁ……やっぱりヒールって問題が有るんじゃないか?」
「問題は無さそうですが……」
そうは言っても心配な太郎はハンナにサブマシンガンを持たせた。
「ヒールで回復させた後、1時間魔法を使わないで、この武器で戦ってくれ」
「分かりました……太郎さん過保護過ぎるのでは…」
過保護上等!こんな少しの油断で命を落とす様な場所なら、余裕のある奴がその力を使うのに躊躇するつもりなど太郎には無い。
ハンナに、銃の扱いを教え、マガジンの予備も持たせる。
若干マガジンの装填が特殊なP90だが、反動が少なく弾数も多いので、ハンナには良いだろう。
パンッパンッパンッパンッパンッ
軽快な発射音がダンジョンに響く。
銃の扱いが次第に慣れたハンナが、歩きながらマガジン交換をする。
太郎はと言うと、火魔法"イグニッション"を放ちまくり、魔物を消し炭に変え、突き進む。
「!太郎さん。何か声聞こえませんか?」
太郎は動きを止め耳を澄ますと、何処からか声が聞こえる。
どうやら、太郎達が進む先の方向から声が聞こえて来るようだ。
「俺達以外に居たのか」
「どうしましょう…」
太郎の世界の武器を、この世界の人間に奪われるのは問題だが、見られたからと言って構わない気がする。何故ならば、魔法と言う強力な攻撃手段が有るからだ。
「進もう。ハンナに渡した武器は奪われなければ良い」
「わ、わかりました」
太郎とハンナはそのまま進んで行くと、大きな部屋に出る。
「あ……ミランダ達のパーティーだわ…」
ハンナの台詞を聞いた太郎は、そのパーティーを見ると、確かに先日冒険者ギルドで太郎に絡んできた冒険者がいた。
三人パーティーのようだ。
(ミランダが剣盾装備。後の二人は…見た感じ魔法使いだな)
「全員知ってるのかハンナ?」
「はい。ミランダは太郎さんもギルドで会ったと思います。他の二人は、私と同じ水魔法を使うレベッカと、もう一人は聖魔法を使うクワネル修道士様です」
「修道士?なんだって教会の人間が冒険者やってるんだ?」
ハンナの説明だと、教会の修道士や修道女は修業(精神&御業)と称して、冒険者と共に行動する事は一般的に行われていると言う。当然、得た利益は教会の運営資金に充てがわれるそうだ。
(スゲーなこの世界の宗教家……)
「この部屋の奥に見えるのが3層に降りる階段です。ミランダ達は階段で休みながら、この部屋の魔物を狩り続けてるんです」
「あー成る程…階段が近いなら安全だからな…」
ミランダ達が太郎達を確認したのか階段に移動した。
残った2体を太郎とハンナが瞬殺し、階段に移動する。
ミランダが素早くハンナの状態を観察する。
「今の青銅ダンジョンを此処まで来れるんだな。驚いたよハンナ」
「太郎さんのお陰なんです」
ミランダが太郎を見ながら"ふーん。このおっさんがねー"と何やら失礼な言葉を呟く。
「あんたらもこの場所で狩るのか?狩るんなら一緒にやるかい?」
ミランダの誘いに太郎は首を振る。
「有り難いが、俺達は最下層迄行くつもりだから、少し休憩して三層に入る」
「はぁ?おっさん、何言ってんだ。死にてーんならハンナを巻き込むんじゃねーよ!」
ハンナの事を心配して激高したのは理解できる。
部屋に湧いて来た魔物を見る。
ファイヤープレインが一体。ホールラット三体にジャイアントリーチが四体。
「ハンナ。どうやらミランダはお前の事が心配らしい」
「はい……」
「今のハンナの実力を見せてやれ」
ハンナは一つ肯き部屋に飛び込む。
「待てハンナ!危ない!」
ミランダが慌ててハンナを連れ戻そうとするが、太良がミランダの腕を掴む。
「黙って見ていろ!」
太良の怒声が響いた直後に部屋中に殺戮の光が舞う。
それはまるで鞭のように暴れ回り、魔物やダンジョンの壁面を破壊して行く。未だ制御に若干慣れていないのか、余計な破壊を巻き起こしてはいたが及第点だ。
