49 / 108
お手伝いは障子の張替え
⑦
しおりを挟む
まずはほどけた糸を切って、抜いて。ほどけていた部分から手にした針で縫い直す。
縫い方はごく普通の波縫いだったので、ただ丁寧にしていくだけだ。
すっすっと手を動かしている間、子一郎は大人しく立ちながら感心したように言った。
「すげーや、ねえちゃん。母ちゃんみてぇ」
その言葉にした返事に他意はなかった。そう言われたから普通に返しただけ……だった。
「そうなの? 子一郎くんのお母さんはお裁縫、苦手?」
子一郎の着物がほつれていたのに気付かなかったのか、それとも気付いていたけれど、苦手だから直しに出すところだったのか……。
でもそんな平和な思考は吹っ飛んだ。
「おれ、母ちゃんがもういないからさ」
心臓がひやっとした。
お母さんが、いない。
気軽に聞いてしまったことを一瞬で後悔した。
「そ、そうなんだ。ごめんね、そんな事情を……」
私は手を止めないままに、後悔しつつ謝った。
「え、ううん、別に気にしねぇよ。みんな知ってることだし」
子一郎は軽く言ったけれど、私の心は別の意味で痛んできた。
この子はまだ十歳になるかならないかだろう。それなのにお母さんがいないというのだ。
もう二十歳を超えている私だって、お母さんがいなくなればすごく寂しいし、それに困ってしまうだろう。
なのに。
「長屋で同じような子たちと暮らしてるし、世話してくれるおばちゃんなんかもいるし、フツーだよ」
なのに子一郎は軽くそう言うのである。
縫い方はごく普通の波縫いだったので、ただ丁寧にしていくだけだ。
すっすっと手を動かしている間、子一郎は大人しく立ちながら感心したように言った。
「すげーや、ねえちゃん。母ちゃんみてぇ」
その言葉にした返事に他意はなかった。そう言われたから普通に返しただけ……だった。
「そうなの? 子一郎くんのお母さんはお裁縫、苦手?」
子一郎の着物がほつれていたのに気付かなかったのか、それとも気付いていたけれど、苦手だから直しに出すところだったのか……。
でもそんな平和な思考は吹っ飛んだ。
「おれ、母ちゃんがもういないからさ」
心臓がひやっとした。
お母さんが、いない。
気軽に聞いてしまったことを一瞬で後悔した。
「そ、そうなんだ。ごめんね、そんな事情を……」
私は手を止めないままに、後悔しつつ謝った。
「え、ううん、別に気にしねぇよ。みんな知ってることだし」
子一郎は軽く言ったけれど、私の心は別の意味で痛んできた。
この子はまだ十歳になるかならないかだろう。それなのにお母さんがいないというのだ。
もう二十歳を超えている私だって、お母さんがいなくなればすごく寂しいし、それに困ってしまうだろう。
なのに。
「長屋で同じような子たちと暮らしてるし、世話してくれるおばちゃんなんかもいるし、フツーだよ」
なのに子一郎は軽くそう言うのである。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる