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姉妹弟子①
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『気分転換』として思いついたのは姉弟子の音葉さんのところを訪れることだった。自分でも大胆が過ぎると思ったのだが、逢ってみたいと思った。
直接訊く勇気など出ない。
けれどお逢いすればなにかわかるかもしれない。
万一先生と親しいご関係であるとわかっても、かえってなにも心配することはなくなるのだ。悲しい気持ちになるかもしれないが、不安感や恐怖感はなくなってくれるだろう。
むしろそのほうがいいかもしれない、などと思ってしまうあたりはやはり金香は恋事について後ろ向きなのであった。前に進むほうが恐ろしいと思ってしまうのだ。
さて、そのためにまずは音葉さんと約束を取り付けなければいけないのだが、ここで既に金香は困ってしまった。
一番良いのは源清先生に直接「音葉さんとお会いしたいので、お住まいを教えてください」とお願いすることだ。
というかほかの手段ではいけないだろう。
屋敷のほかのひとで知っているひとはいるかもしれない。例えば志樹や、同じ門下生の茅原さんなど。
しかしそれは多分マナー違反になるのだと思う。彼女に対しても、先生に対しても、そして訊いた相手にも。
住まいなど大変に個人的なことだ。それを遠まわしに知ろうなど。
しかし先生に相談するのはとても躊躇らわれた。
「交流するのも良い」とは言われたが、「気分転換をするといい」がどうして音葉さんに逢うということになるのか不審に思われるかもしれない。
核心は告げずに「姉弟子としてお話してみたい」とだけ堂々と言ってしまえばよいことなのだが、今は先生に少しでも不審に思われたくないと思ってしまう。万が一でも自分の気持ちが露見してしまったら、と思うのだ。
そんなわけで丸一日、対策を考え、しかし何回も「やはり先生に直接お聞きしなくては」という結論にしかならず、しかしそれは勇気が出ず。悶々としてしまったのだが、事態は思いがけぬ方向へ動いた。
なんと音葉さんご本人が訪ねてこられたのである。
そのとき金香が玄関口で植木に水をやっていたのも幸運だったのだろう。
「こんにちは、巴さん」と彼女はにっこり笑って近付いてきた。洋風の傘などをさしている。
今日も洋装で。やはりとても綺麗だった。
彼女の姿を見とめた瞬間、源清先生に対するのとは違う意味で心臓が飛び出しそうになった。
あまりに良いタイミングであったために。
そして彼女に抱いている複雑な感情のために。
「こ、こんにちは!」
あわあわと挨拶をした金香を気にした様子もなく音葉さんは言った。
「今日も暑いですね。課題を持ってきたのですが、源清先生はいらっしゃいますか?」
「はい! おられます。どうぞ」
「お邪魔します」
それだけで彼女はつかつかと玄関に入っていく。その後ろ姿を見ながら、金香の心臓はどきどきと高鳴っていた。
これはなんというチャンスだろう。彼女に直接訊いてしまえばいいのだ。それならなにも失礼になどならない。
いえ、それより。
彼女が今、まさにここにいるのである。課題を持ってきたと言っていたので、きっと添削を受けているのだろう。
そのあとに捕まえてしまえばいいのだ。「このあとお時間宜しいですか?」などと言って。
断られたところで「では今度お話をしませんか?」と誘えばいいだけ。なにかしら約束を取り付けられるだろう。
そのような決意をして金香は水やりを終えたあと自室に帰ったのだが、全力で客間の気配を探った。
お茶でも持っていこうかと思ったが明らかにわざとらしくなってしまうだろう。茶などとっくに下女が出しているだろうし。
廊下に出れば声が聞こえるかもしれないが、自室では客間の物音まで聞こえてこない。
さっきから心臓はちっとも落ち着いてくれなかった。
音葉さんと先生が客間で二人きりだということ。
もしもなにか、恋人同士がすることでもなさっていたら。
想像しただけで頬が燃えた。そんなはしたないことは起こるはずが無いというのに。
むしろそのような想像をしてしまった自分のほうがはしたないではないか。
そしてもうひとつ、彼女が帰るときに思い切って自室を出て捕まえなければいけないということ。
彼女に話しかけるのは構わない。けれどその様子を源清先生に見られるのは大変にきまりが悪いことである。
できれば音葉さんと会うところは見られたくなかった。
それがどうしてかはやはり音葉さんのことを姉弟子としてではなく気にしているからかということの裏付けになってしまうような気がしたからである。
一度「気になるのかい」と、からかうように言われている。そのとおりになってしまうのだ。
しかし事態はやはり金香に良いように転がってくれた。
「それでは失礼いたします」
聞こえてきた声は音葉さんのものだけであったのだ。客間から出てくる気配も、聞こえてきた廊下を歩く音も。
事情はわからないが、急ぎの用が入ったからかほかに誰か……志樹や門下生……が訪ねてきて手が離せなくなったからかもしれない。先生はお見送りに立たなかったようだ。
申し訳ないけれどなんて幸運。
天にいらっしゃると思っている神様に感謝しつつ金香は思い切って部屋を出る。
