遅咲き鬱金香(チューリップ)の花咲く日

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!

文字の大きさ
上 下
121 / 125

春間近②

しおりを挟む
 話題はそのまま名前だったけれど。機嫌よさげに麓乎は言った。
「私はきみの名が好きだからね。良い意味があるだろう」
 名前を褒められればやはり嬉しい。金香がお礼を言う声も明るくなった。
「『巴』は、繋がりを示す意味だね。円を描くだの色々とあるけれど……『ひととの繋がり』を表している解釈が私は好きかな」
 金香は背筋を伸ばして言う。
「はい。……もう、独りではありませんから」
 「おや、随分自信がついたね」と麓乎はくすくすと笑った。
 自己評価の低いところがある、と言われたり。
 はたまた、父親に新しい伴侶ができて不安になったり。
 そのような、通ってきた道のりを思えば当然だろう。しかし誇らしいことだ。
「『金香』も良い名前だ。響きが良いし、『金』も『香』も美しさを表す字だね」
「ありがとうございます」
 名前も褒められた。
 自分でも好きな名前なのだ。女性らしい響きを帯びていると思う。
 ほかに同じ名の女性に出会ったことがないことも『自分』という『個』を感じられるのだ。
「それに、『金』と『香』が繋がるのも良いところだ」
 しかし次に言われたその言葉に、金香はきょとんとしてしまう。
 確かに良い字であるものの、麓乎の物言いは、『繋がることでなにか意味がある』という様子だったので。
 金香がわかっていない、と見てとったのだろう。おや、という顔をした。
「知らないのかい?」
「……なにかあるのでしょうか」
「いや、……『良い』とだけ知っていれば良いよ」
 ちょっと黙って。
 しかしそれに続く言葉はなかった。
 あったのだが、多分それは、麓乎の意図とは違ったものであっただろう。
「なにしろ特別だからね。最初から名前で呼びたいと思っていた」
「……ありがとうございます」
 はぐらかされた。
 思ったものの、金香は追及しなかった。麓乎が『良い意味がある』と評してくれたことだけでも単純に嬉しかったので。
「実は、志樹がきみを、私より先に名前で呼んだことに嫉妬したのだよ」
 ふっと笑って打ち明けられた。たまに見せる、子供のような眼をして。
 金香は驚いてしまった。
 確かに初めてこの屋敷にきた日。
 麓乎の兄であり、弟弟子である志樹を紹介されて、他人ではないのだから名前で呼んでいいかと訊かれて、そして名前で呼び、呼ばれることに決まった。
 そのとき、麓乎は「私は仲間外れかい」と言ったのだ。
 あれが嫉妬だった、なんて。
 確かにあのとき既に、それを子供のような言い方だと思ったけれど。
 しかし、単にそういうことを気にするだけだと、そのときは思っていた。
 それが嫉妬という感情だったと言われて驚いた。
 このひとはそんなこと、思わないと思っていた。金香より随分年上で、立派な大人で、堂々としていながら穏やかなひとで。
 ああ、でも完全な存在ではない。苦手なものだってある。
 たとえば、犬。
 ほんの小さな子犬にも遭遇したくないと思ってしまい、道を変えたいなどと言い出すような、確かにここに生きている人間なのだ。
 そう、金香と並んで歩いてくれる、確かにここに居るひと。
「そのくらいには、はじめからきみを想っていた」
 そっと手を伸ばして触れられて。
 包み込まれた金香の手は、それだけであたたかくなる。
 何度もこの手に触れられた。
 いつだって金香の手を引き、共に歩いてくれるひと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の愛した花嫁

恋愛
かつて自分から逃げた彼女を捕まえた俺は… 今度こそ離さないと誓った 陽葵(人)×絃(金色の九尾) 強引ですが完結させました 話がおかしい場面があると思いますが ご了承下さい

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

忘れられたら苦労しない

菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。 似ている、私たち…… でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。 別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語 「……まだいいよ──会えたら……」 「え?」 あなたには忘れらない人が、いますか?──

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

人質王女の恋

小ろく
恋愛
先の戦争で傷を負った王女ミシェルは顔に大きな痣が残ってしまい、ベールで隠し人目から隠れて過ごしていた。 数年後、隣国の裏切りで亡国の危機が訪れる。 それを救ったのは、今まで国交のなかった強大国ヒューブレイン。 両国の国交正常化まで、ミシェルを人質としてヒューブレインで預かることになる。 聡明で清楚なミシェルに、国王アスランは惹かれていく。ミシェルも誠実で美しいアスランに惹かれていくが、顔の痣がアスランへの想いを止める。 傷を持つ王女と一途な国王の恋の話。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...