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逃亡②
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ぐっすり眠れた。泥のように眠った。
一体何時間経ったのかもわからない。夢も見なかった。
俺がようやく覚醒したときは、多分、朝か昼だった。カーテンは閉めていたけれど隙間からうっすらとひかりが差し込んできている。
寝すぎて頭がぼうっとする。
コーヒーが飲みたい、なんてつまらない思考が浮かんだ。
コーヒーはないが、冷蔵庫に水くらいあるだろう。まったく水分を取っていなかったので喉はからから。
小さな冷蔵庫を開けると、はたしてペットボトルの水がちゃんと入っていた。
取り出して、キャップを開けて、中身を煽る。喉が渇きすぎていて、がぶがぶとがっつくように飲み、すべて飲み干してしまった。
ペットボトルを口から離して、はぁ、と息をつく。
少し人心地がついた。喉の渇きが癒されたほかにも、きんと冷たい水が頭をはっきりさせてくれたのだろう。
次には腹が減っているのを感じた。当たり前だ、昨日……なのかもはやわからなかったが、あの夜からなにも食べていないのだ。
きょろきょろと見回して、テーブルの上に冊子を見つけた。革の表紙がついた、高級感あるしっかりしたやつだ。ホテルの案内が書いてあるそれの一番最後に、ルームサービスのメニューが載っている。
色々と種類があるが、選ぶのも億劫だった。腹を満たせればなんでもいい。
よって、ちらりと見た時計がまだ朝食を頼める時間だったのでモーニングのセットを館内電話で頼んだ。
すぐにはこないだろうから、洗面所へ入る。
鏡を見ると、予想通り酷い顔をしていた。顔を洗えば少しはましになるだろう。お湯を出して洗顔して……軽く支度をする。
タイミングよく、ルームサービスが来た。そこでやっと、どのくらい久しぶりかもわからない食事にありついた。
やはりがっつくようになった。心はともかく、俺の体はずいぶん腹を空かしていたようなので。
パンと玉子、スープにサラダ……良いホテルだけあって、モーニングといってもそれなりに豪華な内容。ぺろりと平らげれば腹も気持ちも満ちた。
はーっと息をついて、再びベッドに倒れ込む。ぼうっと天井を見つめた。
胸の中は凪いでいた。あの夜あれだけ傷つき泣いたのが嘘のように。
ここにきて良かった、と思う。自宅にいたならこれほど落ちつくことはできなかっただろうから。
最悪、心を病んだりとか……とまで考えて、そこでやめておいた。
とりあえずしばらく居る場所は確保した。どうするかなんてわからないけれど、ひとまず居場所はある。
そんなことが頭に浮かびは消え、浮かびは消え……ぼうっと転がっているうちに、また数時間は経っていただろう。
はぁ、と息をついて俺は起き上がった。寝潰してしまったぶんは仕方がないが、連絡が必要だった。どこに、って、あちこちにだ。
寝る前に放り捨てたズボンのポケットからスマホを取り出したけれど、当たり前のように充電は切れていた。放置しすぎたらしい。
充電器に繋いで、しばらく置いて電池が回るのを待つ。
逃げ出したくせに、社会生活を完全には捨てられない。連絡しないと、なんて思うくらいには。そういうところは残念ながら、不良にはなれない。
というか、学生だから、大学もバイトも不自然にいなくなれば親に連絡が行ってしまう。それは困る。大変困る。だから必要なことだ。
適当に充電されただろうところで電源を入れて、思った通り大量の通知を見た。電話やらメールやらラインやら……何件あるやら。
それでも差出人はそれほどではなかった。
バイト先の店長。仲のいいスタッフ。
大学の友人。講義の教授。
そのくらい。
一番連絡があるかと思っていたヤツからは……なかった。
電話もメールもラインも履歴を見たけれど、なかった。ひとつも。
でもなにも思わなかった。寂しいともムカつくとも、あるいはどうでもいいとも。
感情が湧きおこらないのを感じつつ、俺はほかの連絡を片付けていく。
まず大学に電話をした。担任の教授あてに。
「どうした、荻浦。具合でも悪かったか」なんて言ってくれる初老の教授に、「すみません、風邪を引いたと思ってたんですけど、どうやらインフルらしいんです」なんて、『多少は長く休める』設定の嘘をついた。
「そうか、ゆっくり休めよ。食い物なんかはあるのか。診てくれるひとは」
嘘だというのに教授は心配そうな声で色々聞いてくれて、そして「治って学校に来るときには診断書を持ってくるんだぞ」ということになって、一応大学はカタがついた。診断書なんて手に入るわけはないが、そこはなんとか言い訳しようと思う。そのときになったらでいい。
そしてその設定で俺はあちこちに連絡を付けた。
友人には全部ラインで済ませた。喋るのが面倒だった。
バイト先にだけは電話をした。メールでは責任感のないヤツと思われるかもしれない。
どの相手も嘘をあっさり信じてくれて、「お大事に」と言ってくれた。
大丈夫、俺は独りきりじゃない。
連絡が済む頃にはそう実感できていて、気持ちも落ちついた。ひととの繋がりはあるし、とりあえず今のところは切ってしまうつもりもない。
ただ、連絡がこなかったヤツだけ。
ヤツだけが。
『切ってしまう』かもしれない。
