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今朝の珈琲は……
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こぽこぽと音を立てて、焦げ茶の液体がドリッパーを通過してサーバーに落ちていく。
ぽた、ぽた、とひとしずくずつ落ちていくそれを見つめるのは、今は游太ではなかった。
一夜が明けても游太はベッドから起き上がれなかったゆえに。
夜が激しかったからだけではない。見事に二日酔いになってしまったからである。弘樹の危惧した通りになってしまったというわけだ。
いつもの時間に起きたものの、頭がガンガン痛んで締め付けられるようで、おまけに気分も悪い。ついでに腰も痛いときた。
弘樹はやはり苦笑したけれど、一応原因の一端がないではない。游太に誘われるままにノッてしまった、という。一端過ぎるところではあるが、一応。
体を起こした直後、頭を押さえてベッドに倒れ込んだ游太を見て「しょうがないな。今日は休んでなよ」と言ってくれた。
そしてご丁寧にたっぷりの水と薬、おまけにお粥まで煮て世話をしてくれたというわけ。こういうところは世話焼きというか、それを通り越して過保護といえるかもしれなかった。
だがそれは游太にとっては、弘樹に愛されている、大切にされていると感じられる重要なポイントであったし、弘樹とて嫌々やっているわけではないことくらいわかる。つまり、うまく噛み合っていたわけだ。
遅すぎることだがそれでも水をしっかり飲み、お粥を食べ、薬を飲み游太は再びベッドへ入る。すぐにうとうとと眠気が襲ってきた。
昨夜はセックス直後に半ば意識を失うように眠って、つまり時間的にはしっかり睡眠を取っていたのだが、なにしろ酷く酔っていたのだ。質のいい睡眠であったはずがない。
よって游太は摂るものを摂ったあとは、またとろとろと眠くなってきた。自分の体温であたたまった布団も心地いい。
おまけにこれまたご丁寧に弘樹がシーツを変えてくれたので、アルコールと煙草の香りはだいぶ薄れていた。自身が風呂に入れていないのでどうしてもすべては消えないけれど、意識しなければ感じないくらいに。
心地いい環境ですぐに眠ってしまった游太が目を覚ましたのは昼近くだった。数時間も眠っていたらしい。
ぼんやり目を開けて、ゆっくり起き上がれば朝ほど頭痛は酷くなかった。まだ重たい感じはするけれど、キリキリ、ズキズキといった激しい痛みは引いている。
そこへ鼻孔をくすぐるものがあった。
それはコーヒーの香り。階下から漂っているのだろう。弘樹が店を開けてくれたということだ。
申し訳なさを感じる。オープン準備も店の切り盛りもすべて任せてしまった。今日は平日で、そして今はまだ昼で、客は少ないほうだとは思うがわからない。
それにいつも二人でしていることなのだから当たり前のように負担は大きい。
しかしそれでも、游太は確かに幸福感を感じた。
コーヒーの香ばしい香り。
優しい香り。
二人の幸せの香り。
気持ちを嫌なほうへ揺さぶられたり、波立たせるようなにおいではない。
ああ、ずっとここにいたい。
游太はそっと布団を握りしめた。
勿論布団の中にではない。二人の家であり、居場所であり、生活の糧であるこの場所に、だ。
なにか喧嘩をすることがあっても、ぶつかりあいがあっても、この香りがあればきっと元に戻れると感じさせてくれるのだから。
しかし香りに浸っている場合ではないし、できれば弘樹に一日すべてを任せてしまいたくもない。動けるようなら少しでも店に出よう、と游太はベッドから起き上がった。
ちょっと不安だったけれど、ふらつくということもない。アルコールはすっかり抜けたようだ。これなら激しい作業、ホールを歩き回ったり重い備品を整理したりというものでなければ店に出られるはず。
でもまずは風呂に入らなければいけない。アルコールと煙草の臭いをくっつけたまま店になど出られないし、自身としてもそんなことはごめんだ。
とりあえず顔を洗って風呂に、と思った游太だったが、その前に、と思う。
店はどんな混み具合だろうか。それによって急ぐべきなのか否かが変わってくるので、一応様子を見ておこう、と游太は階段へ向かい、そして階下へと降りた。
お客に見られるのは少し気まずいので、店へ繋がっているドアをそっと開けて、覗くだけにとどめておく。
ドアを開けると、コーヒーの香りがもっと強く香った。しかしそれは嗅ぎ慣れたものとはちょっと違うもの。と、匂いのもとに近付いた今では游太に判断させた。
違う、けれど。
その香りはかえって游太に笑みを零させてくれたのだった。
そしてそれを裏付けるように、店内にはひとがいた。
