死神腕の少年剣士

風炉の丘

文字の大きさ
上 下
13 / 27
【1】ハグレモノ案件

1-13 闇に思う

しおりを挟む
 下へ。下へ。光届かぬ深き闇へ。奈落の底へとシロガネは下りてゆく。この先には二つの地獄が待っている。犠牲者の痛ましい姿を見届ける地獄と、シロガネの手によって皆殺しにしなければならぬ地獄だ。
 もし兄くんがここに連れて来られているなら、流石にもう手遅れな気がする。彼や家族にしてやれる事は、亡骸と遺留品の回収くらいだろうか。それでも完全には諦めきれないが。
 幸い、シロガネの地獄巡りにはお伴がいた。マジックドローンが1体だけ付いてきてくれたのだ。自ら発光してトンネルを照らしてくれるし、何よりドローンを介してラズ老師と話も出来る。判断に迷うとき、指示を仰げるのはありがたかった。

「ふぅ~。終わった終わった。そっちはどうじゃ? シロガネ」
 突然ドローンからラズ老師の声。
「底に向かってるよ。まだ成果無し」
「こっちは地上の"掃除屋"をあらかた掃除したところじゃ」
「………そう」
「いや、今ワシ、面白い事言ったんじゃが。"掃除屋"を掃除した……」
「どうでもいいってば」
「はっ! ジョークのわからんやつじゃのう。まあいいわい。
 これから救助隊を組織して巣穴に向かわせる。お母さんも同伴させるでな、シロガネには悪いが感動の再会シーンは見せられんな」
「別にいいよ。それよりチコリちゃんは?」
「外の空気を吸って元気を取り戻しつつあるな」
「そう。ならいいや」
 シロガネはホッと胸をなで下ろし、優しく微笑んだ。
「ベロニカからの新情報じゃが、兄くんと思わしき少年が西の関所に来ていたことが分かった」
「えっ! 見つかったの!?」
「いや、最初の足取りを掴んだだけじゃ。兄くんと確定したわけでもないしな。その少年は関所から帝国に向かうつもりだったようじゃが、『査証無しでは通せない』と担当官がつっぱねたので、関所越えは阻止されとる。今のところはそこまでじゃな」
「と言うことは……どういうこと?」
「森か砂漠から国境越えを目論んだかもしれないし、査証を作るために首都に向かったかもしれぬ。向かう途中で"掃除屋"に捕まった可能性もある。つまり、お前の地獄巡りはまだまだ続くって事じゃ」
「そう…。分かった…」

 ギチッ! ギチッ! ギチッ! ギチッ!

 突然、関節を鳴り響かせながら、正面から"親衛隊"が迫ってきた。一瞬ドキッとしたシロガネだったが、まだ距離がある。冷静に上段の構えを取ると、"親衛隊"が間合いに入った刹那、折れた剣を真っ正面から振り下ろした。頭が真っ二つに割れ、絶命した"親衛隊"は、傾斜のきついトンネルをずり落ちて行った。
 今のシロガネには、うっかりも、天然ボケも無い。ただ、冷静に処理していくだけだった。

 頭の割れた"親衛隊"の遺体は、トンネルの分岐点に引っかかっていた。道は三つに分かれている。どれも下りトンネルだったが、一つは井戸のように真っ直ぐ下に伸びていた。
 どれが本丸だろう。中央の井戸が怪しいが、罠の可能性もある。問題は一度下りたら登るのが困難ということか。
「よし。ワシが確かめてきてやる。しばらく真っ暗闇になるが大丈夫か? 怖くないか? 1人でトイレに行けるかのう?」
「そんな子供じゃねーよ」
「はっはっはっ♪ じゃあ、行ってくる」光る球体は笑い声を上げながら中央の井戸に潜って行く。
 シロガネの周囲は真っ暗になった。
 大丈夫。"掃除屋"も"親衛隊"もギチギチとやかましい。近づいて来るならすぐに分かる。大丈夫。ドローンが戻ってくるまで座って待っていればいい。大丈夫。ボクは大丈夫。独りぼっちでも、ボクは大丈夫。
 耳を澄ますと、どこからかウネウネと柔らかい音が聞こえてきた。きっとそれは幼虫かサナギの出す音。身体が固まっていないので、そんな音になるのだ。三つに分かれた道のどこかに子育て部屋があるのだろう。その近くに女王の排卵部屋もあるかもしれない。

