トウシューズにはキャラメルひとつぶ

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!

文字の大きさ
上 下
37 / 125
白鳥の湖

1

しおりを挟む
 ここは地獄、憤怒の谷。両脇を小高い山に挟まれ、幅30m程の川が流れる浸食谷である。川から山までの間には平地や森林が広がっており、それなりの距離がある。この何処かにフェンリルは住んでいると言われているが、今回ダママの鼻に頼ることは出来ない。地獄の中でも強者に分類される二頭が出会ってしまった時、何が起こるか分からないからだ。

 という訳で人間と魔族だけのパーティーになっているわけだが、戦力の方は全く問題がない。現状考え得る最大戦力と言えるだろう。なぜなら歴代魔王が二人(うち、一人は現役)にその右腕とも言うべき側近が一名、荷物持ちが一名、なのだから。そして、何より当代魔王様には荷物持ちがいることで謎のバフがかかるらしい。そんな魔王様の側近は魔王様がいることで燃えるらしい。よくできた組み合わせだ。

 探索力にもさして問題があるわけではない。三人の魔族に備わった魔力感知がソナーのような働きをして検知範囲を広げているからである。今のところローラー作戦の要領でに川を上流に向かって進んでいるが、フェンリルらしき魔力は感知されていない。

 何か問題があるとすれば、ほんの僅かなすれ違い。実に研究熱心な先々代魔王様はちょっと目を離すと地獄の生態に夢中になっている。色ボケ魔王様は荷物持ちと腕を組んで歩くことに夢中になっている。荷物持ちは腕の柔らかい感覚に全集中している。側近は魔王様のそんな態度に集中力を欠いている。

 つまり、持ち味が全て殺されている。

「ネェ、デボラサン。チョット歩キニククナイ?」
「そうか? あ、見ろ! キーチロー! あそこにサラマンダーがいるぞ!」
「レアですか?」
「どうだろう? キャラウェイ殿! ってあれ?」

 また、姿が見えない、と思ったらむしろサラマンダーの後ろにすでに回り込んでいた。ものすごい勢いで華目羅の録画機能を活用している。

「す、すごい魔道具だこれは!」
「大丈夫かこのパーティー」

 思わず不安を口にせずにはいられなかった。俺の後ろでむくれているベルにもあえて届くように。

「デボラ様がどんどん遠くへ行ってしまう様です。少し寂しいですがこれも主《あるじ》の幸せの為ならば……」
「何を感傷に浸ってんの! 俺達はフェンリル捜索隊モフモフ探検隊でしょ! 早く目的を達成してみんなでモフろう!」
「そ、そうでしたね。任務に集中しなくては!」
「ベルよ、頼りにしておるからな!」
「嬉しいセリフなのに顔に締まりが……デボラ様……」

 その時突然、狼の遠吠えのような声が響き渡り、まるで木々が共鳴するかのようにザワザワと揺れ、川が波打った。

「近くはないがそこまで離れているわけでもないぞ。各自、魔力の感知! 方向だけでも探れ!」

 俺はせめて音の方向ぐらいは分からないかと一応耳を澄ませてみた。

「ふむ。運よく川のこちら側のようだな。わざわざ渡らなくて済みそうだ」
「そうですね。さあ、参りましょう!」
「ちょっと待って。さっきの遠吠え、はっきりした言葉じゃないんで自信ないけど、“侵入”と“警戒”を呼びかけていたような……」
「我らの存在がバレているのかもしれんな。やはり、こういう時にこそキーチローの力が役に立つ!」

 ん? ちょっと待てよ? “警戒”をってことは……。

「デボラ、気を付けた方がいい。わざわざ警戒を呼び掛けたってことは仲間がいると考えるのが自然だ」
「確かに。各自、警戒を怠るな! 有無を言わさず襲ってくる可能性が高い!」
「はっ!」
「ふむ、わかりました。あ、キーチロー君、サラマンダーは保護対象です」
「わかりました! とりあえず、サラマンダー君は暫定フィールドに送ります!」

 俺は今回もムシ網とムシカゴのセットで探検にやってきていた。何が捕まるかわからないしね。そして、ある意味武器としても優秀だ。襲い掛かられても不意打ちでない限り振り回しているだけでムシカゴに送れてしまう。

「よっ……と」

 幸い、サラマンダーは何の苦も無く捕まってくれた。

「素晴らしい魔道具ですわ……」

 そしてまた一人、魔道具の性能に驚いている人物が一人。そういえばベルはこれを生で見るのは初めてだったかな。

「よし、サラマンダー君。詳しく話している時間は無いけど悪いようにする気はない。一緒に来てくれるかい?」
「失礼ね。あたしは女よ! どうして会話ができるのか知らないけど、誘拐するつもり!?」

 言い終わるとサラマンダーは口からボッと小さく炎を吐き出した。

「あ、ごめん! 簡単に言うと絶滅危惧種を保護して回ってるんだ」
「檻に閉じ込められたりすんの嫌よ!?」
「大丈夫、転送先は駆け回れるぐらい広い。信じてほしい」
「ふーん、嘘だったら燃やすわよ!」
「ああ、ありがとう!」

 サラマンダーはまたボッと炎を吐くと手を上げた。挨拶のつもりだろうか。俺は転送ボタンを押して、サラマンダーを見送った。

「これでよし、と……」

「デボラさん!」
「うむ……。囲まれているようですな。ベル、結界の陣を張れるか?」
「お任せください!」

 言うが早いかベルは謎の言葉をつぶやきながら四方に札のようなものを投げた。どうやら簡易の魔法陣と言ったところらしい。投げた札から光が天に向かって立ち上り、それぞれの辺が空中で90°折れ曲がって立方体を成していく。結果、四畳半より少し広い結界が完成した。

 やがて草や森の陰から唸り声が響き始め、光る点が二つ、また二つと増えていく。獣の群れに囲まれている様だ。

「多分……フェンリルだよね?」
「ああ、だが厳密にはこいつらの統率者が所謂《いわゆる》“フェンリル”と呼ばれる奴だ。群れのボスだけがフェンリルと呼ばれる強個体であとはせいぜいがファングウルフと言ったところだな」
「よくご存じですね。デボラさん」
「『地獄生物大全』で予習済みです。はっはっは」

 キャラウェイさんは少し照れ臭そうに頭をかいた。

「簡易の結界ですので、フェンリルクラスに暴れられると長くは持ちません。説得にせよ、捕獲にせよ、お急ぎ頂くことをおススメします」
「分かった。いきなり襲ってくるようならとりあえずムシカゴへinしてもらおう」

 すると、何かの合図があったようにファングウルフの群れが一歩一歩と俺達に近づいてその姿を現し始める。人間界の狼より二回りほども大きく、特徴的な二本の大きな牙。食いつかれたら一たまりもないだろう。それらが喉を唸らせながらゆっくりと取り囲み始める。十数匹はいるだろうか。

「お前らか……侵入者は……」
「何をしに来た……」
「また……我らの同胞をさらって行く気か」

 取り囲むファングウルフたちが口々に威嚇ともとれる態度で吠え始める。

「待った、さらわれただって?」
「なぜ人間がここに……なぜ我らの声が聞こえ、貴様の声が届くのだ」

 ファングウルフが矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。どうやら向こうも会話が出来ることに困惑している様だ。

「俺の名はキーチロー。君らのボスは……」

 俺の質問が言い終わらないうちに結界に向かってミサイルのような勢いで巨大な物体が衝突した。どうやら辛うじて結界の崩壊は免れ、ぶつかってきた物体は弾き飛ばされたようだが、ゆっくりと態勢を立て直し、今度は悠然と近づいてきた。

「お、落ち着いて! あなたたちをさらいに来たわけでは……」

 いや、ある意味さらいに来たようなものか? いやいや! これは保護だ。

「我はフェンリル。この群れの統率者だ。何者だ、貴様!」

 どうやら、ファングウルフの内の一匹から俺の事を聞いたらしい。さて、どうやって説得した物か……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしたちの恋、NGですっ! ~魔力ゼロの魔法少女~

立花鏡河
児童書・童話
【第1回きずな児童書大賞】奨励賞を受賞しました! 応援して下さった方々に、心より感謝申し上げます! 「ひさしぶりだね、魔法少女アイカ」 再会は突然だった。 わたし、愛葉一千花は、何の取り柄もない、フツーの中学二年生。 なじめないバスケ部をやめようかと悩みながら、掛けもちで園芸部の活動もしている。 そんなわたしには、とある秘密があって……。 新入生のイケメン、乙黒咲也くん。 わたし、この子を知ってる。 ていうか、因縁の相手なんですけどっ!? ★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ わたしはかつて、魔法少女だったんだ。 町をねらう魔物と戦う日々――。 魔物のリーダーで、宿敵だった男の子が、今やイケメンに成長していて……。 「意外とドジですね、愛葉センパイは」 「愛葉センパイは、おれの大切な人だ」 「生まれ変わったおれを見てほしい」 ★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★ 改心した彼が、わたしを溺愛して、心をまどわせてくる! 光と闇がまじりあうのはキケンです! わたしたちの恋愛、NGだよね!? ◆◆◆第1回きずな児童書大賞エントリー作品です◆◆◆ 表紙絵は「イラストAC」様からお借りしました。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