目の前で起きた事にミランダ達三人は啞然として部屋に立つハンナを見ていた。
今のハンナの戦力が、この世界でどの程度かはわからないが、今の青銅ダンジョンでも通用すると太郎は思っている。
ハンナが振り返り太郎の下に嬉しそうな笑顔を浮かべながら戻って来る。
「どうでしょう太郎さん。まだ制御に不安が有りますが…」
「そうだな、もう少し威力を落としても問題無いだろうな」
ズタズタになったダンジョンの壁面を見て太郎は苦笑する。
「ミランダ…心配掛けてごめんね。私大丈夫だから」
「そうか、強くなったんだなハンナ」
「ちょっちょっちょっ。何二人和んでるんですか!何ですかさっきの魔法は!」
ハンナと同じ水魔法を使うレベッカがハンナに詰め寄る。
「アクティバスと言う水魔法です……」
「はぁ?あれ水魔法だったの?……信じられない…私の"ウィルシア"でもダンジョンの壁に傷なんて付かないわよ?」
「…ですよね……」
どうやら以前のハンナよりも魔法レベルの高い魔法使いのようだ。
ハンナとレベッカが、専門的な話をしてるとミランダが太郎に近付いて来る。
「おっさん。確かにハンナは強くなったみたいだが、あんたはどうなんだ?パーティーを組んでる以上おっさんが弱きゃハンナも危険なんだがな…」
それを聞いたハンナが慌ててミランダに説明するが、力を頼みに生きている冒険者を、言葉で納得させるのは無理がある。
「まぁお前に見せてやる義理はないが、ハンナの知り合いだからな…一応安心して貰った方が都合良いか…」
ほぼ同時に部屋に湧き出す魔物を目の端で捉えた太郎が"見ていろ"と言いながら部屋に入る。
八体全ての魔物の足下から青白い火焔が噴き出し、一瞬にして魔物を灰に変えた。
高熱の火焔はダンジョンの床を溶かし、部屋の温度が上がる。
太郎は溶けた床に水魔法を打ち込んで部屋の温度を下げていった。
もうもうと立ち込める蒸気の中から、階段に戻って来た太郎に誰も声を掛けて来なかった。
「これで納得したかい嬢ちゃん」
ミランダが唇を噛む。
そのミランダの側に立ったハンナが困った様な顔をする。
「ミランダ……あのね。私が強くなったのは太郎さんのお陰。わかったと思うけど太郎さんの属性は闇属性なの」
「闇……」
今迄黙っていたクワネル修道士が口を開く。
「成る程…闇属性は全ての属性を使えると噂されていましたが、本当の様ですね…」
「全ての属性……」
「どうせいつかはバレるだろうから言っておくが、俺はこの世界で言う所の"迷い人"って者らしいぞ」
太郎の告白に誰もが押し黙った。
「まぁバレるのがわかってるから、ゴタゴタに抗える金と立場を欲しくてな」
"成る程"とクワネル修道士が納得して肯いた。
「このまま俺とハンナは最下層を目指す。途中何回か休憩をするが、階段の様な安全な場所が無くても"迷い人"独自のスキルで安全は確保出来る。これで良いかな?」
「…………そうか…ハンナ。気をつけて行けよ?」
「うん。有り難うミランダ」
こうして三人と別れた太郎とハンナは青銅ダンジョン三層に足を踏み入れたのだった。
「なぁハンナ……ハンナは三層に来たこと有るのか?」
「いえ…初めてです…」
太郎達の目の前に広がる光景は想像外の光景だった。
そこは谷底の様な狭い通路。壁面は自然の岩盤。所々に廃墟の様な人工の建造物。
そして……空と太陽があったのだ。
「魔物の情報はあるか?」
「いえ…私は知りません…」
この風景が青銅ダンジョンの普段の光景なのか、それとも今回の変化によってのものか判断がつかない。
「人工物が有るって事は頭が良い魔物がいる可能性があるから慎重に行くか」
「はい……」
こうして太郎達は三層を慎重に進んでいくのだった。
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