俺はぼんやり考えて、少しだけスマホを見つめて……充電器に繋ぎなおして、ぽいっとテーブルに置いた。
一体何時間経ったのかもわからない。夢も見なかった。
俺がようやく覚醒したときは、多分、朝か昼だった。カーテンは閉めていたけれど隙間からうっすらとひかりが差し込んできている。
寝すぎて頭がぼうっとする。
コーヒーが飲みたい、なんてつまらない思考が浮かんだ。
コーヒーはないが、冷蔵庫に水くらいあるだろう。まったく水分を取っていなかったので喉はからから。
小さな冷蔵庫を開けると、はたしてペットボトルの水がちゃんと入っていた。
取り出して、キャップを開けて、中身を煽る。喉が渇きすぎていて、がぶがぶとがっつくように飲み、すべて飲み干してしまった。
ペットボトルを口から離して、はぁ、と息をつく。
少し人心地がついた。喉の渇きが癒されたほかにも、きんと冷たい水が頭をはっきりさせてくれたのだろう。
次には腹が減っているのを感じた。当たり前だ、昨日……なのかもはやわからなかったが、あの夜からなにも食べていないのだ。
きょろきょろと見回して、テーブルの上に冊子を見つけた。革の表紙がついた、高級感あるしっかりしたやつだ。ホテルの案内が書いてあるそれの一番最後に、ルームサービスのメニューが載っている。
色々と種類があるが、選ぶのも億劫だった。腹を満たせればなんでもいい。
よって、ちらりと見た時計がまだ朝食を頼める時間だったのでモーニングのセットを館内電話で頼んだ。
すぐにはこないだろうから、洗面所へ入る。
鏡を見ると、予想通り酷い顔をしていた。顔を洗えば少しはましになるだろう。お湯を出して洗顔して……軽く支度をする。
タイミングよく、ルームサービスが来た。そこでやっと、どのくらい久しぶりかもわからない食事にありついた。
やはりがっつくようになった。心はともかく、俺の体はずいぶん腹を空かしていたようなので。
パンと玉子、スープにサラダ……良いホテルだけあって、モーニングといってもそれなりに豪華な内容。ぺろりと平らげれば腹も気持ちも満ちた。
はーっと息をついて、再びベッドに倒れ込む。ぼうっと天井を見つめた。
胸の中は凪いでいた。あの夜あれだけ傷つき泣いたのが嘘のように。
ここにきて良かった、と思う。自宅にいたならこれほど落ちつくことはできなかっただろうから。
最悪、心を病んだりとか……とまで考えて、そこでやめておいた。
とりあえずしばらく居る場所は確保した。どうするかなんてわからないけれど、ひとまず居場所はある。
そんなことが頭に浮かびは消え、浮かびは消え……ぼうっと転がっているうちに、また数時間は経っていただろう。
はぁ、と息をついて俺は起き上がった。寝潰してしまったぶんは仕方がないが、連絡が必要だった。どこに、って、あちこちにだ。
寝る前に放り捨てたズボンのポケットからスマホを取り出したけれど、当たり前のように充電は切れていた。放置しすぎたらしい。
充電器に繋いで、しばらく置いて電池が回るのを待つ。
逃げ出したくせに、社会生活を完全には捨てられない。連絡しないと、なんて思うくらいには。そういうところは残念ながら、不良にはなれない。
というか、学生だから、大学もバイトも不自然にいなくなれば親に連絡が行ってしまう。それは困る。大変困る。だから必要なことだ。
適当に充電されただろうところで電源を入れて、思った通り大量の通知を見た。電話やらメールやらラインやら……何件あるやら。
それでも差出人はそれほどではなかった。
バイト先の店長。仲のいいスタッフ。
大学の友人。講義の教授。
そのくらい。
一番連絡があるかと思っていたヤツからは……なかった。
電話もメールもラインも履歴を見たけれど、なかった。ひとつも。
でもなにも思わなかった。寂しいともムカつくとも、あるいはどうでもいいとも。
感情が湧きおこらないのを感じつつ、俺はほかの連絡を片付けていく。
まず大学に電話をした。担任の教授あてに。
「どうした、荻浦。具合でも悪かったか」なんて言ってくれる初老の教授に、「すみません、風邪を引いたと思ってたんですけど、どうやらインフルらしいんです」なんて、『多少は長く休める』設定の嘘をついた。
「そうか、ゆっくり休めよ。食い物なんかはあるのか。診てくれるひとは」
嘘だというのに教授は心配そうな声で色々聞いてくれて、そして「治って学校に来るときには診断書を持ってくるんだぞ」ということになって、一応大学はカタがついた。診断書なんて手に入るわけはないが、そこはなんとか言い訳しようと思う。そのときになったらでいい。
そしてその設定で俺はあちこちに連絡を付けた。
友人には全部ラインで済ませた。喋るのが面倒だった。
バイト先にだけは電話をした。メールでは責任感のないヤツと思われるかもしれない。
どの相手も嘘をあっさり信じてくれて、「お大事に」と言ってくれた。
大丈夫、俺は独りきりじゃない。
連絡が済む頃にはそう実感できていて、気持ちも落ちついた。ひととの繋がりはあるし、とりあえず今のところは切ってしまうつもりもない。
ただ、連絡がこなかったヤツだけ。
ヤツだけが。
『切ってしまう』かもしれない。
俺はぼんやり考えて、少しだけスマホを見つめて……充電器に繋ぎなおして、ぽいっとテーブルに置いた。
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