ケモノグルイ【改稿版】

風炉の丘

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【1】ヤサシククルウ

1-5 見せしめと連鎖

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 男達の集団に囲まれたその若者は、両腕を縛られ跪かされていた。リンチを受けたのだろう。顔は何度も殴られ、腫れ上がっている。
 突然集団が二つに割れると、長身で神経質そうな男が現れた。若頭のキュベリだった。彼はゆっくり歩み寄ると、若者の喉元にナイフを突き付ける。
「カンタァ。ねえ、カンタァ。な~んで裏切っちゃったのかなぁ?」
 若者はうつむいたまま答えない。
「金が欲しかった? アタシ達に恨みでもあった? まさか…女だったりする?」
 若者はうつむいたまま答えない。
「教えなさい。どこに"商品"を出荷する気だったの? 教えてくれれば楽に殺してあげるけど?」
 すると若者は、うつむいたまま答えた。
「違います…。そりゃ違いますぜ、若頭……」
「あら、違うの? 一体全体何が違うって言うのかしら?」
「あの子にはモナカって名前があるんだ。"商品"なんかじゃありやせん。断じて違いますぜ」
「ふうん。"商品"を名前で呼ぶわけだ」
「へへ……当たり前でしょう。オレっちはあの子の……モナカの……"にぃに"なんですから…」
「はぁ? にぃに? なにそれ?」
「へへっ。知らないんですかい、若頭……。有り体に言うと、兄貴って意味でさ…」
「そんな事は知っている! 何故お前が"商品"のお兄ちゃんを気取るのっ!?」
「決まってますでしょ。モナカがオレっちの妹だからスよ……」
「あぁ? お前、気でも狂ったの?」
「若頭には分からねぇでしょうけど……兄貴が妹を護るのは……当たり前の事なんスよ……」
「それが裏切った理由? つまり、情にほだされたってコト? やれやれ…まったくもって救えないヤツだね」
 若者は答えず、ただ不敵に笑う。
「カンタァ……。ねぇカンタァ。お前まさか、忘れちまったのかい? だったら思い出させてあげる。お前の本当の妹なら、とっくの昔に死んでるでしょう?」
 若者から笑顔が消えた。その目には徐々に絶望が宿っていく。
「しかもお前のせいで死んだんだってね~♪」
「う……嘘だっ!」
「嘘も何も、お前がアタシに打ち明けた話だ。真相は誰よりもお前が知っているだろう?」
「ち、違う! あれは違うんだっ! ま、護るんだ! 今度こそ……」
「憐れだね…。本当に救えない…」
「モナカはオレが護るっ!! "にぃに"のオレがっ!! 絶対に護るんだぁっ!!」
「やれるものならやってみなさい、にぃにちゃんっ♪」
 神経質そうな男は、哀れむような目で見つめながら、若者の首を切り裂く。
 喉から鮮血を噴き出しながらも、若者は叫んだ。その命尽きるまで、声にならぬ声で叫び続けた。

 ただ一言、"モナカ"と……



 気がつけば、マンモスは滝のように涙を流していた。
 彼は友が死ぬ様を、ただ見ていた。見ている事しかできなかった。
 恵まれた巨体を活かし、"巨像乱舞"で暴れ回れば、あるいは助けられたかもしれない。
 だけど、50人ものチームを敵に回す勇気が無かった。何より若頭のキュベリが恐ろしくて、足がすくんで動けなかった。
 彼にとっては、生涯に渡って引きずり続ける心の傷だろう。
「すんまへん。少し…待っててください」
 マンモスは袖で涙を拭い、何とか自分を落ち着かせると、話を続ける。
「死に際にカンタァは言ったんです。『妹はオレが護るんだ』って」
「それが、カンタァの呪いだと?」
「だって、その後からなんですよ! チームの奴らが少しずつおかしくなったのは! "商品"のことを"モナカちゃん"と言い始めたり、妹の素晴らしさを語り合ったり、嫌がらせばかりしてたヤツまで妙に優しくなったり…。そして次々と裏切り者となりました。みんながみんな、カンタァみたいになっちまうんです。話を合わせてオレも"モナカちゃん"って呼んでましたけど、なんだか怖いんです。チームの奴らが…」
「なるほどねぇ……」
 動じる事無く静かに聞いていたザックだったが、内心は頭を抱えていた。まさかの呪いと来たもんだ。まいったねこりゃ。完全に専門外だよ。
 やれやれ、どうしたものか……。

 ここはとりあえず、一服するかね。
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