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【2】尊きは安らかなる日常
2-5 妹、モナカ
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軽快に石畳を蹴る音と、車輪の転がる音が近づいて来る。その音は寮の正面玄関で止まった。寮に客でも来たのだろうか。
屋根上からシロガネが見下ろすと、二頭立ての4輪馬車が止まっている。貴族や金持ちが使うシックな高級馬車だ。シロガネはその馬車に見覚えがあった。
御者が降りてドアを開けようとすると、突然内側から開き、赤い影が飛び出した。続いて羽の付いたお洒落な帽子にサーコート。腰には細身の剣を装備した男が車内から現れる。男は何気なく寮を見上げ、屋根上のシロガネと目が合った。蛇のような顔をした男はヤレヤレと呆れ顔になり、ぷいっと目を逸らす。
シロガネは彼を知っている。ジャン=ジャック・ビーンスターク。ビーンスターク伯爵家の次男坊で、"野薔薇ノ近衛団"生え抜きの騎士だ。
ロイヤルガードの近衛団をお供に連れた来客? この寮に? 王宮戦士に用なら、本部施設か訓練場に行くはずだ。わざわざ寮に来るとは思えない。だったら誰だ。もしかして…?
「にぃに! にぃに、どこぉ!?」
やっぱりだ。可愛らしい声が屋根裏部屋から聞こえた。シロガネが部屋に戻ろうとすると、窓から赤頭巾のマントを羽織った美少女が顔を出す。
「あっ! にぃに♪ みぃつけた♪」
「見つかっちゃったかぁ…。いらっしゃい、モナカ」
「あ、にぃにはそこで待ってて♪」
「え? でも…危ないよ?」
「いいのっ。モナカヘッチャラだから♪」
「うん。分かった…」
シロガネは屋根上に戻って座ると、花のバスケットを右側に置く。
今日の修行はお終いだ。
シロガネの部屋でモナカが赤頭巾のマントを脱ぐと、品の良いメイド服が現れた。高級素材で仕立てられたドレスを見れば、ただのメイドではないと分かる。しかも、金髪の頭の左右からケモノ耳が、スカートからはモフモフの尻尾が生えていた。どちらも飾りではない。本物のケモ耳と尻尾だった。
赤いマントを綺麗に畳み、シロガネのベッドに置くと、モナカは素早い身のこなしで窓から飛び出し、長いスカートもものともせずに、スルスルと屋根上まで登る。そしてシロガネの左腕にギュッと抱き付いた。
「えへへ♪ にぃに♪ にぃに♪ 会いたかったよぉ、にぃに♪」
「モナカは甘えんぼさんだね」
「だって、だって! にぃにが心配だったんだよ! 昨日、ハグレモノ退治したんでしょう?」
「大丈夫だよ。ボクは強いからね。天下無敵の王宮戦士だもの」
「違うよ。そうじゃなくて……。モナカ知ってるよ。にぃにが優しい人だって。誰よりも一番知ってるもん」
「………」
「殺しちゃったんでしょ? いっぱい、いっぱい。辛かったでしょ?」
「でも、ボクは王宮戦士だから…。これくらい、平気にならなくちゃいけないのさ」
「そうだけど…、そうかもしれないけど… モナカは、怖いにぃにはイヤ。いつまでも優しいにぃにでいて」
「うん……わかってる……」
そう言うと、モナカはシロガネの左腕をギュッと強く抱きしめる。
「ところで……さ……」
「ん?」
「チコリちゃんって可愛かった?」
「え……」
「可愛かったの?」
「え、え~っと……」
「可愛かったんだ」
「可愛いというか……可哀想だったよ」
「可哀想?」
「だってさ、妹ちゃんは兄くんの事が大好きなのに、兄くんは妹ちゃんを置いて家出するんだもの。可哀想じゃないか」
「うん。それはモナカもヒドイと思う。放っておけないよね。にぃには優しいもん」
「そりゃあ、まあ…、うん」
「…………浮気者なんだから…」
「え? なんて言ったの?」
「ううん、なんでもない」
「そう…」
「にぃには、モナカを置いて、いなくならないよね?」
「当たり前じゃないか。約束しただろ? 一緒には住めないけど、絶対にいなくならないよ。そして絶対に死なないから」
「うん。にぃに大好き…」
シロガネは花のバスケットに右手をつっこんでいた。僅かではあるが、こうすることでモナカと過ごす時間を伸ばせるからだ。
「ところでにぃに、モナカ、大きくなったでしょ」
「そう言えば……背が伸びた?」
「ち~が~う~! そうじゃなぁい!!」
モナカはこれ見よがしに、シロガネの左腕をしがみつくように抱きしめ、二の腕にずっと押しつけていたのだが…。
朴念仁のシロガネには気付いてもらえなかったようだ。切ない。
「もう! にぃにのいぢわる! にぃになんて、こうしてあげるんだから!」
「うわっ、ちょっとモナカ! くすぐったいってばっ! や~め~て~」
ペロペロペロペロ! カジカジカジカジ!
