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衝突
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気持ちの悪い感覚を抱えるのは、二人の居た一時間弱だけだと思っていた。
が、コトはそう簡単ではなかった。
むしろ二人が帰って、弘樹が一緒に出ていって、そして弘樹が数分後に帰ってきてから、閉店時間までそれは続いてしまった。
なにかあったわけではない。
けれど今日の来客の残していったものが店内に濃く漂っているようで。
游太はいつも通りにしているつもりだったけれど、そんなことができていないのは自覚していたし、弘樹も弘樹で普段通りとは程遠かった。
二人の居場所にいるのに、心はきっと遠くにあった。喧嘩をしたわけでもあるまいに。
やっと二十時が来て、最後の客が帰っていって。
游太はため息をついてしまった。今度こそ外に出てしまったため息。
それを見て、弘樹が眉を下げた。
「オツカレ」
オツカレ、の意味。
伝わってきてそれも游太の胸に刺さった。
ああ、本当にオツカレだよ。
なんて、嫌味のようなことが胸から湧いてきてしまった。そんな自分にもっと気持ち悪くなる。
「……うん。片付けよ」
「ユウ」
片付けのためにまずキッチンへ向かおうとした游太の腕を、弘樹が、ぱしっと掴んだ。それはまるで『逃がさない』と言いたげなもので。
嬉しいと思うところや安心するところだったのかもしれない。自分への気持ちを、触れることで示してくれたことで。
しかし今の游太にそれはできなかった。かえって気持ち悪さが強まってしまうくらい、游太の心は荒れていた。
「もう会わないよ」
游太の心の揺らぎはわかっているだろう。弘樹は静かに言った。
言われた言葉の意味が游太にはすぐにわからなかった。
会わない、ってなんだ。
理由がわからない、と思ったのは一瞬。それより弘樹の言い方が突き刺さった。
なんだそれ。
まるで浮気かなにかしていたみたいじゃないか。
なんでそんな言い方するんだ。
ぐらっと胸の中に熱いものが沸騰する。腹の中が気持ち悪い。
游太のその、弘樹の言い方から感じたものには気付かなかったのだろう。弘樹は淡々と続けた。
「もう連絡しないでくれって言ったよ。結婚するんだから、ほかの男、しかも一応元カレに連絡するなんて良くないだろって」
ひとつずつ言われるそのこと。
嬉しいはずのことだった。
弘樹がはっきり彼女を突き離してくれたのだから。
喜ぶべきところなのだから。
喜ぶのだってひとが悪いだろうが、今、游太の胸の中にあるものよりはずっとましだったろう。
「結婚式は出るよ。けどそれで終わりだ」
最後に言われたのが結論だった。弘樹はそっと游太の腕から手を離した。それにまた心の中がぐらりと揺れる。
弘樹が自分のもとに居てくれる。
そう言ってくれたも同然なのに、ちっともそう感じられない。
挙句、その言葉に対しても、わかるもんか、と思った。あれだけ執着していたのだ、今の男とうまくいかなければ押しかけてきて、不倫なりなんなり持ちかけてくるんじゃないか。
性格の悪いことだったがそういう思考がはっきり浮かんだ。
それを口に出すことは流石にできない。
けれどほかのことも浮かばない。なにを言っていいのかわからなかった。
わかるのは、胸の中にあるこの気持ち悪い気持ちや感覚は、吐き出してしまわなければいけないということ。抱えたままではいけない。
でもぶつける相手は弘樹ではない。それはしてはいけないことだ。
だって弘樹は游太のためにこうしてくれているのだから。その気持ちに泥をかけるようなことだ。
けれど今の游太には、ほかに気持ちを逃がしてやれる場所も余裕もなくて。
ただ「そう」とだけ言った。
どうしたらいいかわからない。とにかくこの場を離れてしまいたくて、一歩踏み出したのに、もう一度弘樹に捕まえられてしまった。
そこからなにか、ぞくっと気持ちの悪い感覚が這い上がる。游太の身がぶるりと震えた。