エプロンをした弘樹とお客。常連のお客だ。会話の内容がかすかに聞こえる。
「今日は相沢くんのコーヒーかい?」
「あ、わかりますか」
弘樹が答える。
そう、これが答え。弘樹が淹れたコーヒーは、游太の淹れるものと味が違う。
同じ豆を使って、同じ道具を使って、きちんと手順を踏んで淹れて、としても味が違うのだ。それは腕前もあるけれど、ひとによってどうしても多少は変わってくるものなので。
游太は弘樹の淹れるコーヒーも好きなのだけど、お客もわかるひとはわかるらしい。常連なら游太の淹れるものを飲み慣れているので、ありえなくはないだろうが。
それでも微妙な違いを感じ取れるひとは多くないだろう。そもそも弘樹の淹れるコーヒーを飲める機会が相当少ないのだし。
「相沢くんの淹れるののほうが、あっさりしてるからね」
「そうですかぁ、同じように淹れてるつもりなんですけどねぇ」
弘樹は笑って頭に手を遣ったようだ。くしゃりと茶色の髪が揺れる。
今日座っているのはがっしりした体型の中年の男性だった。平日休みの不定休だそうで、休みの日はたまに来てコーヒーを飲んでいってくれるほどに常連の一人。
「相沢くんのだって美味しいじゃないか。俺はこっちも好きだね」
そこへもうひとつ声が聞こえた。游太のいるところからは見えなかったが、もう一人常連がいたようだ。そしてその彼は弘樹のコーヒーを褒めてくれている、と。
「それに瀬戸内くんのいるときには飲めないんだからレアだよ、レア!」
「ま、そうだけどね」
レアだと言った彼の声で、あはは、と笑う声がして、続いて先程の常連と弘樹も一緒に笑う声が聞こえた。
游太は二重の意味で小さく笑ってしまう。
自分の淹れるコーヒーを気に入ってこういう会話にしてくれるのが嬉しい。
そして弘樹の淹れるものを気に入ってくれるひともいる。その事実も嬉しい。この店のお客はあったかいひとが多いのだ。それは自分たちの作り上げたこの空間を気に入ってきてくれているのだから、そうであったら嬉しいことである。
でも弘樹に自分のすべき仕事を任せてしまったのは申し訳ない。午後からは仕事に出よう、と思って游太はそっとドアを閉めた。
シャワーを浴びて、着替えて、髪をとかして、結って。きちんと店に立つ格好をして、そして弘樹と同じ空間で過ごすのだ。
今、きてくれているお客に自分の淹れるコーヒーは間に合わないだろう。
でもまたきてくれるはずだから。そのときは自分のコーヒーの香りで満たしてお迎えしよう、と思って游太は音をたてないように階段をのぼっていった。
ぽた、ぽた、とひとしずくずつ落ちていくそれを見つめるのは、今は游太ではなかった。
一夜が明けても游太はベッドから起き上がれなかったゆえに。
夜が激しかったからだけではない。見事に二日酔いになってしまったからである。弘樹の危惧した通りになってしまったというわけだ。
いつもの時間に起きたものの、頭がガンガン痛んで締め付けられるようで、おまけに気分も悪い。ついでに腰も痛いときた。
弘樹はやはり苦笑したけれど、一応原因の一端がないではない。游太に誘われるままにノッてしまった、という。一端過ぎるところではあるが、一応。
体を起こした直後、頭を押さえてベッドに倒れ込んだ游太を見て「しょうがないな。今日は休んでなよ」と言ってくれた。
そしてご丁寧にたっぷりの水と薬、おまけにお粥まで煮て世話をしてくれたというわけ。こういうところは世話焼きというか、それを通り越して過保護といえるかもしれなかった。
だがそれは游太にとっては、弘樹に愛されている、大切にされていると感じられる重要なポイントであったし、弘樹とて嫌々やっているわけではないことくらいわかる。つまり、うまく噛み合っていたわけだ。
遅すぎることだがそれでも水をしっかり飲み、お粥を食べ、薬を飲み游太は再びベッドへ入る。すぐにうとうとと眠気が襲ってきた。
昨夜はセックス直後に半ば意識を失うように眠って、つまり時間的にはしっかり睡眠を取っていたのだが、なにしろ酷く酔っていたのだ。質のいい睡眠であったはずがない。
よって游太は摂るものを摂ったあとは、またとろとろと眠くなってきた。自分の体温であたたまった布団も心地いい。
おまけにこれまたご丁寧に弘樹がシーツを変えてくれたので、アルコールと煙草の香りはだいぶ薄れていた。自身が風呂に入れていないのでどうしてもすべては消えないけれど、意識しなければ感じないくらいに。
心地いい環境ですぐに眠ってしまった游太が目を覚ましたのは昼近くだった。数時間も眠っていたらしい。
ぼんやり目を開けて、ゆっくり起き上がれば朝ほど頭痛は酷くなかった。まだ重たい感じはするけれど、キリキリ、ズキズキといった激しい痛みは引いている。
そこへ鼻孔をくすぐるものがあった。
それはコーヒーの香り。階下から漂っているのだろう。弘樹が店を開けてくれたということだ。