モナカは本能のおもむくままに、シロガネのほっぺたをなめ回し、左手や指先を甘噛みするのだった。
"ケモノビト"の少女、モナカ。
数年前、とある事件の際に義兄妹の契りを交わした、シロガネの義理の妹である。
屋根上からシロガネが見下ろすと、二頭立ての4輪馬車が止まっている。貴族や金持ちが使うシックな高級馬車だ。シロガネはその馬車に見覚えがあった。
御者が降りてドアを開けようとすると、突然内側から開き、赤い影が飛び出した。続いて羽の付いたお洒落な帽子にサーコート。腰には細身の剣を装備した男が車内から現れる。男は何気なく寮を見上げ、屋根上のシロガネと目が合った。蛇のような顔をした男はヤレヤレと呆れ顔になり、ぷいっと目を逸らす。
シロガネは彼を知っている。ジャン=ジャック・ビーンスターク。ビーンスターク伯爵家の次男坊で、"野薔薇ノ近衛団"生え抜きの騎士だ。
ロイヤルガードの近衛団をお供に連れた来客? この寮に? 王宮戦士に用なら、本部施設か訓練場に行くはずだ。わざわざ寮に来るとは思えない。だったら誰だ。もしかして…?
「にぃに! にぃに、どこぉ!?」
やっぱりだ。可愛らしい声が屋根裏部屋から聞こえた。シロガネが部屋に戻ろうとすると、窓から赤頭巾のマントを羽織った美少女が顔を出す。
「あっ! にぃに♪ みぃつけた♪」
「見つかっちゃったかぁ…。いらっしゃい、モナカ」
「あ、にぃにはそこで待ってて♪」
「え? でも…危ないよ?」
「いいのっ。モナカヘッチャラだから♪」
「うん。分かった…」
シロガネは屋根上に戻って座ると、花のバスケットを右側に置く。
今日の修行はお終いだ。
シロガネの部屋でモナカが赤頭巾のマントを脱ぐと、品の良いメイド服が現れた。高級素材で仕立てられたドレスを見れば、ただのメイドではないと分かる。しかも、金髪の頭の左右からケモノ耳が、スカートからはモフモフの尻尾が生えていた。どちらも飾りではない。本物のケモ耳と尻尾だった。
赤いマントを綺麗に畳み、シロガネのベッドに置くと、モナカは素早い身のこなしで窓から飛び出し、長いスカートもものともせずに、スルスルと屋根上まで登る。そしてシロガネの左腕にギュッと抱き付いた。
「えへへ♪ にぃに♪ にぃに♪ 会いたかったよぉ、にぃに♪」
「モナカは甘えんぼさんだね」
「だって、だって! にぃにが心配だったんだよ! 昨日、ハグレモノ退治したんでしょう?」
「大丈夫だよ。ボクは強いからね。天下無敵の王宮戦士だもの」
「違うよ。そうじゃなくて……。モナカ知ってるよ。にぃにが優しい人だって。誰よりも一番知ってるもん」
「………」
「殺しちゃったんでしょ? いっぱい、いっぱい。辛かったでしょ?」
「でも、ボクは王宮戦士だから…。これくらい、平気にならなくちゃいけないのさ」
「そうだけど…、そうかもしれないけど… モナカは、怖いにぃにはイヤ。いつまでも優しいにぃにでいて」
「うん……わかってる……」
そう言うと、モナカはシロガネの左腕をギュッと強く抱きしめる。
「ところで……さ……」
「ん?」
「チコリちゃんって可愛かった?」
「え……」
「可愛かったの?」
「え、え~っと……」
「可愛かったんだ」
「可愛いというか……可哀想だったよ」
「可哀想?」
「だってさ、妹ちゃんは兄くんの事が大好きなのに、兄くんは妹ちゃんを置いて家出するんだもの。可哀想じゃないか」
「うん。それはモナカもヒドイと思う。放っておけないよね。にぃには優しいもん」
「そりゃあ、まあ…、うん」
「…………浮気者なんだから…」
「え? なんて言ったの?」
「ううん、なんでもない」
「そう…」
「にぃには、モナカを置いて、いなくならないよね?」
「当たり前じゃないか。約束しただろ? 一緒には住めないけど、絶対にいなくならないよ。そして絶対に死なないから」
「うん。にぃに大好き…」
シロガネは花のバスケットに右手をつっこんでいた。僅かではあるが、こうすることでモナカと過ごす時間を伸ばせるからだ。
「ところでにぃに、モナカ、大きくなったでしょ」
「そう言えば……背が伸びた?」
「ち~が~う~! そうじゃなぁい!!」
モナカはこれ見よがしに、シロガネの左腕をしがみつくように抱きしめ、二の腕にずっと押しつけていたのだが…。
朴念仁のシロガネには気付いてもらえなかったようだ。切ない。
「もう! にぃにのいぢわる! にぃになんて、こうしてあげるんだから!」
「うわっ、ちょっとモナカ! くすぐったいってばっ! や~め~て~」
ペロペロペロペロ! カジカジカジカジ!
モナカは本能のおもむくままに、シロガネのほっぺたをなめ回し、左手や指先を甘噛みするのだった。
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