HoneyComb,HoneyCome

甘い香りは道しるべ

　説明するつもりはなかった。必要ないと思ったからだ。
　ただ、紅茶を淹れた。かぐわしい茶葉の香りが部屋を満たす。
　始業のチャイムなどとっくに鳴り終えたのだろう。聞こえやしなかったけれど、部室の時計の針は授業中の時間を指していたから。
　けれどそれを見ても、私は「急がなきゃ」なんて言うつもりはなかったし、舞李もそうだったらしい。顔を見合わせて、なんだか笑ってしまった。授業をサボったことにではない。
「お茶でもいかが？」
　私は言ったし、舞李も「いただきます」と言った。
　それで私はいつもするように、いや、いつもよりずっと丁寧に紅茶を淹れた。
　出来上がった紅茶には当たり前のようにはちみつの瓶を添えた。
　お茶を飲むテーブル。二人で「いただきます」と言って、瓶を開ける。舞李も私もひとさじずつ、それを入れた。
　紅茶に落としたはちみつは、きっともうただのはちみつになっていた。紅茶に混ざって消えていく。
　ぽつぽつと話す内容は何気ないことだった。なんでも良かったので。
　授業サボらせてごめんなさい、とか、かまいません、とか、でもちょっと新鮮ね、とか。そんなこと。
　紅茶もなくなりそうになった頃、ふと舞李が言った。ティーカップを大切そうに手で包んで。
　それは私が先程、舞李のやわらかな頬を包み込んだように。
「私のことを甘いって言いましたけど、先輩も甘い香りがするんですよ」
　舞李は、はにかんだように笑うけれど、それは私にとってだいぶ驚きだった。
　香り？
　もちろんシャンプーだの香水だの、無粋な香りであるはずがない。
「シロップみたいな、甘い香り」
「お菓子みたいで幸せな気持ちになるんです」
　そのとおりの幸せそうな表情で舞李はふたこと、言った。
　そしてこれだけはちょっと恥ずかし気に、頬を薄桃に染めて言ってくれたのだった。
「私もずっと、それを味わってみたかったんです」


　それは彼女も私と同じ体質を持つということだろうか。
　一瞬考えたけれど、すぐに違うだろうと思った。
　女の子の持っている『甘い香り』。
　それは私でなくてもきっと誰しも胸に抱えている、大切なひとに届けるための道しるべ。


　（完）