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1章 渡る異世界は魔物ばかり
第十六話
しおりを挟む教会から冒険者ギルドへは歩いて10分程の距離。
しかし、その日太郎は小一時間以上掛けてギルドへ到着したのだ。
主たる原因はハンナだ。
教会を出るとハンナはやけにベッタリと太郎に引っ付く様にして歩いている。それ自体は嫌ではないが、度々立ち止まり"太郎さん、あれ美味しそう"やら"わー綺麗な服"とか言い出し"一体何をしにギルドへ行くのか理解してるのかこの女は?"とハンナを軽く睨むが、都度上目遣いをして来るのだ。
地球じゃ極道だった太郎。当然そんなハンナの甘えには…従う。
当然従う。
ある程度の極道は、情を通じた女には甘甘だ!。そこには、それなりに厳しい枷や気概も女には必要だが、それ以外の所は実に甘甘なのだ。
女を食い物にするのは極道とは言わない。チンピラや半グレと呼ばれる者が女を食い物にする。
戦後直ぐに生まれた愚連隊は太郎が生まれた当時には無く、その多くは暴力団になっていった(組み込まれた)。
日本が敗戦で混迷を極め、多くの古いヤクザも壊滅したが、そのヤクザの代わりを愚連隊が継いでいく。
「堅気に迷惑をかけるな」「弱い者いじめはするな」等の規律がある愚連隊もあったが、大抵は金になるなら何でもやる集団だったのだ。
幸いなのが、太郎が師事した神津健と言う男は古いタイプのヤクザ、つまり極道だった。
神津組でOS(オレオレ詐欺)をやった組員を神津の兄貴自身ボコボコにしたのは有名で、本家の親父は"今時はしかたねーだろ"と苦笑していたが、神津組ではOSや薬系は御法度だった。
古いヤクザを地で行く神津は、女に対しても昔の極道そのままだったのだ。
(…とは言っても、金のない組じゃなかなか徹底されはしないだろうな)と、太郎は思ってはいた。
あちこち寄り道をしたがようやく冒険者ギルドに到達したのが11時近かった。
「…なぁハンナ。この時間に来て依頼って有るのか?」
太郎の疑問にハンナは何故か目をキラキラさせた。
「それが有るの!常時討伐依頼の薬草版が」
それは何かと聞くと、ポーションに使われる"コワッパ"と言う薬草らしい。特に今はポーションが大量に必要な状況なので、依頼額が平時より高くなっているらしい。
この状況じゃ近場にはもう無いんじゃ無いのか?と心配になるが、ハンナはニヤリと笑う。
「私、冒険者なりたての時薬草採取ばかりしてたって話したでしょ?」
「ああ……」
「良い場所知ってるの。多分私だけ知ってる場所♪」
ああ、成る程と太郎は得心する。
現物さえあれば依頼をギルドで受ける必要無いんじゃ無いのか?と聞くと、依頼には時間制限が付いた割高な採集依頼があるらしい。
(成る程……流石女…凄い経済観念だ……)
ハンナは依頼掲示板を見て一枚剥がすとカウンターに向かった。
トコトコと太郎の下に戻ってきたハンナは太郎に印が押された依頼書を見せる。
【当日18時迄 コワッパ百本 報酬金貨1枚】
「凄いでしょ?通常コワッパ1本が銅貨1枚だから10倍になってるわ」
「……ああ…しかし時間平気なのか?」
「大丈夫。本当に近場なのよ」
どうやら物凄い穴場をハンナは知ってるらしい。
ハンナに連れられた太郎は町の入口から外へ出ると、直ぐに城壁伝いに歩き出す。
暫く進むと堀があった。
「これは?」
「町から出た排水を川に送る堀です」
「排水にしては綺麗な水だが……」
ハンナによると、この町の下には下水路が張り巡らされていて、中央溜池で浄化してから川に戻しているらしい。
堀に下り少し進むと錆びた鉄製の扉が有り、ハンナはその扉を開いて入って行く。
下水道は木材と石を切り出したようなブロックで出来ている。全体的に明るいのは何故なのか分からないが、ダンジョン同じ仕組みなのだろうか?
