ケモノグルイ【改稿版】

風炉の丘

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【2】ナラクニマヨイテ

2-11 抗えザック!

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 ジェイクは復讐のため、自ら獅子身中の虫となるべく、"オーガ"の一員となった。忠を示すため、ありとあらゆる悪事に手を染めたのだろう。
だけど年を取り、疲れ果ててしまった。復讐の炎に身を焦がすことに限界を感じてしまった。そんな時に出会ったのが、ケモノビトの少女モナカだ。彼女を救うことで、罪滅ぼしをしようと考えた………のだろうか?
 少なくともザックにはそう感じられた。
 今さらだとは思う。少女1人救ったところで、"オーガ"の一員として犯してきた罪が精算できるわけがない。だが、それがジェイクの望みなら……。心から尊敬する兄貴が望むことなら……。ザックはジェイクの力になりたかった。手助けをしたかった。役に立ちたかった。そして褒めてほしかった。ガキの頃から何も変わらない。
 しかし現実はどうだ。"オーガ"によって殺し屋に仕立て上げられ、ジェイクを裏切り者として処刑しようとしている。ジェイクにあと数歩近づくだけで、ザックにかけられた呪いが発動してしまうのだ。

「兄貴……オレはどうすれば良いんだ?」
「過去を思い出せ。もしくは、何もかも諦めて呪いを受け入れろ」
「冗談はよしてくれ!」
「冗談じゃないさ。お前が思い出さなければ、いずれそうなる」
「そもそも、何故こんな逃げ場のない"ひみつきち"に逃げ込んだのさ。オレの記憶を揺さぶるにしても、リスクが大きすぎやしないか?」
「仕方なかったのさ。何しろ私にとって一番の脅威が、呪われたままのお前だからな」
「そりゃ……どういうことだい」
「お前の、私を慕う心が利用されているんだよ」
「オレの……心?」
「覚えているか? 子供の頃のお前は、どこまでも私のあとを付いてきた。どんなに走って距離を取っても追い掛けてきた。気配を消して隠れても、痕跡を辿って見つけ出した。お前の追跡術から逃れられた事なんて一度も無かったよ。おかげでお前の『待ってくれよ兄貴』が、軽くトラウマになっちまった」
「そ、そりゃ、済まねぇ」
「私がどこに逃げようと、お前は必ず私を見つけ出す。呪われたままのお前が私を射程距離に捕らえれば、無意識にナイフを突き立てて来るだろう。お前を無力化しないと逃亡生活すら成立しないのさ」
「だからオレに記憶を取り戻させるために、"ひみつきち"に篭もった……?」
「その通りだ。あの頃の思い出が詰まった場所は、他に無いからな。一か八かの大博打だったが、ここに賭けるしかなかったのさ」
「オレが近寄らなければ、兄貴は安全なんだろ? だったら……」
「残念ながらそうはならないだろうな。お前が離れたつもりでいても、無意識に私を追い掛けてくる。そう言う呪いなんだよ」
「じゃ、じゃあ……」
「残念ながら私は詰みだ。お前の記憶が戻らないようではな」
「いや、待て。待ってくれ兄貴」
「くっ…………」
「あ、済まねぇ。兄貴のトラウマだっけか」
「いいさ。気にするな。それで何を待てと?」
「さっき兄貴は言ったよな。オレを無力化すれば良いと。だったら、方法はあるぜっ!」
 ザックは懐からナイフを取り出すと両手で掴み、切っ先を自分に向ける。
 そうさ。答えは簡単だ。オレが死ねば、死にさえすれば、万事解決だ。これ以上兄貴に迷惑をかけるのは耐えられない。むしろ兄貴のために死ねるなら本望だ。
「おい、ちょっと待てザック。お前、何をする気だ?」
 ザックは迷わず己の心臓へと、ギラリと光る切っ先を突き立てた!
 弟分の思わぬ行動に、ジェイクは驚き、呆気にとられ、そして目を伏せる。
「ああザック……。ザックよ……。お前の心意気、尊敬に値するぜ」
 そしてジェイクは深くため息を付いた。
「だけどな……。無意味なんだよ」
 切っ先は、胸元の一寸先で止まっていた。ザックがどんなに力を入れても、腕の筋肉が硬直しナイフは動かない。ザックは理解した。これもまた呪いなのだ。
「ちくしょうめ……」