廊下の先、音葉さんが玄関を出ようとするところが見えた。金香は急いで玄関へ向かい草履をつっかけ、門へ向かう彼女を追いかけた。
直接訊く勇気など出ない。
けれどお逢いすればなにかわかるかもしれない。
万一先生と親しいご関係であるとわかっても、かえってなにも心配することはなくなるのだ。悲しい気持ちになるかもしれないが、不安感や恐怖感はなくなってくれるだろう。
むしろそのほうがいいかもしれない、などと思ってしまうあたりはやはり金香は恋事について後ろ向きなのであった。前に進むほうが恐ろしいと思ってしまうのだ。
さて、そのためにまずは音葉さんと約束を取り付けなければいけないのだが、ここで既に金香は困ってしまった。
一番良いのは源清先生に直接「音葉さんとお会いしたいので、お住まいを教えてください」とお願いすることだ。
というかほかの手段ではいけないだろう。
屋敷のほかのひとで知っているひとはいるかもしれない。例えば志樹や、同じ門下生の茅原さんなど。
しかしそれは多分マナー違反になるのだと思う。彼女に対しても、先生に対しても、そして訊いた相手にも。
住まいなど大変に個人的なことだ。それを遠まわしに知ろうなど。
しかし先生に相談するのはとても躊躇らわれた。
「交流するのも良い」とは言われたが、「気分転換をするといい」がどうして音葉さんに逢うということになるのか不審に思われるかもしれない。
核心は告げずに「姉弟子としてお話してみたい」とだけ堂々と言ってしまえばよいことなのだが、今は先生に少しでも不審に思われたくないと思ってしまう。万が一でも自分の気持ちが露見してしまったら、と思うのだ。
そんなわけで丸一日、対策を考え、しかし何回も「やはり先生に直接お聞きしなくては」という結論にしかならず、しかしそれは勇気が出ず。悶々としてしまったのだが、事態は思いがけぬ方向へ動いた。
なんと音葉さんご本人が訪ねてこられたのである。
そのとき金香が玄関口で植木に水をやっていたのも幸運だったのだろう。
「こんにちは、巴さん」と彼女はにっこり笑って近付いてきた。洋風の傘などをさしている。
今日も洋装で。やはりとても綺麗だった。
彼女の姿を見とめた瞬間、源清先生に対するのとは違う意味で心臓が飛び出しそうになった。
あまりに良いタイミングであったために。
そして彼女に抱いている複雑な感情のために。
「こ、こんにちは!」
あわあわと挨拶をした金香を気にした様子もなく音葉さんは言った。
「今日も暑いですね。課題を持ってきたのですが、源清先生はいらっしゃいますか?」
「はい! おられます。どうぞ」
「お邪魔します」
それだけで彼女はつかつかと玄関に入っていく。その後ろ姿を見ながら、金香の心臓はどきどきと高鳴っていた。
これはなんというチャンスだろう。彼女に直接訊いてしまえばいいのだ。それならなにも失礼になどならない。
いえ、それより。
彼女が今、まさにここにいるのである。課題を持ってきたと言っていたので、きっと添削を受けているのだろう。
そのあとに捕まえてしまえばいいのだ。「このあとお時間宜しいですか?」などと言って。
断られたところで「では今度お話をしませんか?」と誘えばいいだけ。なにかしら約束を取り付けられるだろう。
そのような決意をして金香は水やりを終えたあと自室に帰ったのだが、全力で客間の気配を探った。
お茶でも持っていこうかと思ったが明らかにわざとらしくなってしまうだろう。茶などとっくに下女が出しているだろうし。
廊下に出れば声が聞こえるかもしれないが、自室では客間の物音まで聞こえてこない。
さっきから心臓はちっとも落ち着いてくれなかった。
音葉さんと先生が客間で二人きりだということ。
もしもなにか、恋人同士がすることでもなさっていたら。
想像しただけで頬が燃えた。そんなはしたないことは起こるはずが無いというのに。
むしろそのような想像をしてしまった自分のほうがはしたないではないか。
そしてもうひとつ、彼女が帰るときに思い切って自室を出て捕まえなければいけないということ。
彼女に話しかけるのは構わない。けれどその様子を源清先生に見られるのは大変にきまりが悪いことである。
できれば音葉さんと会うところは見られたくなかった。
それがどうしてかはやはり音葉さんのことを姉弟子としてではなく気にしているからかということの裏付けになってしまうような気がしたからである。
一度「気になるのかい」と、からかうように言われている。そのとおりになってしまうのだ。
しかし事態はやはり金香に良いように転がってくれた。
「それでは失礼いたします」
聞こえてきた声は音葉さんのものだけであったのだ。客間から出てくる気配も、聞こえてきた廊下を歩く音も。
事情はわからないが、急ぎの用が入ったからかほかに誰か……志樹や門下生……が訪ねてきて手が離せなくなったからかもしれない。先生はお見送りに立たなかったようだ。
申し訳ないけれどなんて幸運。
天にいらっしゃると思っている神様に感謝しつつ金香は思い切って部屋を出る。
廊下の先、音葉さんが玄関を出ようとするところが見えた。金香は急いで玄関へ向かい草履をつっかけ、門へ向かう彼女を追いかけた。
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