「……まだ不満かよ」
それは予兆だったのかもしれない。弘樹が次に言った、その言葉に対する。
が、コトはそう簡単ではなかった。
むしろ二人が帰って、弘樹が一緒に出ていって、そして弘樹が数分後に帰ってきてから、閉店時間までそれは続いてしまった。
なにかあったわけではない。
けれど今日の来客の残していったものが店内に濃く漂っているようで。
游太はいつも通りにしているつもりだったけれど、そんなことができていないのは自覚していたし、弘樹も弘樹で普段通りとは程遠かった。
二人の居場所にいるのに、心はきっと遠くにあった。喧嘩をしたわけでもあるまいに。
やっと二十時が来て、最後の客が帰っていって。
游太はため息をついてしまった。今度こそ外に出てしまったため息。
それを見て、弘樹が眉を下げた。
「オツカレ」
オツカレ、の意味。
伝わってきてそれも游太の胸に刺さった。
ああ、本当にオツカレだよ。
なんて、嫌味のようなことが胸から湧いてきてしまった。そんな自分にもっと気持ち悪くなる。
「……うん。片付けよ」
「ユウ」
片付けのためにまずキッチンへ向かおうとした游太の腕を、弘樹が、ぱしっと掴んだ。それはまるで『逃がさない』と言いたげなもので。
嬉しいと思うところや安心するところだったのかもしれない。自分への気持ちを、触れることで示してくれたことで。
しかし今の游太にそれはできなかった。かえって気持ち悪さが強まってしまうくらい、游太の心は荒れていた。
「もう会わないよ」
游太の心の揺らぎはわかっているだろう。弘樹は静かに言った。
言われた言葉の意味が游太にはすぐにわからなかった。
会わない、ってなんだ。
理由がわからない、と思ったのは一瞬。それより弘樹の言い方が突き刺さった。
なんだそれ。
まるで浮気かなにかしていたみたいじゃないか。
なんでそんな言い方するんだ。
ぐらっと胸の中に熱いものが沸騰する。腹の中が気持ち悪い。
游太のその、弘樹の言い方から感じたものには気付かなかったのだろう。弘樹は淡々と続けた。
「もう連絡しないでくれって言ったよ。結婚するんだから、ほかの男、しかも一応元カレに連絡するなんて良くないだろって」
ひとつずつ言われるそのこと。
嬉しいはずのことだった。
弘樹がはっきり彼女を突き離してくれたのだから。
喜ぶべきところなのだから。
喜ぶのだってひとが悪いだろうが、今、游太の胸の中にあるものよりはずっとましだったろう。
「結婚式は出るよ。けどそれで終わりだ」
最後に言われたのが結論だった。弘樹はそっと游太の腕から手を離した。それにまた心の中がぐらりと揺れる。
弘樹が自分のもとに居てくれる。
そう言ってくれたも同然なのに、ちっともそう感じられない。
挙句、その言葉に対しても、わかるもんか、と思った。あれだけ執着していたのだ、今の男とうまくいかなければ押しかけてきて、不倫なりなんなり持ちかけてくるんじゃないか。
性格の悪いことだったがそういう思考がはっきり浮かんだ。
それを口に出すことは流石にできない。
けれどほかのことも浮かばない。なにを言っていいのかわからなかった。
わかるのは、胸の中にあるこの気持ち悪い気持ちや感覚は、吐き出してしまわなければいけないということ。抱えたままではいけない。
でもぶつける相手は弘樹ではない。それはしてはいけないことだ。
だって弘樹は游太のためにこうしてくれているのだから。その気持ちに泥をかけるようなことだ。
けれど今の游太には、ほかに気持ちを逃がしてやれる場所も余裕もなくて。
ただ「そう」とだけ言った。
どうしたらいいかわからない。とにかくこの場を離れてしまいたくて、一歩踏み出したのに、もう一度弘樹に捕まえられてしまった。
そこからなにか、ぞくっと気持ちの悪い感覚が這い上がる。游太の身がぶるりと震えた。
「……まだ不満かよ」
それは予兆だったのかもしれない。弘樹が次に言った、その言葉に対する。
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