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辰の加護と戌の加護
⑥
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しかしそれは違っていた。
すっと辰之助の指は私の口元を拭ってくれただけだった。
血が残っていたのだろう。口をつけて、吸ったから。
辰之助は拭った血を、ぺろっと自分で舐めとる。そしてもう一度、にやっと笑った。
「くちづけならあとでしてやるからよ」
「な……!?」
おまけに私の危惧したことを言いあてたようなことを言い、私の顔はもっと熱くなった。
そこへ、こほんともう一度、咳払いが聞こえた。
はっとして、そちらに視線を向けると、気まずそうに申之助がこちらを見ていた。
恥ずかしさは更に強くなる。
他人に……しかも辰之助の父親にこんなところを見られていたなんて。
「さ、交渉も済んだ。これで辰の力も完全だろうな。今ならまだ遠くには行っていないだろう。捕らえるなら早いほうがいい」
申之助に促されて、辰之助は手を出した。
私の手を掴んで、立ち上がらせる。
私は、わ、と内心声を上げ、ふらつきつつも立ち上がった。
「おう、じゃ、行ってくるわ」
辰之助は日本刀を腰に差し直して、申之助に軽く手を上げた。
性急なことに、私の手をぐいっと引っ張るので私は慌ててついていくことになる。
「辰よ、一応のかたがついたらうちに戻ってこい」
申之助が最後に言ったこと。私はどきっとしたのだけど、辰之助は振り向いて、悪戯っぽい目で笑ったのだ。
「嫌だね。俺はもうちっと世界を見たい。腰を落ち着けるには早いからよ」
「……ドラ息子が」
そんなやりとりで出た申之助の部屋。
申之助はため息で別れてしまったが、多分、あのため息はそう悪いものではなかったのだろうな、と私は引っ張られて廊下を歩きながら、少し微笑ましく思ったのだった。
すっと辰之助の指は私の口元を拭ってくれただけだった。
血が残っていたのだろう。口をつけて、吸ったから。
辰之助は拭った血を、ぺろっと自分で舐めとる。そしてもう一度、にやっと笑った。
「くちづけならあとでしてやるからよ」
「な……!?」
おまけに私の危惧したことを言いあてたようなことを言い、私の顔はもっと熱くなった。
そこへ、こほんともう一度、咳払いが聞こえた。
はっとして、そちらに視線を向けると、気まずそうに申之助がこちらを見ていた。
恥ずかしさは更に強くなる。
他人に……しかも辰之助の父親にこんなところを見られていたなんて。
「さ、交渉も済んだ。これで辰の力も完全だろうな。今ならまだ遠くには行っていないだろう。捕らえるなら早いほうがいい」
申之助に促されて、辰之助は手を出した。
私の手を掴んで、立ち上がらせる。
私は、わ、と内心声を上げ、ふらつきつつも立ち上がった。
「おう、じゃ、行ってくるわ」
辰之助は日本刀を腰に差し直して、申之助に軽く手を上げた。
性急なことに、私の手をぐいっと引っ張るので私は慌ててついていくことになる。
「辰よ、一応のかたがついたらうちに戻ってこい」
申之助が最後に言ったこと。私はどきっとしたのだけど、辰之助は振り向いて、悪戯っぽい目で笑ったのだ。
「嫌だね。俺はもうちっと世界を見たい。腰を落ち着けるには早いからよ」
「……ドラ息子が」
そんなやりとりで出た申之助の部屋。
申之助はため息で別れてしまったが、多分、あのため息はそう悪いものではなかったのだろうな、と私は引っ張られて廊下を歩きながら、少し微笑ましく思ったのだった。
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