119 / 125
明けの朝②
しおりを挟む
「ち、違います! そういうわけでは」
疑われたままでは困る。
顔を真っ赤にしていただろうが、あわあわと手を振り、金香はどもりつつであったが説明した。
昨日、実家に戻ったこと。
父親に新しい奥様ができることになったということ。
それを大変ショックに感じてしまったこと。
そして、そこから抱いた不安を解消してくれるべく、一晩傍に居てくださったのだと。
すべてを聞き、「なんだ……」と志樹は『安心した』という様子で肩の力を抜いた。
そして助言してくれる。
「服を洗って、湯あみをしたほうがいい。それでは下女やなんかに誤解されるから」
「は、はい……すみません」
「いや、僕こそ悪かったね。良くない勘繰りをした」
「いえ、……ありがとうございます」
俯いたまま、金香は感謝の言葉を述べるしかない。
志樹に指摘されなければ、言われたとおり、下女や下男にあらぬ誤解を招いただろう。
ひとの口に戸は立てられない。いくら良いひとたちだとはいっても、こういうたぐいのことである。誤解され、噂され、言いふらされでもしたらたまらない。
たとえ以前、珠子に言われたように、内弟子として同じ家屋で過ごすことになった時点で、そういう心づもりなのだと思われていたとしても。
「ただ、麓乎のことは叱っておくよ。聞く限り、そもそもあいつのせいのようだからね」
「そんなことは、……ないのですけど」
「まぁそこは、気遣いの問題だから。あいつはそういう無頓着なところがある……」
そのあと志樹はぶつぶつと小さく文句を言い「では朝食の時間にね」と行ってしまった。
ぺこりとお辞儀をして後ろ姿を見守った、のは一瞬だった。金香は一目散に自室を目指す。
自分のこと以上に麓乎が結縁もせぬ女子に手を出したなど、誤解されることは耐え難かった。慕う師を、そして想うひとをそのように思われるなど。
最初に出会ったのが志樹だったのは幸いだったかもしれない、と思って、この事態もまだ救われそうだと思った。
普段は朝食のあとに洗濯をするのだけど、今朝ばかりは朝食に出るまでにこの浴衣を洗ってしまわなければ、と思う。
しかしそこで、せっかくついた想い人の香りを落としてしまうなど少々勿体ない、などと思ってしまい、また金香は自分の思考に恥じ入るのだった。
疑われたままでは困る。
顔を真っ赤にしていただろうが、あわあわと手を振り、金香はどもりつつであったが説明した。
昨日、実家に戻ったこと。
父親に新しい奥様ができることになったということ。
それを大変ショックに感じてしまったこと。
そして、そこから抱いた不安を解消してくれるべく、一晩傍に居てくださったのだと。
すべてを聞き、「なんだ……」と志樹は『安心した』という様子で肩の力を抜いた。
そして助言してくれる。
「服を洗って、湯あみをしたほうがいい。それでは下女やなんかに誤解されるから」
「は、はい……すみません」
「いや、僕こそ悪かったね。良くない勘繰りをした」
「いえ、……ありがとうございます」
俯いたまま、金香は感謝の言葉を述べるしかない。
志樹に指摘されなければ、言われたとおり、下女や下男にあらぬ誤解を招いただろう。
ひとの口に戸は立てられない。いくら良いひとたちだとはいっても、こういうたぐいのことである。誤解され、噂され、言いふらされでもしたらたまらない。
たとえ以前、珠子に言われたように、内弟子として同じ家屋で過ごすことになった時点で、そういう心づもりなのだと思われていたとしても。
「ただ、麓乎のことは叱っておくよ。聞く限り、そもそもあいつのせいのようだからね」
「そんなことは、……ないのですけど」
「まぁそこは、気遣いの問題だから。あいつはそういう無頓着なところがある……」
そのあと志樹はぶつぶつと小さく文句を言い「では朝食の時間にね」と行ってしまった。
ぺこりとお辞儀をして後ろ姿を見守った、のは一瞬だった。金香は一目散に自室を目指す。
自分のこと以上に麓乎が結縁もせぬ女子に手を出したなど、誤解されることは耐え難かった。慕う師を、そして想うひとをそのように思われるなど。
最初に出会ったのが志樹だったのは幸いだったかもしれない、と思って、この事態もまだ救われそうだと思った。
普段は朝食のあとに洗濯をするのだけど、今朝ばかりは朝食に出るまでにこの浴衣を洗ってしまわなければ、と思う。
しかしそこで、せっかくついた想い人の香りを落としてしまうなど少々勿体ない、などと思ってしまい、また金香は自分の思考に恥じ入るのだった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました
相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。
――男らしい? ゴリラ?
クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。
デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)

【完結】恨んではいませんけど、助ける義理もありませんので
白草まる
恋愛
ユーディトはヒュベルトゥスに負い目があるため、最低限の扱いを受けようとも文句が言えない。
婚約しているのに満たされない関係であり、幸せな未来が待っているとは思えない関係。
我慢を続けたユーディトだが、ある日、ヒュベルトゥスが他の女性と親密そうな場面に出くわしてしまい、しかもその場でヒュベルトゥスから婚約破棄されてしまう。
詳しい事情を知らない人たちにとってはユーディトの親に非がある婚約破棄のため、悪者扱いされるのはユーディトのほうだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる