カブトムシの居ない山

たろいも

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かぶとむしって何回言った?

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「カブトムシ採りに行こうぜ」
急に来た連絡は突拍子もないものだった。
縁側で夏の日差しを浴びながら携帯を見ていたらつい電話に出てしまったのだ。
電話の相手は友達ではない。いや、今は友達ではあるのか。俗に言う幼馴染みで元カノという立ち位置だ。
「なんでまたカブトムシなんだ。キャンプとか、バーベキューとかじゃないのか」
「そんなキャッキャウフフしたのは合わなかったでしょ」
「それはそうだけど......。てか表現が古いんだよ」
今時キャッキャもウフフも言う人はいなかろう。
「ま、今から行くから」
「おっおい」
言う間も無く切れる通話。きっと来るのは1分後くらいか、連絡が通じた時点で彼女は家を出る準備をし終えているはずだ。
やれやれ、長袖くらいは用意していくか......。

車、というか軽トラがすぐに到着した。
「いやぁあっついねー」
「そりゃ、夏だからな」
「冷たいねー」
「言ってろ」
彼女はエアコンも付けないので仕方なく窓を全開にする。暑いと思うならエアコンくらいつければ良いんだ。
意識しなければどうということもないが、色々なセミの鳴き声が聞こえてくる。
「夏だなぁ」
「夏だねぇ」
しばし無言。窓の外は変わらず店などない田んぼ畑ばかり。俺はこの地で一生を終えるつもりなんて無かったのにな。
「相変わらず変わりない風景でつまらないもんだ」
「そう?今は稲が育ってるしそのうちスイカも採れるはずだよ」
「世界はそれを四季というんだ」
変化ってのはそういうサイクルのことじゃない。

山に着く頃には空は月が綺麗に見えるようになっていた。
「はい、懐中電灯」
「随分用意がいいな」
持った感じ重量感のある良い品だ。さては前々から用意していたんだろう。
彼女は軽トラから白い布を取り出して言った。
「ほら、こっち持って。木に張るの」
「なんのために?」
「こうして広げて光を当てるとカブトムシが沢山集まるんだって。テレビでやってた」
「へえ、てかまさかこれを試すために俺を呼んだのか?」
「どうせ暇だったでしょ?私はいいアイデアが思い浮かぶと無視できない性格なの」
テレビの聞きかじりなんだからお前のアイデアではないだろ。とは言わなかった。俺は大人気ないことは卒業したのだ。
「まあやるだけやってみな。ただ俺はハチに刺されんのはごめんだからな」
「刺されたら救急車位呼ぶよ安心して」
それくらいされないと困る。

もう布を張り終えてから数時間経ったかもしれない。
仕事の愚痴やら、近況報告やら粗方話したらお互いまた黙ってしまった。
ぼーっと薄暗く輝く布を見つめる。寝そうで意外に眠くならない。
ちょくちょくカブトムシは光に誘われてやって来るものの、彼女は採ろうとはしなかった。
「ほら、お望みのカブトムシが来たぞ。採らないのか?」
「ううん。採りたかったのはカブトムシじゃなかったみたい」
昔から彼女は突拍子もない。ただそんな奇行に付き合ってやれる奴は多くは無いだろう。
もし着いて行ける奴が現れたなら俺は安心できると言うものだ。
なんで別れたのか、今となっては理由はささやか。でも元に戻るにはささやかな理由では済まないみたいだ。
俺たちはきっと飛んで火にいる夏の虫ほど単純では無い生き物なのだ。









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