上 下
30 / 30

第30話 新たなる一歩

しおりを挟む
 アレックとランダたち一行はこの夜が過ぎたら、また旅立つということだ。
 酒場でアレックに、改めてネックレスの使い方を教えてもらう。

「この首飾りには風の術士の加護が付与されています。貴方あなたは既にこの石の力を使うことが出来ているみたいですね」
「握って精霊を呼びつけるくらいだけど」
「それが、この首飾りの使い方ですよ。契約もしていないのに、精霊の力を借りられるなんてうらやましい。しかし、精霊を怒らせて死んでしまった者もいると聞いています。貴方あなたは随分、風の精霊と仲良しのようですが、あまり力を酷使して怒りを買わないようにしてくださいね」

 そういえば、他の精霊に目移りしたら破裂させられるんだったな。今のところはとりあえず味方をしてくれているが、嘘もつけるし軽薄な精霊だ。取り扱い注意ってやつか。

「気を付けるようにするよ。ところで、アレックたちはこれから何処どこへ向かうんだ?」
「吟遊詩人は代々、大陸中を旅しながらその土地、その土地で起きていることや、活躍している冒険者、高名な者たちを詩にして、次の代へ継いでいるんです。我々はこれから、東の国へと向かおうと思っています」
「そうか……。ご安全に」

 アレックが首をかしげる。

「あ。えーと、無事を祈ってるってことだよ」

 ついつい工事現場でよく使う挨拶をしてしまった。これはセーフか。自分の本当の名を口にしなければ、あの頭痛はやってこないようだ。

 ランダが酔っ払いながら、しげるの隣の椅子にどかっと座る。

「おう、ポレイト。おめぇは王都に行くんだよな。だったらコイツをマーシャって女に返しておいてくれ」

 彼はテーブルの上に細身の腕輪を置いた。くすんだ銀細工に小さな宝石が埋められていて、綺麗な装飾品だ。

「いいけど、そのマーシャって人はどこに?」
「西側の門のそばにある宿屋で働いてるはずだ。おれが謝ってたって、伝えておいてくれ」
「分かった。忘れてなければ伝えるよ」

 ランダは、赤ら顔でしげるを見つめ、口端を上げた。

「……何にも聞かねぇんだな。興味ないか」
「まあ、気になるけど……聞いてほしいなら聞くよ」
「いや、それを渡して貰えればそれでいい。必ず王都に着けよ」

 彼は席を立ち、仲間たちとまた飲み始めた。
 その様子を眺めていたアレックが微笑んで言う。

「彼なりに、貴方あなたたちへの激励をしてるつもりでしょうね。ぜひとも王都に着いてその腕輪を渡してあげてくださいね」

 モナークとミディアは酒場にいない。モナークはランダに良い印象をもっていないし、ミディアは面識のない人たちと飲むことを拒否して、ふたりで自室に引き篭もっている。

「アレック。旅の間に、俺じゃない他のニッポンジンに会ったことはあるか?」
「ニッポン……風の噂では、アシェバラド大陸ではない場所からやって来た者が、その国の名を口にしていたと聴きました。何かを成し遂げたということはなくて、その存在が噂になっているだけですね」
「そうか、ならいいんだ。きっと王都へ行けば、もっと色んなことが分かるんだろうな」
「王都には、たくさんの人族や亜人が暮らしています。ニッポンジンもいるかも知れませんね」

 ランダとディロスが肩を組んで、この世界の歌のようなものを叫び始めた。
 そうして、彼らと過ごす最後の夜は過ぎていった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 アレックとランダたちを見送った朝、しげるはミドリのいる旅道具屋をたずねた。彼女は薄暗い店内の、カウンターで道具の修繕をしていた。

祖父じいのこした道具は、使いもんにならないのが多いのよ。直したら使えそうな物は、こうして何夜もかけて修理してるの」

 苦笑いするミドリに、しげるたずねる。

「その祖父じいについてだけど、ニッポンのこと、どんな風に言ってたのか教えてほしいんです」
「うーんと、でっかい建物がたくさんあって、みんなが細かい仕事をしてて。祖父じいもこの世界では冒険者だったけど、ニッポンでは人に色々なことを教える仕事をしていたってさ。なんて言ったかな、……研究、とか?」

 やはり、ミドリの祖父じいとやらは岩永教授なのかも知れない。だとしたら……。

「昨日見せてくれた言葉だけじゃなくて、何かニッポンに関係する品物とか道具はありますか?」
「道具ねぇ。……あ! あるよ。確かあそこにあったはず」

 またもや奥の部屋で色々な物がドスン、バキッと激しく大きな音を立てる。一体、部屋の中はどうなっているのやら。ほこりが煙のようにモクモクとただよい、咳き込みながらミドリが戻って来た。

「ケホッ、ケホッ。これがニッポンの、ええと、カタナってやつ。何処どこかの鍛冶屋で作ってもらったんだって。もう錆びついてて、役に立たないけどね」

 ミドリから手渡された刀を両手に持つ。ズシリと重い。さやから刀身を抜こうとしたが、錆びているからか全く動かない。鞘にもつかにも名は彫られていない。

祖父じいが置いてった頃は、スッと抜けたんだよね。大きいからお店に出せなくて、奥にしまっておいたら錆びちゃった」
「これ……銅貨5枚で売ってほしいんだけど、無理ですかね」

