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先生のご自宅へ⑦

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「では、はじめるよ。まず……全体的な統合性だけど……」
 赤い鉛筆を手に半紙が繰られる。
 出来る限り身を引いているとはいえ、手を伸ばせば触れてしまえそうな距離だ。先生の香の香りをはっきりと感じてしまって金香の頭がくらりと揺れる。
 良い香りなのに白檀は男性的な香りである。寺社などでも良く使われているような。
 身内以外の男性とこれほど近付いたことは無いといっていい。こんな香りを感じられるほどに。
 というか、男性でこれほど良い香りをさせているひとを金香は知らなかった。
 先程、寺社でと例えた通り、神社仏閣で働くお坊さんや神主さんはそのような香りがするのだろうなと感じたことはあるのだが、それはきっと建物の香りが移ったものなのだろう。
 目の前の源清先生の香りはそういうたぐいのものではない。きっと着物に焚き染めるか、なにかしているのだろう。
 女性でもこれほど良い香りをさせているひとはあまりいない。
 匂い袋などを持っている女性は多いのだがそれは若い女子が多かった。
 町中で働くそれなりに歳を重ねた女性はその商売の香りをまとっている。魚の生っぽい香りであったり野菜の土っぽい香りであったり。それはそれで仕事に懸命な証であるので素晴らしいことなのだけど。
 その点では女性よりも女性らしい部分もあるのに間違いなく男性だ。金香は時折混乱しそうになるのだった。
 赤い鉛筆が行ったり来たりして次は文字の添削になった。
「巴さんは寺子屋を出たあとはそのまま先生に?」
 尋ねられるので金香はそのまま頷いた。
「そうなのか……数字などのほかの科目は存知ないけれど、少なくとも文を書くことに関しては高等学校へ進んでも成績を上げただろうにね」
「勿体ないお言葉です」
 先生は「高等学校へ進めばよかったのに」とは言わなかった。
 それもそうだろう。「高等学校へ進むのはほとんどが男性」「その中でもほんの一握り」なのだから。
 庶民の、しかも女子である金香が上の学校へ進むことなど大変な困難であるし、金香本人も最初から望んではいなかった。
 もっと上級の勉強ができるというところは魅力的であったけれど、自分には縁が無いとよくわかっていたので。
 そして金香だけではなく「世情がそういうものである」と理解している、むしろ、まだまだ若い金香よりもずっとよく理解しているであろう源清先生が「高等学校へ進めばよかった」などと言うはずがないのである。
 しかしそのお言葉だけで金香にはじゅうぶんだった。自分の才の一部でも認めていただけたなどと。
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