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【2】尊きは安らかなる日常
2-7 バイバイ
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「あのね、にぃに、姫様ってとってもお優しいの」
頭が痛い。ズキズキする。でも…
「お部屋も広くて、ベッドはお城みたい…なんだよ」
身体が寒い。汗が止まらない。それでも…
「それでね、にぃに…、姫様…とってもお優しくて……」
意識が薄れる。失いそうになる。それでも、離れたくない…
「モナカ…もうお帰り」
辛そうなモナカに、シロガネは優しく諭す。
「いや! まだ来たばっかりだもん!」
「このままじゃ、モナカが死んじゃうよ」
「いいもん!」
いっそのこと、“にぃに”に命を吸われて死んでしまいたい…。それは全てに絶望していたモナカの、密かなる願いだった。
「よくないよ。モナカが死んだら悲しいじゃないか。モナカはボクを独りぼっちにするの?」
だけどいつも踏み留まる。にぃにが大好きだから。にぃにに笑顔でいてほしいから。
「……ごめんね、にぃに」
渋々と手をふりほどくモナカは隣に座るが、体調を崩してフラフラだった。しばらくは立ち上がれそうにない。
風通しの良い場所でも、直接右腕に触れなくても、密着するほど近ければ、ジワジワと影響が出てしまう。体調を崩し、死に近づいてしまう。
シロガネも、なるべくモナカに影響を与えないよう、右腕を花のバスケットに突っ込んでいたが、残っていた十数本の花々は全て干からびていた。もしモナカがこの花のように干からびてしまったら…。想像するだけでも恐ろしい。
しかし困った事になった。立ち上がる元気も無いモナカを、どうやって馬車まで連れて行こう?
シロガネは立ち上がると、屋根の端から寮の正面玄関を見る。近衛団のビーンスタークは変わらずそこで待機していた。彼を呼んでモナカを連れ帰ってもらうか? しかしビーンスタークはどうやって連れ帰るだろう? 騎士らしくお姫様だっこか? それは……1人の兄として、なんとも面白くない。
かと言ってシロガネが連れて行くのは危険だ。廊下を通り、玄関に辿り着くまでにモナカの症状が悪化する。
いやまてよ? ルートならもう一つあるじゃないか。
「モナカ立てる?」
「ごめん、にぃに。まだちょっと無理……」
「じゃあ、ボクに抱きつける?」
「えっ!? いいの? でも……」
「ちょっとの間だけだから大丈夫だよ」
「なんだぁ。ちょっとだけなの?」
「そう。ちょっとだけだから、しっかり抱きついてね。右腕には触っちゃダメだよ」
「うん♪」
モナカがシロガネの首に腕を回すと、シロガネは左腕をモナカの背に回し、優しく立たせる。
「でも、にぃに、これからどうするの?」
「ちょっとだけ、空を飛ぶんだよ」
「え? お空を?」
「怖かったら目をつぶってていいから」
「ええええっ???」
シロガネは左腕でモナカをしっかり抱えると、そのまま屋根から飛び降りた。
「きゃ~~~~~~!?」
シロガネは右腕で壁や木を伝い、スピードを殺しながら落下して行き、ビーンスタークのちょうど手前に着地した。
「はい、とうちゃ~く」
「あはははは♪ もう~、ビックリしたぁ」
楽しそうに笑うモナカ。"ケモノビト"には、むしろこれくらい刺激的な方がちょうど良いようだ。
そんな2人をビーンスタークは、呆れ顔で見つめていた。
「まったく王宮戦士は、粗野で下品極まりないな。階段で下りるという発想はないのかね?」
「ええっと、近衛団の人……。ごめん、なんて名前だっけ?」
「ビーンスタークだ! ジャン=ジャック・ビーンスターク! 何度自己紹介すればいいだ。いい加減覚えてくれないかね、シロガネ殿」
「ごめん。それでさ、ビーン」
「ビーンスタークだ!」
「ええっとビーンスターク、モナカが具合悪いんだ。なるべく馬車を揺らさないようにしてね」
状況を理解したビーンスタークは、深く大きなため息をつく。
「モナカ嬢! 貴方もタレイア姫様の侍女なのですから、もう少し自重なさい!」
するとモナカは、ビーンスタークをキッと睨むと、こう言い放った。
「姫様にはちゃんとお許しをいただいております。貴公が口出しする問題ではありませんわ!」
シロガネは驚いた。ビーンスタークと話すモナカは、まるで別人だ。
とても大人びていて、貴族か富豪のお嬢様のようだった。
シロガネが王宮戦士として頑張っているように、モナカも姫様お付きの侍女として頑張っているのだ。
うかうかしてるとモナカに置いて行かれそうだ。シロガネは、もっと修行を頑張ろうと思った。
「じゃあね、にぃに。また来るね」
「うん。いつでもおいで。…スタークもモナカを護ってね」
「ビーンスタークだっ! 言われるまでもない。モナカ嬢の護衛はタレイア姫様の勅命だからな。この身に代えても果たすさ」
「ありがとう」
「ふん」
「バイバイ、にぃに…」
「バイバイ、モナカ…」
その言葉を合図に、馬車は走り出す。気がつけば日は西に傾き、空は夕焼けで赤く染まっていた。
そして尊き日常は、ゆっくりと幕を下ろす。
そして幕間のひととき。せめて次の一幕が始まるまで、安らかに……
「ああっ、もうっ! シロちゃんったら、また飛び降りたのねっ!!」
「わぁっ、おばさんごめんなさぁい!」
次の一幕が始まるまで、安らかに。
【2】尊きは安らかなる日々・完
頭が痛い。ズキズキする。でも…
「お部屋も広くて、ベッドはお城みたい…なんだよ」
身体が寒い。汗が止まらない。それでも…
「それでね、にぃに…、姫様…とってもお優しくて……」
意識が薄れる。失いそうになる。それでも、離れたくない…
「モナカ…もうお帰り」
辛そうなモナカに、シロガネは優しく諭す。
「いや! まだ来たばっかりだもん!」
「このままじゃ、モナカが死んじゃうよ」
「いいもん!」
いっそのこと、“にぃに”に命を吸われて死んでしまいたい…。それは全てに絶望していたモナカの、密かなる願いだった。
「よくないよ。モナカが死んだら悲しいじゃないか。モナカはボクを独りぼっちにするの?」
だけどいつも踏み留まる。にぃにが大好きだから。にぃにに笑顔でいてほしいから。
「……ごめんね、にぃに」
渋々と手をふりほどくモナカは隣に座るが、体調を崩してフラフラだった。しばらくは立ち上がれそうにない。
風通しの良い場所でも、直接右腕に触れなくても、密着するほど近ければ、ジワジワと影響が出てしまう。体調を崩し、死に近づいてしまう。
シロガネも、なるべくモナカに影響を与えないよう、右腕を花のバスケットに突っ込んでいたが、残っていた十数本の花々は全て干からびていた。もしモナカがこの花のように干からびてしまったら…。想像するだけでも恐ろしい。
しかし困った事になった。立ち上がる元気も無いモナカを、どうやって馬車まで連れて行こう?
