上 下
37 / 125

内弟子入り①

しおりを挟む
 相談する相手は少なかった。父親と寺子屋の校長くらいのものである。
 そのくらいしか面倒を見てくれる人がいないことを少し寂しく思うのだけど。
 父親は普段と同じように、素っ気なかった。「いいんじゃないか」とポン、と吸っていたキセルから灰を落としながら言った。
 久しぶりに帰宅していた父親に夕食のあとのタイミングで話を切り出した。
 「小説家の大先生に、内弟子にと望まれたのです」と。
 その答えが非常にあっさりとした肯定である。
 こうなるとはなんとなく予想はしていたものの直面してみれば物悲しくなった。
 父親にとって自分はその程度に軽いのか、と思ってしまったせいで。そんなこと今まで散々思い知っていたというのに。
 再びキセルをふかしながら父親はなんでもないように言った。
「それに、あわよくば嫁に貰っていただけるかもしれないだろう」
 嫁!?
 そこで初めて金香は知った。
 異性と同じ家に暮らすのだ。そういう、嫁入りに繋がるような恋仲になる可能性はあるだろう。
 しかしすぐにその可能性を否定してしまう。
「い、いえ! 源清先生はそのようなおつもりなどございません。ほかにも内弟子の方はいらっしゃるのです」
 言いながらも顔が熱かった。咄嗟に「内弟子がほかにいる」などという、憶測に過ぎないことを言ってしまったくらいに。
 嫁なんて自分には勿体なさ過ぎる。
 これは金香の『男性に対する、気の引けた気持ち』と『自己評価の低さ』からきていた。どちらもどのような状況においてもあまり良い方向に作用しないものである。
 慌てて言った金香を珍しく正面からじっと父親は見た。
「まぁ、いい。俺はかまわん。好きにしろ」
 それだけ言って「明日は早くから仕事が入っているから寝る」などと部屋に引き上げてしまった。
 部屋の中心にある炉端……もうほのかに暑さすら感じることもある季節なので、勿論、火など入っていない。そのかたわらで金香はぽつねんとした。
 許可があっさり下りたことは有難かったのだけど。
 父親の「あわよくば」などというセリフから初めて知った。
 嫁。
 恋仲。
 頭の中にそれがぐるぐると巡る。
 が、金香はここまで実状と人からの解釈に直面しても実感がわかずにいた。
 源清先生はそのようなおつもりなどないだろう、と。
 それは先生が非常に中性的で『男性である』という金香にとっての抵抗感がかなり薄かったためもあるだろう。そもそもそうでなければいくら才のある大小説家の先生であろうとも『男性師匠の内弟子になる』という検討を金香本人がすることは無かったであろうが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

婚約者様は大変お素敵でございます

ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。 あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。 それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた── 設定はゆるゆるご都合主義です。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...