出来損ないの人器使い

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第2章

22話「獣人の少女1」

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 茶色の髪の青年、エヴィエスは魔物に囲まれていた。

「どけぇ!」

 エヴィエスは眼前を塞ぐオークに突剣を振るう。
 しかし、青年の人器では僅かな傷しか付けることができない。

「クソッ!」

 青年の付けた傷など意に介さずに醜悪な見た目のオークは大きく振り上げた野太刀を青年に向かって振るう。

 ドンッという音と共に土煙が舞った。
 すんでのところで野太刀を躱した青年は転がりながら土煙から出てオークを睨みつける。

 青年の突剣では致命傷を与えられないということに気付いたのだろう。
 オークはニヤリと笑みを浮かべる。
 そして、エヴィエスの周りを囲うオーク達もあえて攻撃を仕掛けてこない。
 まるでこれから嬲り殺すことを楽しみにしているように。

「はぁ、はぁ、こいつ……」

 美しい満月の月明かりがエヴィエスの頬を伝う汗を照らす。

 俺は戻らなければならない。
 あの子を!あの人達を!見殺しにすることなんて出来ない!

 同調が出来ないエヴィエスにとって、オークに勝てないことは分かっている。

 自分はここで死ぬんだろう。

 だが、義理を果たさないまま死ぬ訳にはいかないのだ。

 ◆◆◆◆◆◆

 ーー数日前ーー

 人器使いエヴィエスとパートナーのナイは旅の途中で食べ物が尽きていた。
 もう丸2日まともな食べ物にありつけていない。

「エヴィ様ー、お腹すいたよー」

「お前が全部食べたのが悪いんだろ!」

「ひぃっ!怒らないで!」

 深緑の髪の少女ナイは怯えながら頭を抱えてしゃがみ込む。
 その小動物のように震える姿を見ると怒る気もなくなる。

「まあ……仕方ないな。ないものはないんだし……」

「許してくれるの?エヴィ様ありがとう!」

 ナイはさっきまで怯えていたのが嘘のように無垢な笑顔を向ける。

「はぁ……まったく」

 エヴィエスはため息を吐きながら頭を抱えた。

「それにしても、エヴィ様ここどこなのかな?」

「もうそろウェステの街が近いと思うんだけどな」

「それってどのくらい?」

「さぁ?1日か2日ぐらいじゃないかな」

「えー!そんなの無理!もう歩けないよーエヴィ様ー。おぶってー!」

 今度は床に寝転び駄々をこねるナイは子供そのものだった。

「……お前な……一応俺の従者だろ?」

 エヴィエスは駄々をこねるナイを見下ろしながら再度深いため息をついた。

「……!?」

 エヴィエスは前方の草むらで何かが動く気配を察する。

「……ナイ」

 身をかがめ地面に寝転んだナイを突剣に変えるやいなや、先手を取るべく草むらの気配に向かって飛び込む。

(捉えた!)

「……!!」

 気配の主を鋭い突剣で貫こうとした瞬間、エヴィエスは全力で自らの腕を止めた。

 エヴィエスが捉えた気配の主は、宝石の様な大きく美しい瞳が特徴的な少女であった。

「……獣人?」

 その少女は頭に小動物を彷彿とさせる耳を付けており、突然現れたエヴィエスに驚いたのか耳をピンと尖らせていた。

 こんな所に獣人がいるなんて信じられない。
 エヴィエスは鋭い眼差しを幼い少女に向ける。
 少女はまだ状況が理解できていないのかキョトンとした顔をしていた。
 しかし、彼女に敵意は全く感じられない。

「……失礼」

 エヴィエスはそう呟くとゆっくり突剣を下ろす。

「君は?」

「あっ、えっと私は……フィオ」

 慌てた身振りで彼女はエヴィエスに自己紹介をする。

「フィオ……ちゃんね。僕はエヴィエス。それとこいつはナイ」

 親指でクイっと指し示した先にはナイがぐったりと地面に横たわっている。

「……えっと」

 フィオはうつ伏せに横たわるナイに目線を向け、口を開こうとしたところでエヴィエスが口を挟む。

「ああ、こいつは気にしないで。それで、君はどうしてここに?」

 エヴィエスはナイを無視して話を続ける。

「この近くに私の暮らしてる村があるの。それで、私はいつもこの辺りに山菜を取りに来てるんです」

「そうか……」

 エヴィエスは神妙な顔で頷く。
 ここはウェステの街より東だ。西ならともかく東に獣人の村があるはずないのだ。

 すると、あたりにぐぅーっという音が響く。

「お腹空いたよーもう動けないー」

 ナイが再び喚きだす。

「……ナイ」

 なんでこんなのが自分の従者なのだろうか。
 子供の頃からずっと思い続けていた疑問だ。

「……あの。お腹が空いてるんですよね?であれば村に来ませんか?そこでなら何か用意でいると思うのですが……」

 呆れたエヴィエスをよそに、心配そうにフィオがナイに話しかける。

「え?いいの!?」

 ナイはパッと起きがりフィオを見つめる。

 はい!大丈夫ですよ

「やたー!!ありがとう!フィオちゃん!」

 ナイは満面の笑みを浮かべ、万歳をする。
 フィオはその様子をやや眉をひそめ困ったような笑顔で見つめていた。

 それがエヴィエスと獣人の少女フィオとの出会いだった。
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