申し訳なさを感じる。オープン準備も店の切り盛りもすべて任せてしまった。今日は平日で、そして今はまだ昼で、客は少ないほうだとは思うがわからない。
それにいつも二人でしていることなのだから当たり前のように負担は大きい。
しかしそれでも、游太は確かに幸福感を感じた。
コーヒーの香ばしい香り。
優しい香り。
二人の幸せの香り。
気持ちを嫌なほうへ揺さぶられたり、波立たせるようなにおいではない。
ああ、ずっとここにいたい。
游太はそっと布団を握りしめた。
勿論布団の中にではない。二人の家であり、居場所であり、生活の糧であるこの場所に、だ。
なにか喧嘩をすることがあっても、ぶつかりあいがあっても、この香りがあればきっと元に戻れると感じさせてくれるのだから。
しかし香りに浸っている場合ではないし、できれば弘樹に一日すべてを任せてしまいたくもない。動けるようなら少しでも店に出よう、と游太はベッドから起き上がった。
ちょっと不安だったけれど、ふらつくということもない。アルコールはすっかり抜けたようだ。これなら激しい作業、ホールを歩き回ったり重い備品を整理したりというものでなければ店に出られるはず。
でもまずは風呂に入らなければいけない。アルコールと煙草の臭いをくっつけたまま店になど出られないし、自身としてもそんなことはごめんだ。
とりあえず顔を洗って風呂に、と思った游太だったが、その前に、と思う。
店はどんな混み具合だろうか。それによって急ぐべきなのか否かが変わってくるので、一応様子を見ておこう、と游太は階段へ向かい、そして階下へと降りた。
お客に見られるのは少し気まずいので、店へ繋がっているドアをそっと開けて、覗くだけにとどめておく。
ドアを開けると、コーヒーの香りがもっと強く香った。しかしそれは嗅ぎ慣れたものとはちょっと違うもの。と、匂いのもとに近付いた今では游太に判断させた。
違う、けれど。
その香りはかえって游太に笑みを零させてくれたのだった。
そしてそれを裏付けるように、店内にはひとがいた。
エプロンをした弘樹とお客。常連のお客だ。会話の内容がかすかに聞こえる。
「今日は相沢くんのコーヒーかい?」
「あ、わかりますか」
弘樹が答える。
そう、これが答え。弘樹が淹れたコーヒーは、游太の淹れるものと味が違う。
同じ豆を使って、同じ道具を使って、きちんと手順を踏んで淹れて、としても味が違うのだ。それは腕前もあるけれど、ひとによってどうしても多少は変わってくるものなので。
游太は弘樹の淹れるコーヒーも好きなのだけど、お客もわかるひとはわかるらしい。常連なら游太の淹れるものを飲み慣れているので、ありえなくはないだろうが。
それでも微妙な違いを感じ取れるひとは多くないだろう。そもそも弘樹の淹れるコーヒーを飲める機会が相当少ないのだし。
「相沢くんの淹れるののほうが、あっさりしてるからね」
「そうですかぁ、同じように淹れてるつもりなんですけどねぇ」
弘樹は笑って頭に手を遣ったようだ。くしゃりと茶色の髪が揺れる。
今日座っているのはがっしりした体型の中年の男性だった。平日休みの不定休だそうで、休みの日はたまに来てコーヒーを飲んでいってくれるほどに常連の一人。
「相沢くんのだって美味しいじゃないか。俺はこっちも好きだね」
そこへもうひとつ声が聞こえた。游太のいるところからは見えなかったが、もう一人常連がいたようだ。そしてその彼は弘樹のコーヒーを褒めてくれている、と。
「それに瀬戸内くんのいるときには飲めないんだからレアだよ、レア!」
「ま、そうだけどね」
レアだと言った彼の声で、あはは、と笑う声がして、続いて先程の常連と弘樹も一緒に笑う声が聞こえた。
游太は二重の意味で小さく笑ってしまう。
自分の淹れるコーヒーを気に入ってこういう会話にしてくれるのが嬉しい。
そして弘樹の淹れるものを気に入ってくれるひともいる。その事実も嬉しい。この店のお客はあったかいひとが多いのだ。それは自分たちの作り上げたこの空間を気に入ってきてくれているのだから、そうであったら嬉しいことである。
でも弘樹に自分のすべき仕事を任せてしまったのは申し訳ない。午後からは仕事に出よう、と思って游太はそっとドアを閉めた。
シャワーを浴びて、着替えて、髪をとかして、結って。きちんと店に立つ格好をして、そして弘樹と同じ空間で過ごすのだ。
今、きてくれているお客に自分の淹れるコーヒーは間に合わないだろう。
でもまたきてくれるはずだから。そのときは自分のコーヒーの香りで満たしてお迎えしよう、と思って游太は音をたてないように階段をのぼっていった。
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