山姥(やまんば)

野松 彦秋
児童書・童話
小学校5年生の仲良し3人組の、テッカ(佐上哲也)、カッチ(野田克彦)、ナオケン(犬塚直哉)。 実は3人とも、同じクラスの女委員長の松本いずみに片思いをしている。 小学校の宿泊研修を楽しみにしていた4人。ある日、宿泊研修の目的地が3枚の御札の昔話が生まれた山である事が分かる。 しかも、10年前自分達の学校の先輩がその山で失踪していた事実がわかる。 行方不明者3名のうち、一人だけ帰って来た先輩がいるという事を知り、興味本位でその人に会いに行く事を思いつく3人。 3人の意中の女の子、委員長松本いずみもその計画に興味を持ち、4人はその先輩に会いに行く事にする。 それが、恐怖の夏休みの始まりであった。 山姥が実在し、4人に危険が迫る。 4人は、信頼する大人達に助けを求めるが、その結果大事な人を失う事に、状況はどんどん悪くなる。 山姥の執拗な追跡に、彼らは生き残る事が出来るのか!

釣りガールレッドブルマ(一般作)

ヒロイン小説研究所
児童書・童話
高校2年生の美咲は釣りが好きで、磯釣りでは、大会ユニホームのレーシングブルマをはいていく。ブルーブルマとホワイトブルマーと出会い、釣りを楽しんでいたある日、海の魔を狩る戦士になったのだ。海魔を人知れず退治していくが、弱点は自分の履いているブルマだった。レッドブルマを履いている時だけ、力を発揮出きるのだ!

桜ヶ丘中学校恋愛研究部

夏目知佳
児童書・童話
御手洗夏帆、14才。 桜ヶ丘中学校に転入ほやほや5日目。 早く友達を作ろうと意気込む私の前に、その先輩達は現れたー……。 ★ 恋に悩める子羊たちを救う部活って何? しかも私が3人目の部員!? 私の中学生活、どうなっちゃうの……。 新しい青春群像劇、ここに開幕!!

推しにおされて、すすむ恋

またり鈴春
児童書・童話
有名な動画配信グループ ≪Neo‐Flash≫ そのメンバーの一人が、私の姉 なんだけど… 「少しの間、私と入れ替わって!」 急きょ、姉の代わりを務めることに!? ≪Neo‐Flash≫メンバー ┈┈┈┈┈┈✦ ①ノア(綾瀬 玲) 「君、ステラじゃないよね?」 ②ヤタカ(森 武流) 「お泊り合宿の動画を撮るぞー」 ③リムチー(乙瀬 莉斗) 「楽しみだね、ステラ!」 ④ステラ(表&姉➤小鈴つむぎ、裏&妹➤ゆの) 「(ひぇええ……!)」 ✦┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ でも姉の代わりを頑張ろうとした矢先 なぜかノアにバレちゃった…! 「俺以外の奴らに、その顔は禁止」 「ゆのを知るのは、俺だけってことで」 密かに推していたノアの 裏の顔や私生活が見られるだけじゃなく お泊まりなんて… もう、キャパオーバーですっ!

ヒミツのJC歌姫の新作お菓子実食レビュー

弓屋 晶都
児童書・童話
顔出しNGで動画投稿活動をしている中学一年生のアキとミモザ、 動画の再生回数がどんどん伸びる中、二人の正体を探る人物の影が……。 果たして二人は身バレしないで卒業できるのか……? 走って歌ってまた走る、元気はつらつ少女のアキと、 悩んだり立ち止まったりしながらも、健気に頑張るミモザの、 イマドキ中学生のドキドキネットライフ。 男子は、甘く優しい低音イケボの生徒会長や、 イケメン長身なのに女子力高めの苦労性な長髪書記に、 どこからどう見ても怪しいメガネの放送部長が出てきます。

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

処理中です...