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【1】ハグレモノ案件
1-4 シロガネの任務
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ロマンスグレーの長髪に、長い口ひげ。年の割に派手なローブに、白い二重マント、そしてクエスチョンをかたどった長い杖。
シロガネの前に立つこの御仁、本名を『偉大なる大魔道士グリゴリヲ・ラズ』と言う。
いや、冗談ではなく、本当にこれが本名なのだ。
昔はただのグリゴリヲ・ラズだったが、己の偉大さを世に知らしめるため、十数年前に改名したのだとか。
実際、"野薔薇ノ王国"で一、二を争う魔道の実力者であり、王宮魔道士の長でもある。
シロガネにとってはベルトチカと同じくらい古い馴染みだが、密度で言えば、ラズ老師の方が軍配は上がる。何度も一緒に任務をこなしていた間柄だ。じいちゃんであると同時に、相棒であり、戦友でもある。
そして今、偉大なる大魔道士様は、怪訝な顔で転送されたシロガネを見ていた。
「んんん? なんでシロガネなの? エンジャは? あの新米はどうしたん?」
「虫が苦手なんだってさ。だから代わったの」
「はぁぁぁっ!? マジでかっ!? 世に出る化け物の約三割は虫系じゃぞ! それで王宮戦士務まるのん? …っていうか、アイツ確か野薔薇ノ民じゃったよな。地元の人間じゃよな。郷土料理でアリ肉とかあるのに何で苦手なのん!」
「さあ……。食べ過ぎてお腹壊したとか? 誰だって苦手な物はあるもの。しょうがないよ」
「それで交代してやったのか。お前もお人好しじゃのう。まあ、どのみち作戦は立て直さねばならぬが…」
「ボクじゃダメだった?」
「何とも言えん。今、ワシのマジックドローンを偵察に出しとるところじゃ。戻るまでそこに座って待っててくれ」
二人が居た場所は、小高い丘に鎮座する大岩の上だった。幸い、周囲にはラズ老師以外に人はいない。うっかり誰かの命を吸い取ることもないだろう。もちろん老師は死神腕の対策方法を知っているので、心配はない。
空は青く、ピクニック日和の上天気。シロガネはグレートソードを傍らに置き、そのまま座り込むと辺りを見回す。
丘の右側はひらけた野原で、馬車道の先に小さく村が見える。実にのどかな風景だ。
丘の左側は雑木林が広がっていて、静かすぎる気もするが特におかしな様子は無い。これまたのどかな風景だ。
丘の下には、数台の運搬用馬車と共に不揃いの武装集団がいる。これは少々物騒……いや、やっぱりのどかな風景…かな? 人数は20かそこら。内訳は冒険者やら賞金稼ぎやらが中心で、地元の狩人が数人と、ここまではまあ、よく見かける光景。
いつもと違うのは、在り合わせの農具や台所用品で武装したヘンチクリンがいる事だ。どう見ても素人な女子供まで混ざってる。近所の村人だろうか。ハグレモノ退治に、素人までかり出されてる? 素人でも出来る事なのだろうか? だったらどうして王宮戦士が必要なんだ? 時間がないとは?
シロガネは一生懸命考えるが、脳のオーバーヒートで5分と経たずに思考を放棄。「難しい事は偉大なる大魔道士に任せるべき」との結論に達した。大人しく命令を待とう。
「うーむ。まだ少しかかりそうじゃな。しょうがない。今のうちに状況を説明するぞ」
「お、おう」
「まず"掃除屋"の巣は、左の雑木林の中にある」
「え? でも……」
「静かすぎると言いたいのか? 確かに"掃除屋"は、歩き回るとギチギチとやかましいからの。しかしな、待ち伏せしとる時の"掃除屋"はまったく音を立てないんじゃ」
「だったら林にいる動物は………?」
「とっくの昔に餌食じゃよ。鳥も、四つ足の動物も、動く物は小さな虫すら食い尽くしとる。あそこにはもう、獲物を待ち伏せる"掃除屋"しかおらん」
「それじゃ、とっととぶっ潰さないとヤバイじゃん!」
「ああ、その通りじゃ。メッチャヤバイ」
「なんですぐにやらないのさ! じいちゃんの魔法なら簡単だろ!」
「確かに潰すだけならな。じゃが、そうもいかん事情があるんじゃよ」
「事情って何さ!」
「右の馬車道の先に村が見えるじゃろ。そこに住む兄妹二人が、昨夜から行方不明なのよ。兄は15歳。妹は8歳。ワシの言う意味は分かるな、シロガネ」
「二人の兄妹が……"掃除屋"に襲われた?」
「絶対ではないぞ。あくまで可能性じゃ。兄は着替えや私物、外出用の鞄が無くなっているから、自分試しの旅に出た可能性がある。反抗期の男子には良くある事じゃしな。しかし妹ちゃんは8歳じゃ。旅に出るには幼すぎる。そしてこのタイミングで"掃除屋"の巣じゃ。妹ちゃんの行方は? 疑うしか無かろう。確かめるしか無かろう」
「じゃあ、ボクの任務って……」
「巣に潜って、妹ちゃんの確認じゃ。こんなメチャクチャな任務、王宮戦士にしかまかせられんわい」
「確認? 確認ってなんだよ。救出じゃ……ないの?」
