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1章 渡る異世界は魔物ばかり
第十話
しおりを挟むギルドが用意してくれた銅等級のプレートと報酬を受け取る。
レンタルしてもらっていた初心者バッグを、買い取れ無いか相談した所、大銅貨五枚で売って貰えた。
ハンナも同じバッグだったので二つ買い取った。
この時点で俺の財産は金貨八枚。銀貨九枚と大銅貨八枚になっていた。日本円で八十九万八千円…
「ハンナ。今何処の宿に泊まってんだ」と聞くと、一泊大銀貨二枚の宿で、六人雑魚寝の部屋だと言う。
(……女だとキツイだろうな…)
太郎が自分の宿の前に付くと、ハンナに少し待って貰い、太郎は宿に駆け込み宿の娘に空き部屋はあるか聞く。
どうやら俺の隣が空いているらしいので、その部屋を30日間借り切る事が可能か聞くと可能と答えた。
ハンナに宿の事を話すと、当然ハンナは断わるが、パーティーを組む以上、落ち着けない環境の宿に泊まらせる訳には行かないと説得し、時間を掛けてハンナの了承を取った。
「宿に荷物は……無いよな」
「は、はい……」
(……下着の替えとか今迄どうしてたんだ?)と言うデリカシーの無い質問はさすがにしなかった。
太郎の泊まる宿にハンナを連れて入ると、宿屋の娘がニコニコしながらハンナに部屋の鍵を渡していた。
部屋に荷物を置いたら、買い物に出掛けるとハンナが言うので、太郎もハンナの買い物に付き合う事にする。
何せこの町の事を全く知らないので、ハンナに付き合って歩けば、それなりに町の情報を得られるだろう。
部屋に入り荷物を置き、椅子に腰掛けて煙草に火をつける。
ハー………うまい!
少しバタバタと動きすぎた…太郎は冷静に考える。
今の段階で、ハンナに太郎の能力を話して良いものか……
細々な物を買い揃えるつもりだったが、よくよく考えれば次元マーケットで全て揃えられるからだ。
金を稼ぐだけだったら、次元マーケットで塩を買って、こちらで売ればボロ儲けだろう。
(……いや、それじゃ転売屋になってしまうな…)
次元マーケットの事をハンナに話すのは時期早々と判断した。
ただ、パーティーを組むのだから、太郎がこの世界の常識を余りにも知らない事に、ハンナが疑問を持つ可能性がある。
(自分が"迷い人"だと話しておくべきだろう…)
部屋の扉がノックされ、ハンナの声がする。
(さて、買い物にいくか)
「えー!ジオライトさんのパーティーに助けられたんですか…」
「そうだが…それ程驚くことなのか?」
ハンナは何度も首を縦に振る。
ジオライト達のパーティー"辣腕"は武のジオライト。知のマシュタール 技のランドの三人で構成された金等級に一番近いパーティーだと言う。
金等級のパーティーがどれ程の物かは分からないが、大陸に四パーティーしか存在しない飛び抜けた実力の持ち主だと言う。
"辣腕"が金等級になれば、大陸五組目の金等級パーティーの誕生なのだそうだ。
太郎はその時の状況をハンナに話し、自分がこの世界の事を余り知らない事を正直に伝えると、ハンナは暫く考え込んでいたが、直ぐに太郎を見て"分かった。じゃあ、わからないことがあったら聞いて下さい"と、笑みをうかべる。
ハンナが始めに向かったのは、まぁ大体予想はついていたのだが、中古の服屋だった。
そこは昨日太郎が入った店で、店員も太郎の顔を見るなりニコニコと笑顔を浮かべ、昨日の靴の御礼を言ってきた。
どうやら昨日売った靴が、職人達の創作スピリットを燃え上がらせ、靴工房はさながら鉄火場の様相を見せているとの事だ。
今日は連れの買い物に来ただけと言うと、直ぐにハンナの手を引きあれこれ商品を説明してゆくのだった。
「…何か店員さんの迫力に押されて予定より買ってしまいました……」
どうやらこの娘は基本的に押しに弱い娘のようだ。膨らんだ布袋を抱えながらションボリしている姿は、太郎が夜の街で関わってきた女性達とは違う初々しい姿。
気の弱い女は夜の街にも居るには居るのだが、その気の弱さを更に利用する狡さが夜の街の女だった。
見たところ、ハンナと言う娘は、生き死にが日本とは比べ物にならない程身近な世界に生まれながら、良くこの性格のまま生きてこれたものだと太郎は感心している。
(歌舞伎町にいたら、直ぐに騙されて泥沼の様な生活を強いられるだろうな)
別に太郎は違う世界に来たからと言って、高校生デヴューならぬ異世界デヴューをするつもりなど全くない。
「そう言えば太郎さんはポーションとかは揃えていますか?」
ポーションが何なのか知らない太郎はハンナに説明を求める。
