ケモノグルイ【改稿版】

風炉の丘

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ヘビアシ

2 光ノ巨塔(ヒカリのキョトウ)

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 ここは…どこだ?

 目を開くと、見知らぬ天井があった。
 周囲に人の気配はない。
 温度は適温。暑くもなければ寒くもない。
 湿度も特に不快な感じはない。

 両手を見る。
 覚えのある手だ。色肌も紫ではない。正常な色。
 体には毛布が掛けられ、背中は弾力のある柔らかいものに触れている。
 ここでようやく、自分がベッドに横たわっているのだと気付く。

 上半身を起こしてみる。
 着せられているのは、簡単に着せたり脱がせたり出来る、患者衣のようだ。

 周囲を見回してみる。
 派手な装飾の無い、清潔な白い部屋。
 窓と暖炉とドアが、それぞれ一つ確認出来る。
 家具も最小限のものしかない。
 机と椅子。クローゼット。ベッドの側には、引き出しの付いた小さな物置台があり、洗面器と水差しが置いてある。 

 ベッドを降りて起き上がってみる。
 少しふらついたが、足腰に問題は無い。身体を探るが、何処にも傷は残っていなかった。
 しかし股間に違和感を感じたので、患者衣をたくし上げ、確かめる。
「なんだこれ? くそ、おむつかよ……」

 まずは窓に近寄り、外を確認する。
 窓の外には美しい光景が広がっていた。上半分は青空で、下半分は街並み。街の終わりには巨大な壁があり、その先には森や山脈や湖が見える。どうやら巨大な塔…もしくは城の中にいるようだ。
 次にドアに近寄り、開けてみる。
 外に繋がっているかと思いきや、備え付けのトイレだった。ひとまずおむつを脱ぎ捨て、用を足す。
 そして暖炉を確かめる。
 ただの暖房用暖炉だ。冬以外は特に意味は無い。中を覗き込んでみるが、煙突穴は小さく、脱出には向かない。
 改めて窓を調べる。開くようにはなっておらず、硬質ガラスのようで割るのも難しそうだ。
 壁を探ってみる。
 窓の反対側に当たりを付け、壁を調べてみたところ、隠し扉を見つけた。しかし内側からは開かないようだ。
 クローゼットを確かめる。
 患者衣とおむつの替えが大量に詰め込まれていた。
 ベッドの側の置物台に向かう。
 引き出しを開けてみる。大半はタオルや用途の分からない小物だったが、一番上の引き出しに、手鏡が入っていた。

 手鏡を覗いてみる。
 そこには“ザック・ザ・リッパー”の変わらぬ顔があった。
 いや、待てよ? 少し痩せただろうか? そして髭は綺麗に剃られていた。

 ザックはベッドに座り、考える。
 どうやらここは、天国でも地獄でも無いらしい。
 オレは誰かに助けられた。だが、その誰かに閉じ込められてもいるようだ。
 ここは牢獄にしては綺麗すぎる。強いてあげるなら、囚われのお姫様を閉じ込める塔に近い。
 そしてオレはおむつをされ、髭も剃られている。毎日この部屋を出入りする世話係がいるということだ。
 はたして、あれからどれだけ経ったのか。顔の痩せ具合からして1日2日じゃなさそうだが……

 さて、どうする?
 脱走を図るか? それともオレを助けた誰かと対面するか?
 束縛されるのは気に入らないが、逃げる理由が無い。
 だが、対面したところで碌な事にならないだろう。このオレを殺し屋と知りながら助けたなら、この先にあるのは殺しの依頼だ。
 オレは十分殺した。殺し飽きたし、殺し疲れた。できるならもう、誰も殺したくは無いのだが…。

「ああ、面倒くせぇ! 考えるのは止めだ! 止め!」
 そう言うと、ザックはベッドにごろ寝する。
 世話係が来れば分かる事だ。それまで寝て待つさ。
 ……………
 ………
 …


 
「せんにんごろしさ~ん♪ おむつ交換に来ましたよ~♪ さぁ~、キレイキレイにしましょうね~♪」

 突然のハイテンションボイスが、ザックを眠りから強引に呼び戻した。
 何事かと身体を起こせば、目前に若い娘がいて、バッチリ目が合ってしまう。
 目覚めたザックに驚いた若い娘は、引きつった笑顔のまま固まっていた。
 気まずい沈黙に耐えきれず、ザックは娘に声をかける。
「よ、よう…。おはようさん」
 すると……
 若い娘は「ふう…」と声を漏らし、床に倒れてしまう。どうやら気を失ったようだ。
「おいおいおい! ちょっとお嬢ちゃん? お嬢ちゃんよっ!?」
 ザックは慌ててベッドを飛び降り、何度も肩をゆすってみるが、娘は意識を取り戻さない。
 放って置く訳にも行かないので、ザックは娘を抱きかかえ、ベッドに寝かせた。

 見たところ、15~6歳の若い娘で、ハイテンションボイスに猛烈なウザさを感じたが、気を失っている分にはえらい美人だ。
 服装はピンクのエプロンドレス。正確なプロポーションは服で隠れて分かりにくいが、ウエストは細く、乳はでかい。
 床に落ちていたナースキャップから察するに、看護婦のようだ。
 こんな若い娘に下の世話をされていたのかと思うと、申し訳ない気持ちになる。
 それにしても、美人過ぎる看護婦か……。ハニトラ要因だろうか。

 せっかくの情報源だ。目覚めるまで待つか? それとも、もう一つの情報源を探るべきだろうか。
 ザックは後ろを振り返る。
「さて、激しくトラップ臭いんだが、どうしたものかね」

 眠る前には何もなかった白い壁には、隠し扉が大きく開け放たれていた。
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