「もちろん可能なら助け出してほしい。じゃが、捕食されたのが昨夜だとしたら……」
「それって…どういう……」
「最悪の事態は覚悟せい。そう言う事じゃ」
シロガネの前に立つこの御仁、本名を『偉大なる大魔道士グリゴリヲ・ラズ』と言う。
いや、冗談ではなく、本当にこれが本名なのだ。
昔はただのグリゴリヲ・ラズだったが、己の偉大さを世に知らしめるため、十数年前に改名したのだとか。
実際、"野薔薇ノ王国"で一、二を争う魔道の実力者であり、王宮魔道士の長でもある。
シロガネにとってはベルトチカと同じくらい古い馴染みだが、密度で言えば、ラズ老師の方が軍配は上がる。何度も一緒に任務をこなしていた間柄だ。じいちゃんであると同時に、相棒であり、戦友でもある。
そして今、偉大なる大魔道士様は、怪訝な顔で転送されたシロガネを見ていた。
「んんん? なんでシロガネなの? エンジャは? あの新米はどうしたん?」
「虫が苦手なんだってさ。だから代わったの」
「はぁぁぁっ!? マジでかっ!? 世に出る化け物の約三割は虫系じゃぞ! それで王宮戦士務まるのん? …っていうか、アイツ確か野薔薇ノ民じゃったよな。地元の人間じゃよな。郷土料理でアリ肉とかあるのに何で苦手なのん!」
「さあ……。食べ過ぎてお腹壊したとか? 誰だって苦手な物はあるもの。しょうがないよ」
「それで交代してやったのか。お前もお人好しじゃのう。まあ、どのみち作戦は立て直さねばならぬが…」
「ボクじゃダメだった?」
「何とも言えん。今、ワシのマジックドローンを偵察に出しとるところじゃ。戻るまでそこに座って待っててくれ」
二人が居た場所は、小高い丘に鎮座する大岩の上だった。幸い、周囲にはラズ老師以外に人はいない。うっかり誰かの命を吸い取ることもないだろう。もちろん老師は死神腕の対策方法を知っているので、心配はない。
空は青く、ピクニック日和の上天気。シロガネはグレートソードを傍らに置き、そのまま座り込むと辺りを見回す。
丘の右側はひらけた野原で、馬車道の先に小さく村が見える。実にのどかな風景だ。
丘の左側は雑木林が広がっていて、静かすぎる気もするが特におかしな様子は無い。これまたのどかな風景だ。
丘の下には、数台の運搬用馬車と共に不揃いの武装集団がいる。これは少々物騒……いや、やっぱりのどかな風景…かな? 人数は20かそこら。内訳は冒険者やら賞金稼ぎやらが中心で、地元の狩人が数人と、ここまではまあ、よく見かける光景。
いつもと違うのは、在り合わせの農具や台所用品で武装したヘンチクリンがいる事だ。どう見ても素人な女子供まで混ざってる。近所の村人だろうか。ハグレモノ退治に、素人までかり出されてる? 素人でも出来る事なのだろうか? だったらどうして王宮戦士が必要なんだ? 時間がないとは?
シロガネは一生懸命考えるが、脳のオーバーヒートで5分と経たずに思考を放棄。「難しい事は偉大なる大魔道士に任せるべき」との結論に達した。大人しく命令を待とう。
「うーむ。まだ少しかかりそうじゃな。しょうがない。今のうちに状況を説明するぞ」
「お、おう」
「まず"掃除屋"の巣は、左の雑木林の中にある」
「え? でも……」
「静かすぎると言いたいのか? 確かに"掃除屋"は、歩き回るとギチギチとやかましいからの。しかしな、待ち伏せしとる時の"掃除屋"はまったく音を立てないんじゃ」
「だったら林にいる動物は………?」
「とっくの昔に餌食じゃよ。鳥も、四つ足の動物も、動く物は小さな虫すら食い尽くしとる。あそこにはもう、獲物を待ち伏せる"掃除屋"しかおらん」
「それじゃ、とっととぶっ潰さないとヤバイじゃん!」
「ああ、その通りじゃ。メッチャヤバイ」
「なんですぐにやらないのさ! じいちゃんの魔法なら簡単だろ!」
「確かに潰すだけならな。じゃが、そうもいかん事情があるんじゃよ」
「事情って何さ!」
「右の馬車道の先に村が見えるじゃろ。そこに住む兄妹二人が、昨夜から行方不明なのよ。兄は15歳。妹は8歳。ワシの言う意味は分かるな、シロガネ」
「二人の兄妹が……"掃除屋"に襲われた?」
「絶対ではないぞ。あくまで可能性じゃ。兄は着替えや私物、外出用の鞄が無くなっているから、自分試しの旅に出た可能性がある。反抗期の男子には良くある事じゃしな。しかし妹ちゃんは8歳じゃ。旅に出るには幼すぎる。そしてこのタイミングで"掃除屋"の巣じゃ。妹ちゃんの行方は? 疑うしか無かろう。確かめるしか無かろう」
「じゃあ、ボクの任務って……」
「巣に潜って、妹ちゃんの確認じゃ。こんなメチャクチャな任務、王宮戦士にしかまかせられんわい」
「確認? 確認ってなんだよ。救出じゃ……ないの?」
「もちろん可能なら助け出してほしい。じゃが、捕食されたのが昨夜だとしたら……」
「それって…どういう……」
「最悪の事態は覚悟せい。そう言う事じゃ」
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