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小説への昇華③

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「拝見するよ」
「お願いいたします」
 源清先生は金香の持っていた何枚もの半紙を手に取り読んでくださる。
 見られている間、金香はただ机の下で手をもじもじとさせていた。自分の文章は懸命に書いたとはいえ本業の小説家の先生にしたら未熟も良いところに決まっていた。嬉しくも恥ずかしかった。
「……これは、子供たちの習熟度に合わせて、いくつか種類があるのだね」
 やがて源清先生は顔をあげた。一読しただけで気付いてくださったのは流石である。
「はい。子供たちの年齢にも習熟度にもかなり、違いがありますから」
「巴さんの作る教材はとても丁寧だね。子供たちのことを考えて作っているのが、良く伝わってくるよ」
 源清先生の声音があまりに優しかったので金香の胸は歓喜に沸いてしまう。
 一度は肯定してくださる源清先生のことだ。はじめは良い言葉をかけてくださると思ってはいたけれど、はっきり言われれば嬉しさで胸が膨らんだ。
「では直したほうが良いところだけど……。ここはセンテンスの区切りを変えるのはどうだろう。そのほうが、のちのちの文章の想像が広がると思うよ」
「は、はい!」
 源清先生は持ち歩いているのだろうか、赤鉛筆を取り出して金香の半紙にさらさらと書き込みをしてくださった。
 金香はそれを見守る。じっと、ひとつも洩らすまいと。
 半紙には直しの赤い色が散った。
 頑張って作ったものに容赦なく訂正を入れられれば不満を覚えたかもしれなかった。そんなことを思わなかったのは金香が源清先生に対して信頼を抱いていたからだろう。尊敬している人のことであれば素直に受け入れることができて当然だ。
「そうだね、気になるところはこのくらいだ」
 『このくらい』と言いつつも、源清先生の入れた赤いしるしはかなり多かった。金香がこれほどしっかりと見ていただいたことに感嘆を覚えてしまうほどに。
 ほう、という表情で、しるしのついた半紙を持ち上げて見る金香に源清先生は誤解をしたのかもしれない。
「私は自分の原稿も何度も読みなおすのだけど、自分でもこれくらい直しを入れるものだよ。ときにはもっと多いかもしれない」
「え……?」
 すぐには意味がわからなかった。源清先生はきょとんとした金香にかまわず、続ける。
「完璧な文章など存在しないからね。でも職業として小説を書き、提出し、本にしていただくのには、どこかで折り合いをつけることも必要になってくる」
 聞いていくうちに金香は理解した。そしてそれはとんでもない誤解であった。
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