無人島で恋はできない

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『レニティフ』のはじまり②

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「ユウ、バリスタのレベル1取っただろ。それが生かせるじゃないか」
 確かに游太はバリスタの試験をなんとなく受けて、無事にレベル1を取得してしまっていた。その頃、既にコーヒーについての知識を勉強して腕を磨くことに楽しみを見いだしていた游太は、腕試しくらいの気持ちで受けたのだけど、受かれば嬉しいだけでなく時給も上がったし、もうちょっと上を目指してみてもいいかなぁ、と思っていたところであった。
 しかしあくまでもそれはバイトの一環だ。確かにバリスタレベルは店を出せる肩書ではあるが、重みが違う。
「経営なんてできるわけないだろ」
 やっと言った。
 そうだ、自分にできるはずがない。大雑把な性格は自覚しているし、細かい金勘定だの難しい書類だの、あるいは税金だの……そういうことなど、とても。
 おまけに実家暮らしで、金銭面に関しては一ヵ月の生活費のやりくりレベルだってしたことがない。現実味がまるでなかった。
 そこへ弘樹が言い切ったのだ。
「そこは俺がやる。ユウには別のところで力になってもらいたい。具体的にはバリスタレベル2とか3を取って……そっちのスペシャリストになってほしいんだ」
 そこから、大学の教授やバイトの店長、マネージャーに話を聞いてもらって具体的な相談をしたこと、また民間のセミナーなどにも行ってみたことなどを、次々に聞かされた。
 作業分担をすることの大切さは、部活やバイトで散々思い知っていたし学習するようになっていたから、きっぱりと役割分担を決めて、苦手なところを弘樹に任せてしまえば確かに雲の上ではないと思った。
 が、それは弘樹におんぶにだっこになるのではないか。自分はコーヒーを淹れるだけでいようなど。
 そう思っておそるおそる口に出したのだけど、それは否定された。
「俺が苦手でユウが得意なことだって山のようにあるさ。バリスタに関しては今、もうすでに当たり前だし、店の経営だって金を数えて書類を書いてりゃいいだけのもんじゃない。社交的なのは俺よりユウのほうだ。外とのパイプになってほしい」
 自分にもできることがあると言われてしまえば確かにそのとおりであったし、そういう役割ならば仕事としてもできるかもしれないと思わされた。
 具体的な話は実に数時間にも及んで、午後からはじまった話は日が暮れるまで続いた。
 最後に弘樹は一番大切なことを言った。
「俺はユウと一緒にいたいだけじゃない。仕事中もべったりしたいなんて、そんな甘ったるい理由だけじゃない」
 告白してくれたときと同じ、游太の手を握って。
「ユウと二人の場所が欲しいんだ。それを考えたとき、一番はじめに浮かんだのはコーヒーの香りだった。ユウが淹れるコーヒーの香りでその『二人の場所』を満たせたらどんなに幸せだろうかって思った」
 バイト先でコーヒーを淹れるだけでない。この部屋……弘樹の家には既にバイト先で使っているのと遜色ないようなコーヒー用品が揃っていた。游太がとびきり美味しいコーヒーを淹れられるように。
 その香りでたっぷりとこの家を満たすこと。そこから思ってくれたのだろう。
 そのあとのことは決まっていた。
「一生隣にいてくれ。同じ居場所でだ」
 『結婚してくれ』よりも随分具体的で現実的なプロポーズであった。
 そのあと、「籍を入れるとか入れないとか、そういうのはまた別に、じゅうぶん考えてからでいい」と言われたけれど。弘樹にとっては、戸籍だのの書類上の出来事よりも、はっきりとした『場所』のほうが、ある意味もっとしっかりとしたプロポーズだったのだろう。
 そして游太はその言葉に感じ入ってしまったものだ。
 この『一生隣にいる』スタンスがしっくりくると思ってしまったもので。婚姻よりも、同棲よりも、はっきりとした結びつき。それが欲しい、と思った。
 思ってしまえば弘樹の手を握り返すのはすぐであったし、腰が引けていた具体的な話も、しっかり向き合う現実のものとなっていた。
「ヒロもずっと隣にいてくれるんなら」
「当たり前だろ」
 決まったのはあっさりだったのかもしれない。しかしそれは、告白を受け入れたときとは意味がまったく違っていた。
 ああ、こういうのもアリか、どころではない。
 これしかないと思った。
 この手を取るのが自分の一番の幸せだと。
 このひとの隣にいるべきだと。
 そして『二人の場所』になったところ。店舗とする建物の契約をして、現実としての空間になったところに名前を付けた。
 カフェ『レニティフ』。
 意味は『安らげる場所』。
 游太と弘樹が『安らげる』場所だけではない。
 コーヒーの香りで満たしたい、と弘樹が言ってくれた空間。そこに来てくれたひとたちもまた『安らげる』ように。優しい香りと空間を提供したい、という気持ちも込めて。
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