ハンナの説明によると、一般的にポーションと呼ばれる物は怪我などを治す薬で、その他に魔力ポーション。解毒ポーション。麻痺解除ポーション。体力回復ポーション等があると言う。
ハンナの説明で理解出来るものと出来ない物がある。
まず、魔力ポーションの魔力とは何なのか?と聞くと、ハンナも魔力が何なのかはわからないと言う。
ただ、魔法を使う時に消費される物で、魔法を使い過ぎると魔法を使えなくなり、身体的症状として倦怠感、目眩、眠気が襲って来るのだそうだ。
それが、魔力ポーションを飲むと解消され、高い魔力ポーションを飲めば直ぐに魔法を使えるのだと言う。
(………それって危ない薬何じゃねーのか?……ガンコロ(覚◯剤)やチャリ(コ◯イン)の効能に近いが…)
その魔力ポーションは依存性が無いのか聞くと"無いですよ?"と言われた。
どうやら魔力が何かを知る必要がある様だ。
体力回復ポーションに関しては、多分栄養剤で有ろうと推測する。
怪我を治すポーションに関しては、高い物だと切断された腕等も接合出来、更に高いエリクサーなる薬は欠損した肉体の再生迄してくれる……
ハンナの説明を聞いた太郎は絶句して立ち止まっていた。
「……あの…太郎さん?だ、大丈夫ですか?どうしました?」
「……いや、びっくりして、意識が飛んでいた…」
そのエリクサーは高いのか?と聞くと最低でも白金貨100枚はすると言う。
ハンナの言葉に太郎は納得する。
更には、そのエリクサーはこの国に二つ在るB等級ダンジョンの一つ、"不死の祠"の三層の宝箱から出た物だそうだ。
今迄見つかったエリクサーは二本だけだとハンナが教えてくれた。
冗談で"死者を生き返らせる薬は無いのか?"と聞くと、伝承ではあるとハンナは言う。
名前は"復活の薬"……安易な名前だった!
そんな話をハンナとしながら色々な店をまわり道を歩いていると、柄の悪い男達とすれ違う。
「いてー!姉ちゃんどこ見て歩いてんだ!ああ?」
「兄貴!大丈夫ですか!」
「肩が~!肩が折れた~!」
「アーニーキー!」
……なんだこいつら……
「おぅおぅ姉ちゃん。どーしてくれんだ!兄貴の肩が折れちまったじゃねーか!治療費出せや!」
……まじかこいつら………
いきなり怒鳴られパニックになるハンナ。
太郎は溜息を吐いてハンナを庇う位置に立つ。
「あ?何だオメェ?この女の連れか?」
「そうだが」
「じゃあ、オメェで良いから治りゅ!」
太郎がケンカキック(Level7)を軽くかますと、目の前の男は数メートル吹っ飛び体を痙攣させる。
肩が折れたと主張する男の胸倉を掴みチョウパン(Level5)を叩き込み、そのまま男の腹に膝蹴り(Level6)。
「おえぇぇ~」
男が崩れ落ち、腹を抱え転がった所に馬乗り(Level4)。
左拳で顔面。右拳で脇腹を抉る。
暫く殴っていると男は血の泡を吹き体が痙攣しだす。
太郎は立ち上がり、革袋から薬屋で買ったポーションを数本取り出し、痙攣している男にぶちまけると、薄い煙が立ち昇り逆再生の如く、男の怪我が治っていく。
「ハンナの言った通りだな…凄い効果だ」
太郎は再び男に馬乗りになり、拳を振り上げる。
「待ってくれ!すまねぇ!許してくれ!」
「ああ?てめぇ何いってんだ?」
「すまねぇ。調子に乗ってた。勘弁してくれ!」
太郎の後ろからハンナが"太郎さん、もう……"と言うので、渋々太郎は立ち上がると、殴られてた男が土下座をしながら懐から何かを取り出し、両手で包んだそれを太郎の前に置く。
「なんだこりゃあ?」
「め……迷惑掛けたお詫びです…」
太郎はしゃがんで男が差し出した銀貨二枚と銅貨数枚を拾い上げる。
「あのよ…もう少し相手見て因縁つけろよ。見る目無いと食えなくなるぞ?」
「すみません!以後気を付けます」
「……ああ、もう行って良いぞ」
「は、はい。し、失礼します」
男は数メートル後ろで倒れている男を担いで横の小道に消えて行った。
ハンナを振り向くと微かに体が震えていた。
「……少しやりすぎたか?」
太郎の言葉にハンナは涙目になる。
「やり過ぎですよ~」
「いや、でもちゃんとポーション使って治したろ?」
「傷治っても心折れちゃってますよあの人…」
「えー…そうか?平気だろ……」
太郎は頭を掻きながら周りを見渡すと、見学人もどうやらドン引きしているようだった。
「まぁ……今日はもう宿に戻ろうか」
太郎はハンナの肩に手を当てて、その場を去るのだった。
「………太郎さん。太郎さんって以前どんな仕事してたんですか?」
ハンナの質問に俺は答えられなかった。
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