 それにしても……ハグレモノか。その言葉には思うところがある。シロガネ自身も一般社会に溶け込めないハグレモノだからだ。
 物心ついたとき、シロガネは"深キ深キ森"に作られた隠れ里にいた。隠れ里は、何らかの理由で人間社会にいられない人々が寄り添うように集まって生まれるそうだ。シロガネは、生まれながらにハグレモノだった。
 それでもあの頃は幸せだったと思う。逞しい父がいた。褐色肌で銀髪だった。美しい母がいた。雪のように肌は白く、黒髪だった。大好きな弟がいた。クロガネは母に似て色白で黒髪だった。シロガネは父似で、褐色肌の銀髪だった。
 だけど、気がつけばシロガネは独りになっていた。家族は消えていた。シロガネの右腕も失われ、代わりにクロガネの白い腕が移植されていた。クロガネの白い腕は、シロガネに近付くあらゆる命を吸い取り、干からびた屍体へと変えた。
 シロガネは自分に怯えながら、"深キ深キ森"をさまよい続けた。だけどどうしても人恋しくて、森の近くにある村を遠くから眺めていた。そんなシロガネを村人が目撃し、"森の野人"と恐れられ、事件解決のために王宮戦士が派遣され、シロガネは保護された。その時メンバーにいたのがラズ老師だ。
 そしてシロガネは居場所をもらった。命を奪う事しかできないシロガネに役割が与えられた。あの時の出会いがなければ、今もシロガネはハグレモノだろう。恐ろしい死神として、討伐対象になっていたかもしれない。
 シロガネからしてみれば、ここの"掃除屋"達は同類なのだ。だから同情はしている。容赦する気は一切無いが。

 突然周囲が明るくなる。ドローンが戻って来たのだ。
「おかえり。どうだった?」
「ゴミ捨て場になっておった。遺留品を捜すならここかもしれぬが、まあ、後回しじゃな」
「ありがとう」
 さてどうする? 残るは二つ。この先は更に枝分かれしている可能性もある。安全策を取るならドローンを頼るのも手だが……。いや、二度手間になるだけだ。登るのに苦労しそうな井戸とは違う。今は時間が惜しい。少しでも前に進まなければ。
 右か? 左か? ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な…
「おっ! シロガネちょっと待て!」
 そう言ったかと思うと、ドローンは無言になる。話しかけても返事はないし、移動してもついて来ない、仕方ないので待機していると……
「喜べシロガネ! 兄くんが見つかったぞ!」
「えっ!? 何処にいたの!?」
「査証を作るのに金がいると知った兄くんは、関所で行商人の馬車をヒッチハイクして、首都"ノイバラ"へ。すぐに出来る仕事を探して繁華街を回り、冒険者御用達の酒場で皿洗いのバイトを見つけたそうじゃ。兄くんは家に戻る気は無かったらしいが職員に説得されての、今、ベロニカの元へ向かっとる。もうじきワシの元へ届けられる予定じゃ」
「そうか…よかった…」
 シロガネはホッと胸をなで下ろす。少なくとも地獄を一つ見なくて済む。
「そういうわけじゃから、戻って来てもええぞい。後始末はワシがやっとくから」
「じいちゃんは家族の再会を見届けないとダメだろ。こっちは全部ボクがやるよ。大丈夫。命を奪うのは大得意だから」
 老師の短い沈黙。そして…
「わかった。ここは任せる。じゃが、あまり無理をするでないぞ。回復魔法は心を癒してはくれぬでな」
 そう言い残し、ドローンは地上へと向かう。
「あ~~~!!!! ちょっと待って! ちょっと待って! 明かりはいるの! 明かりはいるからっ! ドロドロは置いてってっ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...