ばらがき辰の祓い道

激闘

⑧

「くそ……、戌の子の力がこれほどまでとは……」
　男はどさっと畳に膝をつく。
　もう一度、剣になられてしまうだろうか、とひやっとした私だったが、男の動きは違っていた。
　バッと左手を振り、霧が立ち込める。
　しかしそれは刃にはならない、弱いものであった。
　が、視界を悪くする役目くらいにはなった。
　辰之助も一瞬、目を細めた。その隙に。
　ダッ、と音を立てて、男が畳を蹴った。数歩で窓へ向かい、窓から跳び出していく。
「ちくしょ……！　待ちやがれっ」
　辰之助は橙色に染まっている手で霧を払い、そちらへ向かったけれど、そのときにはもう、男は窓の外へ脱出し……どうやら逃げ去ったようであった。
　辰之助は窓の枠に手をかけ、数秒、下を見ていた。
　やがて、小さく舌打ちをし、呟く。
「逃げやがった」

　逃げた……行ってしまった……助かっ、た……？

　ゆっくりと、膝をついた足元から安堵が這い上がってきた。
　急にがくがくと膝が震え、砕けてしまう。私はどさりと横ざまに倒れ込んでしまう。
　おまけに何故だか、頭もくらくらしてきていた。
　その私を見て、辰之助ははっとしたらしい。

「夜留子！　しっかりしろ……！」

　言われた次には、抱えられていた。
　その力強い腕に。ぎゅっと抱かれる。
　力強く、あたたかく、そして優しい。
　その感触に別の安堵が強く感じられて、私は目を閉じた。
　すぅっと意識は体の奥底へ沈んでいく。