死神腕の少年剣士

【３】護る! 守る!! まもる!!! マモル!!!!

3-2 緊･急･事･態

「何事かぁっ！！」
　突如、ライオ隊長がドアを蹴破って飛び込んで来た。身体を電撃で発光させ、すでに臨戦態勢である。
「おおライオか。ワシじゃワシ、偉大なる大魔道士、グリゴリヲ・ラズじゃ！」
「ラ、ラズ老師ですと？　……こんな夜中に、いったい何をやっとるんですか！」
「いや、スマン。マジでスマン。"タルタロス"でシャレにならぬ事があってな。ドアをノックする余裕も無かったんよ」
「"タルタロス"？　というと、地下実験場で事故ですか！？」

　新たな魔法を開発したなら、実際に詠唱して効果を確認する必要がある。
　しかし、恐ろしいのは術式に潜むバグの存在だ。魔法の失敗や暴走を引き起こす危険がある。低位魔法の暴走なら自宅ラボを吹っ飛ばす程度で済むが、高位魔法が暴走すれば街の一つや国一つ壊滅しかねない。
　そんな実験を地上でやれば、あまりにも危険である。なので古代の賢者達は、いかなる魔法の暴走をも防ぎきる大実験場を、奈落の底に築き上げた。その名を"タルタロス"。智の探求者たる魔道士の聖地であり、総本山である。

「…にしても、公安団になんて言い訳するつもりです。ここまでおおっぴらな事されては誤魔化しきれませんよ？
　つまり、それどころじゃない事態が進行中というわけですか」
　ライオは臨戦態勢を解き、電光が収まる。
「うむ。このままでは"世界の宝"を失うかもしれぬ」
「それほどの事態でしたら、私が行きましょうか」
「ライオが？　隊長自ら？　ふ～む。確かに"史上最強の王宮戦士"と唄われたお主なら、大抵の事は解決できそうじゃが…。いや、ダメじゃ。お主の電撃殺法はきゃつには効果が薄いやもしれぬ。やはりシロガネを借りたい。ワシの見立てでは死神腕こそが最も効果的なのでな」
「シロガネの口には戸が立てられませんぜ？」
「覚悟の上よ。むしろ『その時が来た』のだとワシは考えとる」
「分かりました。聞いたなシロガネ。行ってこい！」
「え？　な、なに？」
「いい加減目を覚ませシロガネ！　出撃だ！」
「う、うん…　出撃…」

　寝ぼけ眼のシロガネに、2人の会話が理解できるはずもなかったが、出撃しなければならない事だけは分かった。
　とにかく服を着よう。王宮戦士の制服を着ないと…。武器は……あれ？　グレートソードは折れたままだっけ。ええっと、ええっと、どうするんだっけ？　眠すぎて頭が働かなかった。
「ええいもう、しっかりせんかシロガネ！　準備はいい！　"タルタロス"で何とかする！　必要なのはお前だけじゃからな！　だから一足早く行っておれ。ワシも後から行く！」
「……う？」
「聞こえとるかベロニカ！　…ああ、そうじゃ！　今からシロガネを送るぞ！」
「……ん？」
「よし。今からお前をベロニカの元へ送る。いいな？」
「……え？」
「じゃあ、行ってこい！」
　ラズ老師が杖の頭で軽く触れると、シロガネの視界が一気に歪む。転送……か？
　気がつくと周囲は明るく白い部屋に変わっていた。目の前にはラズ老師の代わりにベルトチカ老師が立っている。
「"タルタロス"にいらっしゃい！　……って、あらあらあらあら！　どうしちゃったのシロ坊？　ずいぶんと懐かしい格好だけれど…」
　ベルトチカ老師の視線に気付き、シロガネも下を見る。
「うわわわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！？」
　パンツが……さっきまで履いていたはずのパンツが、消えていた。

　"赤い糸"の転送術は、ラズ老師とベルトチカ老師の間で必要なものを送り合う術。
　この時、ラズ老師に必要だったのはシロガネだけだった。右腕の包帯の重要性は知っていたので一緒に送られたが、パンツまでは気が回らなかったようだ。それだけ、ラズ老師に余裕が無いとも言える。
　実際、ベルトチカ老師は「着替えも送りなさい」と連絡を入れるが、ラズ老師は「それどころではないわ！」と取り合ってくれなかった。すでに飛行術で飛び立ち、戻る最中のようだ。
「しょうがないねぇ。今はこれで堪忍しておくれ」
　ベルトチカ老師は自分のマントを脱ぐと、シロガネに渡す。白いマントを腰に巻いたシロガネは、まるで風呂上がりのようだった。
　ひとまず落ち着いたシロガネは、辺りを見回す。白い床。白い壁。白い天井。照明は無いのに明るい部屋。冷たいけど、どこか暖かい。不思議な空間だったが、シロガネには見覚えがあった。
「懐かしいかい？　ここは昔、シロ坊の部屋だったんだよ」
「え！？　ボクの部屋？」
「シロ坊が保護されて、右腕が上手く使えるようになるまで、ずっとここで暮らしていたのさ。ああ、まるで昨日の事のように思い出すよ。あの頃のシロ坊は6歳くらいだったかね。とっても可愛かったんだよ。シロ坊は今も可愛いけれどね♪」
　思わずむくれるシロガネ。可愛いとか言われてもちっとも嬉しくない。
「思い出の品は箱に入れてしまっているから、後で見ようかね♪　でも今は、一刻も早く問題を解決しないとね」
「あ、そうだよばあちゃん！　何が起きてるの？」
　ベルトチカ老師は、瞳に焦りを滲ませる。
「助けておくれ。シロ坊だけが頼りなんだ」