ケモノグルイ【改稿版】

風炉の丘

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【1】ヤサシククルウ

1-8 “ひみつきち”

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 大小2つの足跡は、現れては消えを繰り返していたが、ザックが予想した通りのルートに残されていたため、辿るのは難しくなかった。
 しかし、高さ1メートル程の岩が鎮座する前で、足跡は完全に途絶えてしまう。
「さて、足跡が途絶えたわけだが、坊やはどう見るね?」
「なんとうか…その……この岩が、あからさまに怪しいです」
「はははっ、違いねぇ」
「足跡に気付いたジェイクさんが、痕跡を残さないようこの岩に登り、近くの木の枝に飛び移って逃げたのではないでしょうか!」
「ほう、そりゃ面白い。確かにこの岩は踏み台にちょうど良いし、兄貴にニンジャの才能があれば可能かもしれないな♪」
「ザックさんの反応からして、ハズレですね」
「いやぁ~分からんよ♪」
「やっぱりハズレなんだ。でしたら……でしたら……もしかして、ここが"ヒミツキチ"の入り口なのでは?」
「はははっ、気付かれちまったか~~♪ で、どうする? どうやって入り口を開けようか?」
「でしたら、ごり押しますっ!! どりゃあああっ!!」
 マンモスは自慢の怪力で押した! 押して駄目なら引いてみた! そして持ち上げようとした! だが、岩はびくともしなかった。
「ザックさん、降参ですわ。これは無理ですぅ」
「はははっ♪ 無謀な挑戦を迷わず出来るたぁ、若いってのは良いもんだな。だが、腰は気をつけろよ。ギックリをやっちまうと、回復魔法でも完全には治しきれないって聞くぜ? じゃあ、お待ちかねの正解だ」
 ザックは岩に手をかざすと呪文を唱えた。
「チチンプイプイ ゴヨノオンタカラ……っと」
 すると鎮座していた岩が、音もなくフワリと真上に浮かび上がった。
「反重力魔法を応用した、鉄壁の鍵ってわけだ」
「こんな正解、分かりっこないじゃないですか~~!!」腰を押さえながらマンモスは嘆いた。
「なに、呪文だけが正解じゃねえさ。もしかしたら坊やの怪力で何とかなったかもしれないだろ? さてと……どうしようかね」
 フワリと浮かぶ岩の下には、底へと続く階段があった。しかし入り口は狭く、大の男がギリギリ入れる程だった。ザックはともかく、巨漢のマンモスが入るにはかなり狭い。
「坊やは外で待つってのはどうだ?」
 そう言われたマンモスは、思わず後ろを振り返り、青ざめる。草木が邪魔でもう見えないが、その先には首の無い大熊が横たわっていた。
「いやいやいやいや! 勘弁してください! あんな猛獣がまだいるんでしょ!! こんなところに置いてかないでくださいよっ!」
「この下にはその大熊をぶっ殺した、コワ~イお人が待ってるんだけどな」
「まだ人の方がましですって!!」
「まあいいけどよ。じゃあ坊やは最初の部屋で待ってるんだぜ」
 そう言って、ザックは階段を降りてゆく。マンモスも身体を傾け、横を向きながら底へと消えてゆく。
 二人の影が入り口から消えると、浮かんでいた岩が音もなく降りて行き、再び入り口は閉ざされた。

