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先生のご自宅へ④

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「ただいま」
 確かに言葉どおり、源清先生のお宅は裏道も裏道であった。
 しかし門構えは大変立派だった。だいぶ大きなお宅である。表の道にあったらすぐにわかっただろうほどのお宅だ。
 高井は悠々と門をくぐり玄関へ向かう。
 金香は門の前でやはり少し臆したものの高井がちらりと振り返ってくれたので、慌ててぺこりとひとつお辞儀をして門をくぐった。
「お邪魔いたします」
「麓乎! 客人だよ」
 からりと玄関の引き戸を開けて高井は声をあげた。
 麓乎?
 源清先生の下のお名前だ。呼び捨てであるうえに敬語も使っていない。
 そういえば先程も源清先生の下のお名前を言いかけたようだった。
 どういう関係の方なのだろう。
 金香は不思議に思った。
 しかしその疑問も、ゆっくりと奥から出てきたひとを見て吹っ飛んでしまう。
「ああ、巴さん。いらっしゃい」
 源清先生。相変わらずうつくしい姿であったが本日は着流しの着物姿だった。
 自宅でのくつろいでいるお姿を見たことで金香の心臓が急速にばくばくと騒ぎ出した。
「迷っておられたんだよ。まったく、きみの地図がわかりづらかったんじゃないかい」
 呆れたように高井が言って源清先生は少々きまりが悪い、という様子で髪に触れた。
「そうだね……詳細な地図を渡しておけばよかった。すまない」
「地図も渡していなかったの!? まさか住所だけ!? 全く不親切にもほどがあるよ……」
 高井はぶつぶつと呆れた台詞を口に出していたが、金香のほうを振り返って言った。
「悪かったね、こんなやつで。でも、まぁ、いらっしゃい。ゆるりと過ごしてくれ」
「あ、い、いえ……」
 やはりしどろもどろになってしまった金香にはかまわず、高井はさっさと中へ行ってしまった。
 金香は玄関先でもじもじとしてしまう。
 すぐに源清先生が促してくださった。
「わかりづらくてすまなかった。しかし志樹(しき)、あ、先程の者だね。に、ちょうど会えてよかったよ。さ、あがっておくれ」
「おっ、お邪魔しますっ」
 声はひっくり返った。
 金香の緊張した面持ちがおかしかったのか、源清先生はやはり、ゆったりと微笑んでくれたのだった
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