 ザックが力を抜くと、途端に筋肉の緊張がほぐれ、腕が自由に動くようになる。任務の放棄は許されないと言うことか。
 自殺を諦めたザックは、ナイフを懐にしまいながら、ふとつぶやく。
「なあ兄貴、現状維持はいつまで続けられると思う?」
「ははは♪ 現状維持か。そりゃあいい。明日の夕方まで続けられたら、ボスも道連れに出来るぞ♪」
「道連れ?」
「オークションが開かれるのは明日の夜だが、夕方までには会場にモナカちゃんを連れて行かねばならない。それが出来なきゃ、当然ボスも命で購う事になる。もっとも"オーガ"なら、見せしめでファミリーごと潰すだろうけどな」
「へぇ。そりゃ可哀想にな」
 同情はするが、ザックにとって大事なのは、一にジェイク、二にジェイク。三、四が無くて、五にキュベリと言ったところだ。2人を始末しようとするボスも、2人の居場所ではなくなったファミリーの行く末も、今となってはどうでも良い。
「当然ボスは、お前がしくじる事も想定しているだろうよ」
 ザックはしくじった覚えなど無いが、ボス視点では確かにそうなる。
「つまり、ボスが何か仕掛けてくるって事かい?」
「ボスだってなりふり構っていられないからな。とっておきの切り札を切ってくるだろうよ」
「切り札? とっておきの?」
「ザックは知っているか? 何世代前か忘れたが、ボスの先祖は世界を救った勇者だったんだぜ」
「ええっ!? マジで?」
「ああ。マジもマジ。大マジさ」
「それが今じゃ犯罪組織のボスかよ。世知辛いねまったく」
「今じゃすっかり落ちぶれた勇者様の子孫だが、一つだけ特別な家宝を受け継いでいるのさ」
「特別な家宝? そりゃあ一体何なんだい?」
「名前は確か……"妖魔の勾玉"だったか。なんでも、勇者が倒した妖魔王を封じ込めた勾玉で、勇者の血筋の者だけが、勾玉に封じた妖魔を使役できるらしい。つまりその勾玉が、ボスが勇者の末裔だという何よりの証拠なのさ」
「そりゃ……まいったな」
 ザックは対人特化の殺し屋だ。対妖魔戦では、一般的冒険者にも劣るだろう。はたして、太刀打ちできるだろうか。
「だけど、何でそんなスゴイもんを隠してたんだ?」
「使役するにも回数制限があるのさ」
「ああ、なるほどね。そんなとっておきなら、使い渋りたくもなるか……」

 ズズズゥゥン

 突然、地響きが"ひみつきち"に鳴り響いた。地震……だろうか。
「どうやら、年貢の納め時のようだな、ザック」
「年貢?」
「今のは恐らく入り口だ。誰かが無理矢理開けようとして、自爆スイッチが入ったんだろうよ」
「えっ!? ま、まさか……キュベリが先走ったか?」
「キュベリだと? お前、キュベリを連れてきたのか?」
「いや、雑木林にはキュベリのチームが先に来ていたんだよ。ボスがキュベリに監視役を付けていて、それで兄貴の居場所が分かったのさ」
「監視役……。千里眼? ああ、そうか。そう言うことか。ザックよ、どうやらボスはとっくの昔に切り札を切っているようだぜ」
「そりゃ兄貴、どういうことだい」
「恐らく私達の行動は、ボスの妖魔に監視されている。お前のしくじりも、全部筒抜けだろうぜ」
「つまり? どういうことだい?」
「もうあまり、時間は残されていないって事だ」
「兄貴、オレはどうすれば良い?」
「今となっては、言えることは一つだけだ」
「言ってくれ兄貴。そりゃ一体何だ?」
「抗え!」
「あらがえ?」
「そうだザック。抗え! 納得できない運命なら受け入れるな! 命ある限り逆らい続けろ!」
「……分かったよ兄貴。抗ってみせる。だが、今はとりあえず、入り口の様子を見てくる。呪いが解けないんじゃ、ここにいてもしょうがないもんな」
「ああ。行ってこい。油断するなよ」

 それが、生きたジェイクを見た最後だった。
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