「全く臭く無いんだな」
「中央の溜池でアッシュスライムを使って浄水してるの。ほらそこ」
ハンナが指さした下水路を流れる水の中に、不定形の生き物の様な物がいた。
「それがアッシュスライム」
「成る程…こいつが水を綺麗にするのか…」
「水を掬って一回布で濾せば飲めるらしいわ」
三園浄水場(板橋区の高度浄水場)真っ青な性能のようだ。
ハンナの後をついて行くとブロックが崩れている箇所に着く。その崩れたブロックをハンナは登り始めた。
太郎が崩れたブロックの先に見たのは広い空間だった。
「ここは……」
「うーん、詳しくはわからないんだけど、町の下水路を作る時に使われてた資材置場みたいです」
確かにハンナの言う通り、真新しい石のブロックや木材が積み上げられていて、地面には草が生い茂っていた。奥には木製の小屋まである。
「本当にお金が無くて、宿にも泊まれなかった時に見つけて、あの小屋で寝泊まりしてたの…」
ハンナが恥ずかしそうに言う。
「成る程……するとあれが……」
「うん。全部コワッパ草よ」
「まじか…」
ハンナが知り合いから聞いた話では、コワッパ草5束で最下級ポーションが1つ出来るとの事。
今回の依頼は100束なので最下級ポーションが20個出来る計算になる。
「私は採集してますから、太郎さんは魔法を試してて良いです。ここ安全ですので」
ハンナの好意に甘え、太郎は積まれたブロックに腰掛け魔法の練習に励むのだった。
結論から言うと、確かに記憶された呪文を唱えると魔法は現れた。しかしながら、小さな種火を出すのに呪文が長過ぎると思う。
種火を出す呪文の全文「始原の炎 ユングスの力を持ちて刻めし永劫の炎火 我と共に唱えよ イグニッション」…馬鹿だろこれ?
何で種火出すのに、こんな大仰な呪文が必要なのか?
何か無駄な気がする……そこでハンナに尋ねるとあっさり呪文の問題が解決した。
「あ!それはですね。確かに初めて使う魔法の時は"初めのスペル"を唱えないと駄目なんです」
「ほう」
「2回目からは魔法が現出したイメージをしながら最後の基幹スペルを唱えるだけで良いんです」
「んー……例えば火の魔法の場合、長ったらしい前文を省いて"イグニッション"だけで良いのか?」
「そうです。私の場合水魔法なので、初期魔法最後の基幹スペルは"オース"です。魔法を使い続けると新しい魔法を覚える事があるんですが、その場合頭の中にスペルが勝手に刻まれるので、そのスペルを一度だけ全文を唱えて…と言う具合です」
「成る程………色々疑問はあるが、まぁそれで使えるわけか…」
「はい」
「わかった。ハンナありがとう」
「あ、いえ。最初に教えておけば良かったですね」とハンナが微笑む。
(ふむふむ…最後の呪文だけで良いのか…)
ふと太郎は思い出す。あのドジ女神と最初に会話した時の事を。
"ステータスオープン"を太郎は能力表示と唱える事でも可能だった。…と、言う事は…
太郎はオイルライターの火を思い浮かべる。……"着火"
石のブロックの上に小さい火が現れる。
(成る程……火のイメージさえちゃんとしてたら基幹呪文は変えても平気みたいだな…)
それならと、太郎は中学の理科の実験でやったマグネシウムリボが発火したイメージをしながら"着火"と唱えた。
目の前が真っ白になる。
「きゃーーー!」ハンナの悲鳴。
(ヤバい!目が……)
静寂が続き、暫くして太郎の視力が戻った。
ハンナを見ると、地面に座り込んだ姿のまま両手で目を塞いでいた。
「悪いハンナ、もう大丈夫だ」
太郎の声でゆっくりと両手を下ろして目を明ける。
「何ですか今の光は……」
「いやすまん。イメージした物が悪かった」
太郎の前の石のブロックは完全に溶けている。
(あー…そりゃ溶けるわな…)
ハンナが近付いて来て、溶けたブロックを見て溜息を吐く。
「太郎さん……どんな火をイメージしたんですか?石が溶けてますよ?」
「まぁ……ガキの時学校でやった実験の記憶をちょっと…」
「……太郎さんがいた世界の学校って、恐ろしい事をするんですね…石が溶けるって…」
「…………いや、御尤も…」
ハプニングはあったものの、その後太郎は魔法を着実に成功させていく。
今回最大の目的はダンジョン二層のファイヤーなんちゃらを遠方から倒す事だ。太郎は積まれたブロックから十メートル程離れ何回も魔法を試す。
(中途半端な火力じゃ流石に植物は焼けないしな…)
中途半端に火が着いて暴れ廻られたら恐すぎる…ので、ある程度強い火力…
(焚き火程度じゃ駄目……バーナー程の火力は必要だな……)
太郎はイメージする。家庭用の炙りバーナーでは無く、火葬場のバーナーを。
…………………"着火"
十メートル程の先のブロック上に巨大な火が噴き上がった。
真っ直ぐに立ち上がった炎の色はオレンジ色。
(いける!この火力ならこんがり焼けて骨も残らねー)
やったとばかりに拳を握り締める太郎の姿をハンナは啞然と見ていたのだった。
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