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先生のご自宅へ⑨

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「そんなっ、勿体なさ過ぎます!」
 あわわ、と言い出しそうな声をやっと抑えて言ったのだが、源清先生の言葉は落ち着いていた。金香が動揺するのはわかっておられたのだろう。
「どうしてだい。きみの才を、私は伸ばしてみたいのだよ」
「で、ですが……それは男性のするもので……」
 この世情としては通常の考え方を口に出したのだが、源清先生によって、ばっさりと切り捨てられた。
「それは古い考えではないかな。ここしばらく、女性の立場もあがっているではないか。私もそれには賛成だね。良い人材は、どんどん評価されるべきであると思うよ」
 源清先生の思考は随分最先端なようであった。おまけに金香の葛藤を払うようなことまで言ってくださる。
「気になるのなら、出す名前を『男性ともとれる名前』にしておけばいい。そしていつか女性作家も、今より自然に受け入れられるようになったら公表すれば良いのだから」
 確かに。中性的な名前にしておけば読む側に勝手に『このひとは男性なのだろう』と思わせることができるだろう。
 そして、『物書き』としての本名ではない名前を付けることはよくあることなのだから嘘をつくわけでもない。
 万一、新人賞とやらでそれなりに評価されてもすぐに本人の素性を明かすわけでもないのだから。どんな名前にするかなどはすぐに思いつきはしなかったが金香にとっては魅力的すぎる提案であった。
 文が書ける。
 うまくいけばそれで立身できるかもしれない。
 そのうえ憧れの先生が『門下生に』おまけにそれ以上の『内弟子に』などと持ち掛けてくださった。
 これ以上の幸福があるだろうか。
 しかしすぐには即答できない。
 当たり前だ。金香の人生においてこれほど重大な決断を迫られたことは無いのだから。
「その、……少し、考えさせていただいても良いでしょうか」
 おずおずと言った金香の返事に満足したのだろう。源清先生は微笑んだ。
 勿論、二つ返事で返されるなどとは思っておられなかったはずだ。
「勿論だよ。ご家族とも、よく話し合って」
「……はい」
 『家族』という言葉に少し言葉が濁ってしまった。
 家族といっても親戚と疎遠である以上、父親しかいない。そして放任主義の父親が「駄目だ」などと言う気はしなかった。
 それどころか堂々と『内縁関係の女性』を家に連れ込めることを喜ぶかもしれない、などとすら思ってしまう。
 思ってしまって金香は内心ため息をついた。
 大切な、たった一人の肉親である父を、そのようなふうに思ってしまうことに。もっと大切に思いたいのに。それは父親の振る舞いのせいもあるので仕方がないともいえるのだが、
 しかしそれは父親にとっても良いことなのかもしれない。
 内縁とはいえ妻に似た立場だ。きちんと好いているのだ……と思いたい。
 そのような女性と暮らせるならばある意味、自分というお荷物の娘っこが家に居るより良いのではないだろうか?
 この件に関してはどうしてもマイナス思考になりがちな金香はそのような思考を巡らせ、ちょっと俯いてしまった。
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