 ミドリは腕を組んで、少し考える。

「もう、あたしはそれを直すつもりないから、持っていって。銅貨も要らないよ。王都の鍛冶屋なら、なんとかしてくれるかもね」

 そう言いながら、さらにミドリは刀を背負うための革ベルトを付けてくれた。

「これで持って行きやすくなったでしょ。でも重いよ。王都まで頑張ってね」
「ありがとう。使えるようになるといいんですけど」

 刀以外には、日本っぽい物は無いようだ。あとは、夢の中での教授の言葉をどう受け止めるか。

「ミドリは、旅をしようとは思わないのかな」
「そうね。……もしかしてアンタ、あたしを旅に連れて行こうとしてるの?」
「いや、そうじゃないけど。ちょっと……ね」

 ミドリは悪戯いたずらな笑みを浮かべた。

「気が向いたら、いつかあたしも王都に行くかもね。また会えるといいね」
「そうですね。じゃあ、俺は旅の支度があるから行きます」

 もう一度、刀とベルトのお礼を言って、退店した。
 岩永教授はこの世界で何をしたかったのだろう。そして、まだ他にも日本人がこの世界にいるのだろうか。旅を続ければその答えも自ずと出る、今はそう思って進むしかない。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 宿に戻ると、ちょうどモナークとミディアが湯浴ゆあび場から戻って来た。

「さっぱりしたし、食糧を買って町を出ようかな」

 随分と回復した様子のモナークが、笑顔で言った。
 2階の部屋から、眠そうなディロスも下りて来た。

「ようやく旅の再開か。ワシはいつでも出られるぞ」

 ミディアが冷たい目で彼を見る、

「ディロス、くさい。湯浴びしてきて」

 しげるもこの町に来てから身体を洗っていないことに気付いた。それで男ふたり、湯浴び場へ向かうことにした。

 町の外れにある湯浴び場で身体の汚れを流し、湯だまりへ入る。かなり熱いが、我慢できないほどではない。近くに火山があるから、温泉のような湯が湧き出ているのだろう。

 服も着替えて心機一転、ディロスとともに宿へ戻り、荷物をまとめる。やはり刀とバッグを背負うと、ずっしりと重さを感じる。

 モナークとミディアも合流して、町を出る。
 かなりの遠回りをして馬車で行くという案は、誰も考えていなかった。ここまで幾つもの山を越えてきた。この4人なら、どんな険しい道だって越えていけるはずだ。決して馬車を借りるお金が無いからではない、ということにしておこう。

「さて、行きますか」

 しげるみんなに笑顔を向ける。
 ディロス、ミディア、モナークが、それぞれ決意の表情でうなずく。

 そして力強く、新たな一歩を踏み出した。

 〈オリハルコレア 1 王都への遠路 了〉
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小さなわたしたちが1000倍サイズの超巨大エルフ少女たちから世界を取り返すまでのお話

穂鈴 えい
ファンタジー
この世界に住んでいる大多数の一般人たちは、身長1400メートルを超える山のように巨大な、少数のエルフたちのために働かされている。吐息だけでわたしたち一般市民をまとめて倒せてしまえるエルフたちに抵抗する術もなく、ただひたすらに彼女たちのために労働を続ける生活を強いられているのだ。 一般市民であるわたしは日中は重たい穀物を運び、エルフたちの食料を調達しなければならない。そして、日が暮れてからはわたしたちのことを管理している身長30メートルを越える巨大メイドの身の回りの世話をしなければならない。 そんな過酷な日々を続ける中で、マイペースな銀髪美少女のパメラに出会う。彼女は花園の手入れを担当していたのだが、そこの管理者のエフィという巨大な少女が怖くて命懸けでわたしのいる区域に逃げてきたらしい。毎日のように30倍サイズの巨大少女のエフィから踏みつけられたり、舐められたりしてすっかり弱り切っていたのだった。 再びエフィに連れ去られたパメラを助けるために成り行きでエルフたちを倒すため旅に出ることになった。当然1000倍サイズのエルフを倒すどころか、30倍サイズの管理者メイドのことすらまともに倒せず、今の労働場所から逃げ出すのも困難だった。挙句、抜け出そうとしたことがバレて、管理者メイドにあっさり吊るされてしまったのだった。 しかし、そんなわたしを助けてくれたのが、この世界で2番目に優秀な魔女のクラリッサだった。クラリッサは、この世界で一番優秀な魔女で、わたしの姉であるステラを探していて、ついでにわたしのことを助けてくれたのだった。一緒に旅をしていく仲間としてとんでもなく心強い仲間を得られたと思ったのだけれど、そんな彼女でも1000倍サイズのエルフと相対すると、圧倒的な力を感じさせられてしまうことに。 それでもわたしたちは、勝ち目のない戦いをするためにエルフたちの住む屋敷へと向かわなければならないのだった。そうして旅をしていく中で、エルフ達がこの世界を統治するようになった理由や、わたしやパメラの本当の力が明らかになっていき……。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

【R18】異世界魔剣士のハーレム冒険譚~病弱青年は転生し、極上の冒険と性活を目指す~

泰雅
ファンタジー
病弱ひ弱な青年「青峰レオ」は、その悲惨な人生を女神に同情され、異世界に転生することに。 女神曰く、異世界で人生をしっかり楽しめということらしいが、何か裏がある予感も。 そんなことはお構いなしに才覚溢れる冒険者となり、女の子とお近づきになりまくる状況に。 冒険もエロも楽しみたい人向け、大人の異世界転生冒険活劇始まります。 ・【♡(お相手の名前)】はとりあえずエロイことしています。悪しからず。 ・【☆】は挿絵があります。AI生成なので細部などの再現は甘いですが、キャラクターのイメージをお楽しみください。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・思想・名称などとは一切関係ありません。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません ※この物語のえちちなシーンがある登場人物は全員18歳以上の設定です。

処理中です...