ケモノグルイ【改稿版】

風炉の丘

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【3】アイ、エニシ、ワカレ

3-6 40年前

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 思い返せば、ボスとジェイクとの因縁は40年前にまでさかのぼる。

 30歳になったばかりの彼は、ただのチンピラだった。家庭も顧みず、毎日酒に溺れていた。「いつかビッグになってやる」それが口癖だった。
 そんな彼も、若い頃は新進気鋭の冒険者だった。だけど膝に矢を受け、杖を手放せなくなり、すっかり変わってしまった。彼の人生は、とっくの昔に終わっていたのかもしれない。
 そんなある日、来るはずのないチャンスを持って、仮面の美女が現れた。"マダムオーガ"だった。
 彼女は礼を尽くし、彼を秘密結社"オーガ"にスカウトする。彼女の狙いは、先祖から代々受け継いだ使役妖魔だ。その力を"オーガ"の物とすべく、彼に近づいたのだ。
 秘密結社"オーガ"の一員となる。それは確かにビッグチャンスだった。ただし、人の道から大きく外れなければならない。鬼畜とならねばならない。だが、彼は迷わなかった。"オーガ"に捧げたのだ。自らも喰らったのだ。かつて大切だった家族達を…。
 晴れて"オーガ"の一員となった彼は、"マダムオーガ"から結社随一の武闘派チーム"ゴホンツノ"を預かり、指揮を執ることとなる。
 こうして彼は、人の道を捨てた。ただのチンピラは、"ボス"となった。

 "ゴホンツノ"を構成する、角の名を与えられた5人の暗黒戦士。彼らはボスと同様に"オーガ"の中では新参者だったが、ボス同様に"マダムオーガ"にスカウトされた強者で、"野薔薇ノ王国"の"王宮戦士"にも匹敵するバケモノと恐れられていた。
 彼らは"オーガ"に仇なす敵や裏切り者を次々と始末し、"ゴホンツノ"の評価はうなぎ登りに高まってゆく。それは同時にリーダーであるボスの評価でもあった。何をせずとも高まってゆく己の評価にボスは満足していた。これが己の実力なのだと慢心した。
 "ゴホンツノ"の仕事はいつも完璧だった。そう、あの日までは………

 それは、帝国に属する辺境の領主からの依頼だった。
 領主は"オーガ"に忠誠を誓い、求めに応じて必要な資金、物資、そして"食材"を提供していた。その為に、領内の民に圧政を敷き、領外に漏れぬよう帝国の役人には鼻薬を嗅がせ、希に現れる正義感の人は、事故に見せかけて人生を退場させてきた。
 ところが最近、義賊を気取る少年ギャング団が現れ、度重なる襲撃に頭を悩ませているという。
 "オーガ"としても貴重な供給源を絶たれるわけにはいかない。早速、"ゴホンツノ"に出撃命令が下る。
 順風満帆だったボスにとって、それは悪夢の始まりだった。

 少年ギャング団は、"ネバーランド"の守護神にあやかり、"ロストボーイ"と名乗っていた。実際彼らは、領主の手の者によって家族を殺され、天涯孤独になった子供達で構成されていた。故に領主が得意とする人質作戦は通用せず、怒りと憎しみに囚われた心は買収に応じない。山狩りをしてもアジトは見つけられず、唯一の方法は襲撃を待ち伏せて返り討ちにすることだけ。
 しかし"ロストボーイ"には1人、とてつもなく強い少年がいて、並の戦士では歯が立たなかった。
 ヤツの名はジェイク。推定年齢14歳。幼ない少年と共に領外から訪れた流れ者だ。得物はナイフだが、格闘術を組み合わせた特殊な動きで相手を翻弄する。超必殺技の"獣王乱舞"は、喰らった者を必ず冥府へと誘うのだと言う。
 ここで"ゴホンツノ"に致命的な欠点が露呈してしまう。5人の暗黒戦士は暗殺者ではない。根っからの武闘派なのだ。故に彼ら5人は、少年ジェイクとの一対一の真っ向勝負を望み、戦う順番まで決めてしまう。
 ボスがいくら「5人で攻めれば確実に勝てる」と説得しても、耳を傾ける暗黒戦士はいなかった。それどころか侮蔑され、見下され、哀れみすらかけられてしまう。
 彼らにとって、ボスは組織を維持するための形式的な存在でしかない。ただのお飾りだったのだ。
 5人の暗黒戦士と少年ジェイクの対決は、いずれも激戦に継ぐ激戦だった。歴史に残る名勝負だったかもしれない。しかし、いずれも暗黒戦士の敗北だった。"ゴホンツノ"の任務は"オーガ"に仇なす者の始末だ。結果の出せぬ名勝負に何の価値も無い。
 残された戦力は、肉壁くらいにしか役立たない十数人の雑魚な手下のみ。もはやボス自ら戦うしかなかった。もちろん、杖に頼らねば歩けないボス自身に戦闘力など無い。残された武器は持ち前の悪知恵。そして、唯一無二の切り札“アンティ”だった。