シロガネは立ち上がると、屋根の端から寮の正面玄関を見る。近衛団のビーンスタークは変わらずそこで待機していた。彼を呼んでモナカを連れ帰ってもらうか? しかしビーンスタークはどうやって連れ帰るだろう? 騎士らしくお姫様だっこか? それは……1人の兄として、なんとも面白くない。
かと言ってシロガネが連れて行くのは危険だ。廊下を通り、玄関に辿り着くまでにモナカの症状が悪化する。
いやまてよ? ルートならもう一つあるじゃないか。
「モナカ立てる?」
「ごめん、にぃに。まだちょっと無理……」
「じゃあ、ボクに抱きつける?」
「えっ!? いいの? でも……」
「ちょっとの間だけだから大丈夫だよ」
「なんだぁ。ちょっとだけなの?」
「そう。ちょっとだけだから、しっかり抱きついてね。右腕には触っちゃダメだよ」
「うん♪」
モナカがシロガネの首に腕を回すと、シロガネは左腕をモナカの背に回し、優しく立たせる。
「でも、にぃに、これからどうするの?」
「ちょっとだけ、空を飛ぶんだよ」
「え? お空を?」
「怖かったら目をつぶってていいから」
「ええええっ???」
シロガネは左腕でモナカをしっかり抱えると、そのまま屋根から飛び降りた。
「きゃ~~~~~~!?」
シロガネは右腕で壁や木を伝い、スピードを殺しながら落下して行き、ビーンスタークのちょうど手前に着地した。
「はい、とうちゃ~く」
「あはははは♪ もう~、ビックリしたぁ」
楽しそうに笑うモナカ。"ケモノビト"には、むしろこれくらい刺激的な方がちょうど良いようだ。
そんな2人をビーンスタークは、呆れ顔で見つめていた。
「まったく王宮戦士は、粗野で下品極まりないな。階段で下りるという発想はないのかね?」
「ええっと、近衛団の人……。ごめん、なんて名前だっけ?」
「ビーンスタークだ! ジャン=ジャック・ビーンスターク! 何度自己紹介すればいいだ。いい加減覚えてくれないかね、シロガネ殿」
「ごめん。それでさ、ビーン」
「ビーンスタークだ!」
「ええっとビーンスターク、モナカが具合悪いんだ。なるべく馬車を揺らさないようにしてね」
状況を理解したビーンスタークは、深く大きなため息をつく。
「モナカ嬢! 貴方もタレイア姫様の侍女なのですから、もう少し自重なさい!」
するとモナカは、ビーンスタークをキッと睨むと、こう言い放った。
「姫様にはちゃんとお許しをいただいております。貴公が口出しする問題ではありませんわ!」
シロガネは驚いた。ビーンスタークと話すモナカは、まるで別人だ。
とても大人びていて、貴族か富豪のお嬢様のようだった。
シロガネが王宮戦士として頑張っているように、モナカも姫様お付きの侍女として頑張っているのだ。
うかうかしてるとモナカに置いて行かれそうだ。シロガネは、もっと修行を頑張ろうと思った。
「じゃあね、にぃに。また来るね」
「うん。いつでもおいで。…スタークもモナカを護ってね」
「ビーンスタークだっ! 言われるまでもない。モナカ嬢の護衛はタレイア姫様の勅命だからな。この身に代えても果たすさ」
「ありがとう」
「ふん」
「バイバイ、にぃに…」
「バイバイ、モナカ…」
その言葉を合図に、馬車は走り出す。気がつけば日は西に傾き、空は夕焼けで赤く染まっていた。
そして尊き日常は、ゆっくりと幕を下ろす。
そして幕間のひととき。せめて次の一幕が始まるまで、安らかに……
「ああっ、もうっ! シロちゃんったら、また飛び降りたのねっ!!」
「わぁっ、おばさんごめんなさぁい!」
次の一幕が始まるまで、安らかに。
【2】尊きは安らかなる日々・完
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