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先生のご自宅へ⑤

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 通された部屋も門構えと同じように立派だった。下男や下女まで居るらしい。門下生などがいるのかはわからないが。
 この部屋は客間のようだ。
 畳敷きの部屋、畳は変えたばかりのようで青い匂いがする。きたる夏を思わせる香りだ。
 客間ではあるようだが、文机がちゃんと、しかも幾つかある。
 このお部屋で客人やお弟子さんなどの添削をしたり、もしくはご友人と文学談義をされたりするのかしら。
 極力きょろきょろしないよう注意しながらも、どうしても周りの様子を気にしてしまって、金香は思った。
 下女らしき中年の女性が、茶を出してくれた。きっと名のある焼き物であろう美しい模様の湯呑に緑茶。お茶うけに美しい干菓子まで。
 恐縮してしまったのだが「少々遠かっただろう」と言われてやっと喉の渇きに気付いた。
 まだ夏前なので喉がからから、というわけではないのだが、そう言われれば目の前のお茶はとても魅力的だった。
 躊躇ったが「いただきます」と手を付ける。かぐわしい茶葉の香りが鼻腔をくすぐった。なんて良い香り。
 源清先生の周りは良い香りで溢れているような気がした。彼自身が香のような香りを身にまとっていることもあり。
 綺麗好きなのだろう。この家も随分掃除が行き届いているようだ。
 お茶を半分ほどいただいて、ほう、と自然と声が零れてしまった。
 ひといきつけた、という気がする。緊張も少し、ほんの少しだけだがほどけてくれたようだ。
「今日は遠くまで有難う」
 源清先生が本題に入る。
 少し離れた距離だが同じ部屋にいることを意識してしまって、今度は違う意味で緊張を覚えてしまった金香であった。
「いえ! それほど遠くはありませんでしたし」
「そうかい? 寺子屋の近くにお住まいだと伺ったから、徒歩では少し遠いかと思って申し訳なかったのだけど……」
「いえ! 歩くのには慣れておりますので!」
 源清先生だって寺子屋にいらしてくださるときは徒歩であろうに。
 気づかってくださったのが嬉しかった。つい余計なことまで言ってしまう。
「子供たちと運動の時間もありますし、慣れております!」
「巴さんは、色々なことが得意なのだね」
くす、と笑われてちょっと顔が熱くなった。お転婆だと思われただろうか。
「文を書くのもそのひとつなのだろうね。拝見しても良いかな」
 言われて金香は、はっとして鞄を引き寄せた。
 大切に風呂敷に包んできていた半紙を出し、おずおずと差し出す。
 そのとき源清先生の伸ばした手に目が引き寄せられてしまった。
 白くて細い指なのに、節々はしっかりしていて確かに『男の人』の手であった。
 金香にとって身近な男性、父親の手はもっとはっきりとごついのであるがそれは荷運びをしているためであろう。
 鉛筆やペン、筆を持つのが仕事である源清先生の手は随分綺麗である。
 その美しい中からも確かに男性らしさを感じるのが不思議であった。
 女性的な部分と男性的な部分。両方を兼ね備えているひとなのだ。
 美しい指に視線を遣ってしまったことを少々恥じながら金香は「お願いいたします」と言う。源清先生はそれを受け取ってくれた。
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