 ザックが下へと続くトンネルを下っていると、後に続くマンモスは、困惑しながら話しかけてきた。
「あの…ザックさん。この穴は何なんです? 人の手で加工されてますけど、人が掘ったにしては無駄が多い感じがします。かといって天然の穴とも思えません。一体何なんです?」
「なんだ、坊やは地質学とか詳しいのかい?」
「学なんてありゃしません。ガキの頃、炭鉱でこき使われてただけです」
「なるほどな。じゃあ……坊やは、"掃除屋"と呼ばれてる魔獣を知ってたりするか?」
「いえ…。知らないです。ザックさんみたいな殺し屋の魔獣ですか?」
「はははっ♪ 確かにオレも掃除屋かもな。だがちょっと違うんだ。だったら、"帝国"の東に広がる大森林なら知ってるか?」
「たしか"深キ深キ森"でしたっけ。魑魅魍魎で溢れかえってるって聞いてます」
「奴らはそこにいてな、獣道をふさぐ倒木を取り除いたり、行き倒れた屍体を餌に持ち帰ったりと、あの大森林を綺麗に片付けてるから、付いたあだ名が“掃除屋”なんだってよ」
「はあ、そうなんですか。なんか、死んだかーちゃんみたいな魔獣ですね」
「ははは。かーちゃんか。そりゃいい。正体はかーちゃんとは程遠いけどな」
「どんなヤツなんです?」
「それがな、犬ほどもある馬鹿でかいアリなのよ」
「ええええっ!? でかいアリですかっ!」
「その馬鹿でかいアリがな、時々大森林から飛び出して、人間様の世界に巣を作ろうとするんだよ。いわゆる"ハグレモノ"だな」
「ハグレモノ……」
「奴らが繁殖を始めたら一大事だ。動物はみんな餌にされちまう。もし近くに村があったら、家畜はもちろん人間だって餌食さ。実際、"掃除屋"に滅ぼされた村はいくつもあるんだぜ」
「メッチャヤバイじゃないですか!!」
「ああ、その通り。メッチャヤバイ。だから"ハグレモノ"は見つけ次第皆殺しにしなきゃいけねぇのさ」
「………あっ! もしかしてこのトンネルって、その馬鹿でかいアリの巣だったりします!?」
「御名答♪ 偶然にも繁殖しているところを見つけてな、大事になる前にオレ達だけで駆除して、奴らの巣を丸ごといただいたってわけよ。だから世間様は、ここに"ハグレモノ"がいたことも、オレ達の"ひみつきち"があることも、何もしらねぇのさ」
「ということは、ザックさん達は人知れず人助けをしてたんですか」
「人助け? そうなるのかねぇ? それはそうとこの"掃除屋"、食うと美味いんだぜ♪」
「ええええええっ!! でかいアリ食べちゃうんですかっ!!」
「駆除したおかげで肉は山のようにあったからな。試しに焼いてみたら良い匂いでな。食ってみたら絶品よ♪」
「………そ、そういえば、聞いたことがあります。"野薔薇ノ王国"の郷土料理にアリ料理があるってっ!」
「おいおいおい! マジかよ!」
「聞き間違いでなければ……ですけど」
「まいったねこりゃ。美人だけでなく、美味い料理まであるのかい。"野薔薇ノ王国"に行く理由が増えちまったよ♪」

 やがて道の左に木造のドアが見えてくる。ドアの隙間からは明かりが漏れていた。間違いない。誰かがいる。もしくは、いたのだ。
 ザックはドアをノックしてから声をかける。
「兄貴。ジェイクの兄貴、いるのかい? ドアを開けるぜ?」
 用心しながらドアを開けるが、人の気配は感じない。二人は用心しながら楕円形の小さな部屋に入る。天井にはランタンが吊され、部屋を照らしていた。中央には机が置かれ、椅子が4つ置かれている。部屋の端には木箱がいくつか置かれており、食器や積み木や木作りのオモチャが入っていた。トラップの類は無いようだ。
「ザックさん、この部屋はなんなんですか?」
「強いて言うなら会議室…かね? 遊び部屋だったり、食堂だったり、色んな事に使ってたよ。さて……ここにいないとなると、更に底へ向かったって事になるが……。坊やはここで待ってな」
「いや、ですが…」
「ここから先は狭いだけじゃねぇ。侵入者用の即死トラップがいくつもある。無駄死にされちゃ迷惑なんだよ」
「そ、それでしたら、せめてこれだけでも持ってってください」
 そう言ってマンモスは懐からアンプルを取り出す。それは裏社会で流通している超回復薬"ソーマ"の粗悪な模造品だが、回復効果はそれなりにあった。
 ザックはありがたく一本受け取ると、ポケットにしまう。
「それではザックさん、ご武運を……って言うんでしょうか? きっと戻って来てくださいね」
「あいよ」

 不安げに見つめるマンモスを残し、ザックは更なる底へ、奈落へと下ってゆく。
 この先に兄貴がいる。この下にきっといる。だが……、オレを待っているのは、兄貴だけなのか?
 懐かしい静寂と暗闇は、ザックに言い知れぬ恐れを呼び起こす。何かが引き返せと訴える。だけど、もう……

 後には戻れない。

第1章・完
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