 5人の暗黒戦士がジェイクとの一騎打ちに興じている間、ボスも遊んでいたわけではない。
 少しでも戦いを有利に運ばせるため、情報収集に励んでいたのだ。その結果、思いがけない弱点を見つけた。天涯孤独の"ロストボーイ"には通用しないと諦めていた人質作戦が、ジェイクには有効だと判明したのだ。しかも、人質候補は二人もいた。
 一人は、流浪の旅を続けていた時の、幼い道連れ。ジェイクの弟分ザック。
 一人は、"ロストボーイ"に奪われた"オーガ"への捧げ物。食材少女ウェンディ。
 強敵ジェイク最大の弱み。このどちらかさえ手に入れれば……。
 ボスは人質作戦が有効だと5人の暗黒戦士に知らせるが、返ってきたのはやはり、侮蔑の眼差し。武人として、戦士として、ジェイクとの戦いを望む5人には、任務達成のために手段を選ばないボスのやり方は、到底受け入れられなかったのだ。
 こうして5人とボスの間に決定的な軋轢が生まれ、5人は勝手にジェイクに戦いを挑み、華々しく散っていった。
 中には戦いの中で友情に芽生え、ジェイクを称えながら笑って死んだ者もいたという。
 まったくもって反吐が出る!

 5人は勝手に戦い、勝手に死んだ。自業自得だ。
 だが、ボスは"ゴホンツノ"のリーダー。当然このままでは、管理責任を問われる。手ぶらで帰ろうものなら、無能の烙印を押される。その先に未来はない。何としてでも己の手で解決せねばならない。人質作戦を実行するしかない。
 しかし、人質作戦も完璧とは言えなかった。肝心の二人は"ロストボーイ"のアジトに匿われており、その場所は分からないままなのだ。迷ってはいられなかった。ついにボスは唯一無二の切り札を切る。
 アンティを投入したのだ。
 勇者の先祖から代々受け継いできた使役妖魔を、悪事に荷担させたのだ。
 ボスは己の保身のため、手柄のため、とうとう禁忌を破ってしまったのだ……。

 ここからはトントン拍子に事が進んだ。
 アンティの能力の1つ"千里眼"により、アジトはあっという間に見つかった。
 ボスは囮の情報を流すと、"ロストボーイ"は簡単に食い付いた。
 鬼の居ぬ間にアジトを襲撃すると、ザックとウェンディの二人はあっさり確保する。
 そして人質を盾にすると、ジェイクはあっけなく降伏した。
 アジトを失い、逃げ場を無くした"ロストボーイ"の残党も、最後まで抵抗を続け、散っていった。
 正に完全勝利。賞賛されて当然の結果だ。ボスは喜び勇んで"マダムオーガ"に報告する。彼女も大いに喜び、満足げに微笑んだ。
 だが少し、引っかかることもあった。「捕まえた三人は殺さず、生きたまま連れ帰るように」と指示されたのだ。
 "オーガ"に仇なしたガキ共だ。見せしめに公開処刑にでもするのだろう。
 その時は、そう思う事でボスは納得した。

 "ゴホンツノ"の本拠地に戻ったボスは、組織の立て直しを始める。主力の5人を失い、始末屋の持続は困難を極めたが、皮肉にも、ボスに楯突く5人がいなくなった事で、部下がまとまり始めたのだ。しかも5人を倒したジェイクをボスが捕らえたことで、部下の忠誠心が跳ね上がり、盤石な組織へと変貌していく。
「ピンチすらチャンスに変える男」 気がつけば、それがボスのキャッチフレーズとなっていた。

 "ロストボーイ"討伐から約二ヶ月。"マダムオーガ"が久々に、ボスの元へと訪れた。
 美貌の彼女はボスをねぎらうと、まずは"ゴホンツノ"の解体を通達する。そもそもが5人の暗黒戦士を意味するチーム名だった。主役不在の今、名前だけ残してもしょうがない。
 次にチームをファミリーへと昇格し、ボスや残ったメンバーをそのまま在籍させるとの通達が続く。これはボスだけでなく、部下も含めた全員の出世を意味していた。
 そして新たに受け持つ業務として、"商品"預かりを命じられる。死が隣り合わせの始末屋に比べるとかなり安全で、始末屋以上に重要な仕事である。それはボスの業績が認められ、信頼が高まった証と言っても良い。
 ただし…………
 ボスが心底笑顔でいられたのはここまでだった。

「この仕事をするには少々手が足りませんね。そこでワタクシが、優秀な人材を用意しましたのよ。いらっしゃい、坊や達♪」
 そう言って、"マダムオーガ"は2人の少年を招き入れる。
 現れたのは……
 クールに立ち振る舞いながらも、瞳に怒りと憎しみの炎を宿す14~5歳の美しい少年。
 あどけなさを残しながらも、死んだ目に狂気を宿す、5~6歳の幼い少年。
 ボスはすぐには気付かなかった。服装や雰囲気がまるで別人だったからだ。

「紹介しますわ。大きな子はジェイク君♪ 小さな子はザックちゃん♪ 二人とも、とっても可愛くて、とっても有望ですの♪ 貴方に預けます。上手に使いこなしてくださいね♪」
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